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39.カルデア人の神託

画像は以下のサイトから転載。


神働術

『カルデア人の神託』は、書物の名前です。

ゾロアスターの著作とされ、カルデア人ユリアヌス、またはユリアヌスの息子の神働術者ユリアヌスがトランス状態に陥った際に啓示を受けたといわれています。

カルデア人は占星術の創始者で、紀元前七世紀に新バビロニア王国を建国し、支配階級として暮らしていました。

紀元前六世紀、ユダヤ人はいわゆるバビロン捕囚によって強制連行され、カルデア人の占星術と出会います。そして一部のユダヤ人はカルトに染まり、ユダヤ教を変容させることになりました。

バビロニアの南東、バビロンとペルシャ湾のあいだの地域。

後期の新プラトン主義者は、プラトンの形而上学的な解釈、オルフェウス教の詩や『カルデア人の神託』などの霊感を受けた神働術者たちを通じて、神々によって密かに啓示された真理を理解できる、と考えました。

前回、前々回とお伝えしたとおり、新プラトン主義者は単なる哲学者の集団ではありませんでした。

先ほど出てきた神働術(テウルギア)は、神々との合一を果たすために行われる魔術的な儀式です。

合一のためには、アレクサンドリアの神秘主義者のように、儀式や瞑想によって神を引き寄せるか、または人を神的にします。

『カルデア人の神託』は、紀元後二世紀に書かれた詩で、プラトン的な要素とバビロニア、またはペルシャの信仰を組み合わせたものです。

後期の新プラトン主義者たちにとっては聖典で、ときにはプラトン自身よりも上に位置づけられることもあったようです。

アカデメイアの校長で新プラトン主義者のプロクロス(四一二年~)は、邪教を復活させようとしたシリア人イアンブリコスとともに、神働術を重視しました。

プロクロスは『カルデア人の神託註解』『神話の象徴について』『神々の母(キュベレー)について』などの著作を残しています。多神教を支持し、ヘカテの幻視や雨乞いなどの奇跡を行いました。

キュベレーのヤバさは以前お伝えしたとおりです。

またプロクロスは、無学な人には害だとして、プラトンの『ティマイオス』と『カルデア人の神託』以外の書物の流通をストップしました。

背教者として知られるローマ皇帝ユリアヌス(三三一年~)は、キリスト教の優遇政策を廃止し、邪教の数々を優遇した人です。

このユリアヌスは、カルデア人ユリアヌス、またはユリアヌスの息子の神働術者ユリアヌスとは別人です。

皇帝ユリアヌスは著書『マグナ・マーテル賛歌』の中で、ミトラ教の秘儀について記しています。

もしわたしが、カルデア人が神的な熱狂の中で七つの光の神を讃えた秘儀の教えにも触れなければならないとしたら、わたしは一般の群衆には理解できない、いや、まったく理解できないが、幸福な神働術者にはよく知られたことを言うことになるだろう。だから、わたしはいまのところ、この話題については黙っておこう。

https://en.wikisource.org/wiki/The_Works_of_the_Emperor_Julian/Hymn_to_the_mother_of_the_gods

父、知性、力

『カルデア人の神託』は、火と同一視される「父」からの発露と、三位一体の実体についてを語っています。

言及されている最高の実体は、第一の父的知性です。

『カルデア人の神託』にはこのように記されています。

かれ(神)は最初の者であり、不滅であり、永遠であり、生を受けず、不可分であり、異質であり、すべての善の分配者であり、朽ちず、善の最良者であり、賢者の中の賢者である。かれは公平と正義の父であり、独学で学び、肉体的で、完全で、賢明であり、神聖な哲学の唯一の発明者である。

https://sacred-texts.com/cla/af/af08.htm

とにかく神は一者です。またアレクサンドリアのフィロンにおける神と同様、「無体」的です。どれほど言葉を尽くしても説明できず、究極的にはカバラ的に無に収束されます。

そしてこのように神について言葉を尽くすと、魔術的なオーラが漂いはじめます。魔術パピルスでも言葉を尽くしてヘカテに呼びかけていました。

神働術者という語は、『カルデア人の神託』ではじめて登場します。

神働術者たちは、かれは神であると主張し、年長者であると同時に年少者であり、循環する神であると同時に永遠の神であり、世界で動くすべてのものの全数を理解し、さらにその力によって無限であり、螺旋状の形をしていると称える。

https://sacred-texts.com/cla/af/af08.htm

プラトン、ピュタゴラス的な哲学の影響がありありとうかがえます。「年長者であると同時に年少者」は、モナドでありダイアドで、のちのカバラにおけるホクマーとビーナーです。

三角形の頂点が「父」、下の二点が「力」「知性」。ですがすべては「父」です。

父は万物を完成させ、第二の知性に引き渡された。万民はこの第二の知性を第一の知性と呼んでいるのだ。

https://sacred-texts.com/cla/af/af08.htm

第二の知性は、悪に満ちた世界を創造したデミウルゴスです。第一の知性は創造には関与していません。考えただけです。そしてデミウルゴス的知性は、宇宙を知り、自分自身も知ります。

第一の「父」的知性の内には、「力」があります。

ギリシャ語の「力」は女性名詞なので、「父」の女性的な側面です。グノーシス主義と同様に、女性は世界の産出には必要不可欠な原理です。

「力」は世界-魂と結びつき、女神ヘカテ、またはレアとして登場します。すべてを育み生命を与える「存在」です。またはミトラのように神と世界を仲介します。

ウィリアム・ブレイクの1795年の絵画『ヘカテー』。テート・ブリテン所蔵。

ヘカテはキュベレーやアルテミスと同じく、アナトリア半島(トルコ)で崇拝されていた女神です。

レアはバビロニアの女神で、自称天の女王セミラミスの別名です。

「父」「知性」「力」の三位一体は、すべて「父」です。こうして神は世界を創造しました。

万物の底辺には、デミウルゴスによって創造された物質があります。

世界は汚らわしい墓場なので、魂の上昇、神との合一を果たすには、世界で得た乗り物や衣を脱ぎ捨てなければなりません。

禁欲的な儀式、正しい儀式は、占星術的な運命の束縛から魂を解放してくれます。そして神々と人間のあいだに満ちた悪魔的な力から魂を守ってくれます。

『カルデア人の神託』は、儀式における魔法の公式を提供しています。

アカデメイアの校長プロクロスは、著書『神学綱要』でこのように記しています。

あらゆる特定の魂の乗り物は、ますます物質的な装いを加えることによって下降する。……(魂は)物質的なものをすべて捨て去り、その本来の姿を回復することによって上昇する。
魂は、生命の非合理的な原理を獲得することによって下降する。(魂は)下降する際に与えられていた、一時的な過程を助長するような能力をすべて捨て去り、過程の用途に奉仕するような能力をすべて取り除いて、清浄で裸になることによって上昇する。

https://www.viachrista.org/Library/Proclus_Elements_Theology.html

新プラトン主義者たちの神働術は、魔術とは考えられていませんでしたが、本質的にはヘレニズム魔術でした。

錬金術

神働術の目的は、神の力を物質的な物体(彫像など)や人間に化身させ、対象者を予言者的な恍惚状態に陥らせることでした。アポロン神殿で神託を受けた巫女、シビュラと同じです。

これらはヘルメス主義者の理論書『アスクレピオス』に概説されています。アスクレピオスはギリシャ神話の医療の神で、アスクレピオスの杖は世界保健機関WHOでおなじみです。

WHO

『アスクレピオス』によると、まず宇宙の各部分は、ほかのすべての部分を反映しています。

そして物質世界全体は神の力の反映なので、適切な物質を操作することで神の力と接触することができます。

そのため、七つの惑星の力を表現する石や、植物、動物などの長大なリストが作成されました。

プリニウスの『博物誌』には、「木の性質について」「海生生物から得られる薬剤」「金属の性質について」などが記されています。淡々と列挙されているので、ただ読んでもどこを目指しているのかよくわかりません。

https://www.kew.org/read-and-watch/the-love-potion-mandrakeより転載。マンドラコラ。

テオプラストス(~紀元前二八七年ごろ)は、著書『植物誌』で、マンドラコラについてこのように記しています。

「剣でその[根]のまわりを三回(三重に)、円を描き、西を向きながら切りとる」とあり、また、二本目を採取するならば、採取者は踊りつつ、愛の神秘(性交)についてなるべく語り続けながら作業せねばならない。

https://ja.wikipedia.org/wiki/マンドレイク

こういった記述だけを目にすると、やはりなんのことかと思います。神働術者にとっては「適切な物質の操作」で、意味のあることなのでしょうか。

実際のところ、植物や動物の列挙、わけのわからない記述は、すべて魔術の正当化のために行われたものです。複雑な儀式や教義でマウントを取る秘儀宗教と同じ手口です。

ただし歴史の流れから慣習化されていった原理なので、やはり秘儀宗教と同じく、途中でだれかが悪意を持ってこしらえたものではありません。

現在でも、宝石にはそれぞれ意味が込められています。これもどこかのマッケッターが考え出したものではありません。

オカルトは歴史の積み重ねゆえに深く、否が応でも意味を持ち、そのペテンぶりを覆い隠してくれます。

マンドラコラは、根が人に似ているのでそう名づけられました。魔術や錬金術の原料としてもよく登場し、根っこには幻覚、幻聴を伴う神経毒が含まれています。

錬金術はギリシャ語のケメイアが語源で、「一緒に鋳造する」または「一緒に注ぐ」を意味します。化学の英語「ケミストリー」の語源でもあります。

錬金術師たちは、「賢者の石」、「大いなる霊薬」、「大いなる魔力」、「赤チンキ」を使うことで、ふつうの金属を金に変えられると信じていました。錬金術はアイザック・ニュートンも行っていました。

チンキというのは、生薬やハーブの成分をエタノールに浸すことでつくられる液状の製剤のことです。

本当に金を生成できたのかというと、結局のところ詐欺でした。

錬金術師は銀もつくれると信じていました。銀の場合は赤チンキではなく、白チンキを使いました。

つまり安い金属を溶かしてさまざまな薬で染め、それを金や銀と呼んでいたのです。

先にお伝えしたとおり、物質(人間含む)には神の力が反映されています。

すでに古代で正当化されているので、錬金術師たちは物質を混ぜ合わせ、粉にし、液体にし、色をつけ、とさまざまな方法を試します。

そして「不老不死の薬」などが生成できたら、権力者は食いついてきます。正当化の源流には偉大なプラトンがいるので、まちがいなく真実なのです。

そして実際に不老不死の薬を飲み、死んでしまった王もいたそうです。

錬金術師たちはオカルトの秘密結社で、魔術も行っていました。魔術には乱交、動物や子供の生贄、人肉食が不可欠です。

それらを受け継いだグノーシス主義者は、錬金術においては、血液、月経血、肉、精液、爪、うんこなども使用しました。うんこも神の力の反映だからです。そして月経や精液などは、見るからに通常の物質より力がありそうです。

賢者の石は、鉛などを金に変える際に使われる触媒です。これにはうんこが入っています。

魔力は生贄が苦痛を感じれば感じるほど高まります。なのでありとあらゆる方法で対象を拷問します。

WCWのキャンペーンを受け、退役軍人省は七匹の猫の足と背中に配線を埋め込み、麻痺と死の危険を伴う痛みを伴う医療機器実験の無駄な計画を中止した。

https://www.youtube.com/watch?v=WAHoQea4KqE

(ちなみに筆者は動物愛護論者ではありません)

パスツール、パラケルスス

十九世紀のフランスに生きたルイ・パスツールは、近代細菌学の開祖とされています。狂犬病ワクチンを開発したことで有名です。

ワクチンを開発するには、まず狂犬病にかかった犬を用意しなければなりません。

なので犬の頭蓋骨に穴を開け、毒などを注射します。犬が苦しみはじめたら、血液を抜き取ります。

この血液を、今度はサルに注入します。サルが苦しみはじめたら、今度はウサギに注入します。こうして「ウイルス」の第一段階ができました。

次はウサギの頭の皮膚を剥ぎ、骨を剥き出しにし、脚は台などに縛りつけます。

クロロホルムを嗅がせ、頭蓋骨を切開し、脳の近くに「ウイルス」を注入します。

意識が戻ると、ウサギは狂犬病の兆候を示します。攻撃的になる、バランスを欠く、自傷行為、などです。

これらの症状は絶対的にウイルスのせいで、頭蓋骨を切開して脳の近くに「ウイルス」を注射したからではありません。

その後ウサギを殺処分し、脳内の物質を取り出します。パスツールはこれを「強力なウイルス」と見なしていたからです。

それを二匹目のウサギの脳膜の下に注射します。ウサギは正常な行動を取らなかったので、ウイルスに起因する「狂気」とみなされました。

そして脳を切り取り、薬品と混ぜ合わせ、注射器に入れます。

次は、注射器に入ったウイルスと血液を、生きているウサギの頸動脈、頭蓋骨、脳、精巣などに注入します。

そして生きたままウサギを切開し、化学物質を切り口に擦り込みます。

傷口がかさぶたになるのを待ち、傷口を裂き、膿(リンパ)を取り出します。これでワクチンの完成です。

このワクチンを乳幼児に注射します。もちろん狂犬病から命を守るためです。

なにかがおかしいと感じた方は、そのとおりです。「なぜわざわざ脳や頸動脈や頭蓋骨や精巣などに注射するのか」も、理解できたかと思います。

歴史があり、現在があるのです。だれがなんといおうと覆いがたい事実です。

五世紀生まれのパラケルススは、現代医学の父といわれています。

この人も錬金術師で、以前もお伝えしましたが、水銀や硫黄などは病気を引き起こす毒だが少量ならすべての病気を治すクスリになる、と信じていました。

いまもよく持ち出される理屈です。「食べ過ぎなければだいじょうぶ」などといいますが、食べ過ぎて症状が出るのであれば、いくら少量でも毒は毒です。症状が出なかったのは、体が頑張って排除したからです。

パラケルスス(偉そうな名前ですが本名はフィリップ)は、無機塩、ミネラル、金属をクスリとして売っていたので、「少量なら毒は薬になる」という言い訳を思いついたわけです。

またパラケルススは、動物実験を好み、生まれたばかりの子犬の肉や、死んだ人間の粉末を治療薬としていました。

この「医学」は現代にも受け継がれています。そしてかつて世間一般は、わたしたちのように「医学」を医学と捉えていませんでした。

たった百年前の人たちですら、「本当はなにが病気を引き起こしているのか」を知っていました。

「医者」がなにかにつけて病気をまき散らすので、一般市民はそのたびに猛抗議しました。「医学」はひたすら、クスリはさまざまな病気やウイルスから命を守るものだ、というキャンペーンを展開しました。

動物実験についても、禁止法案を巧みにすり替えたりなどをし、「医学」の名の下での免責を受けています。

そしてキャンペーンが実り、現在の世の中になりました。


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謎の賢人 この記事はリサーチにかなりの時間を費やしています。有料にはしたくないので無料で公開していますが、チップをいただけましたら精神的にも励みになります。