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16.バビロニアのカルデア人

画像は以下サイトより転載。


後世に影響を与えるカルデアの占星術

紀元前六世紀のバビロニアは、カルデアとも呼ばれました。なのでバビロニアに住んでいた人たちはカルデア人です。

異端ユダヤ人の邪教崇拝は、バビロニアのマギ崇拝(カルト)と同化するのですが、さらに占星術と魔術が加わります。占星術の生みの親といえるのが、バビロニアのカルデア人です。

そうしてカバラとして知られる、新しいユダヤ教の神秘的な解釈が生まれます。

コーランはユダヤ人について、このように糾弾しています。

使徒が神の御許からやって来て、かれら(ユダヤ人)がすでに受けていた啓示を確認したとき、かれらの一部はまるでなにも知らなかったかのように背を向けた。かれらは悪魔たちがソロモンの治世に帰したことに従った。しかし、ソロモンが神を冒涜したのではなく、悪魔たちが人を冒涜し、魔術や、天使ハルトとマルトにバビロンで啓示されたようなことを教えたのである。……かれらはかれら(天使)から、男と女のあいだに不和を蒔く手段(愛の魔術)を学んだ。……またかれらは、自分たちに益のあることではなく、害のあることを学んだ。かれらは(魔術の)購入者が、来世の幸福に与れないことを知っていた。もしかれらが知るならば、自分の魂を売った代償は、卑しいものであった。

https://quran.com/al-baqarah/2-102

バビロニア人のオカルト的な知恵は、カルデア人の特別な技術として、古代を通じて尊敬されていました。そしてカルデアという言葉はやがて、バビロニアの神官を指す言葉になります。

紀元前一世紀の歴史家、シケリアのディオドロスは、『Bibliotheca Historica』の中でカルデア人をこう記述しています。

さて、カルデア人は、バビロニアの最も古い住民に属し、共同体組織の部門の中では、エジプトの祭司が占めていたのとほぼ同じ位置にある。神々に仕えることを命じられたかれらは、生涯を研究に費やし、その最大の名声は占星術の分野にあった。しかし、かれらは占い(mantikē)にも多くの時間を費やし、将来の出来事について予言を行い、ある場合には浄化によって、またある場合には生贄によって、またある場合にはほかのお守りによって、悪事を回避し、善事を促進しようとする。かれらはまた、鳥の飛翔による占いにも長けており、夢や前兆の解釈を与える。かれらはまた、動物の内臓の観察から占いを行う際にも顕著な能力を示し、この分野では非常に成功している。

https://www.philipharland.com/Blog/2022/09/babylonians-diodoros-on-chaldeans-astrology-and-divination-mid-first-century-bce/

なによりも重要なのは五つの星、惑星の影響の研究で、月、太陽、そして五つの惑星には、カルデア人が「解釈者」と呼ぶ神々の名が与えられていました。

五つの惑星のうち、とくに「ギリシャ人が土星(クロノス)と呼ぶ星」が最も検討に値するのだそうです。

土星といえばサタンです。サタン崇拝と生贄の様子については以前の記事に書きました。

ほかの四つの惑星は、古代ギリシャの占星術師と同じように、アレス、アフロディーテ、ヘルメス、ゼウスの星と呼びました。

星ごとの特異な運動によって恒星はぐるりと一巡しますが、この惑星たちはそれぞれ独自の航路をたどります。それによって未来の出来事を指し示し、神々の目的、計画を人々に明らかにするわけです。

未来の出来事は、あるときは昇り、あるときは沈み、またあるときは色によって指し示されます。

カルデア人は、天の意志を明らかにするため、すべての星座に礼拝を捧げました。黄道十二星座と三十六の十二宮は「助言神」と呼ばれていました。

https://ar.inspiredpencil.com/pictures-2023/chaldean-symbolより転載

黄道十二宮の外側には、北半球に十二個、南半球に十二個の、計二十四個の星があります。目に見える星は生者の世界、目に見えない星は死者の世界に割り当てられ、宇宙の審判者と呼ばれました。

そしてこれはのちの古代ギリシャにつながっていくのですが、カルデア人は万物の源である大地、海、風、火を崇拝し、これらを星々と混ぜ合わせ、四大元素と呼んでいました。

四大元素は古代ギリシャ人の発明ではありません。むしろ古代ギリシャ人が発明したモノはないといっていいと思います(のちほど記事にします)。

カルデア人はまた、星々には厳格な法則があるため、最終的に引き起こすであろうすべてのことを事前に計算できる、と信じていました。

宇宙の生命は周期の繰り返しで構成されており、それが星々の規則的な動きを司っていると考えたので、カルデア人は時間を神格化しました。

時の神といえばサタンです。

カルデア人は、グレート・イヤー(大いなる年)による、惑星が元の場所に戻る周期を考えました。

宇宙の時間の基本単位は、六〇年のソス、六〇〇年のネル、三六〇〇年のサルです。グレート・サルは二一六〇〇年に相当し、これは一呼吸であらわされます(宇宙は生きているので)。

しかし息を吸ったら吐き出さないといけないので、宇宙の全生涯は四三二〇〇〇年と考えられていました。

占星術はこのように数学と密接に結びついているので、数字は神聖なものとみなされていました。

なのでカルデア人は、数秘術にも長けていました。名前(よく呼ばれるニックネーム)と生年月日で複合数と倍数をはじき出し、その人の運命を占います。すべての数は基本的に、同じ意味、記号、性質、性格を持ちます。

たとえば、十二月八日生まれは八の人間です。生年月日は変えられないので、生年月日による運命も変えられません。

ですが結婚する、クラスメイトにニックネームを変えてもらう、などのアプローチで、運命を変えることができます。結婚はおおごとですがあだ名は簡単に変えられますので、気になる方は試してみてください(「○○ね~」と自分でいうなど)。

オカルトと人類の戦いのはじまり

こうしてバビロニアは、一部の異端ユダヤ人、ひいてはユダヤ教に悪い影響を与えたわけですが、異端ユダヤ人もまた、バビロニアに影響を与えた可能性があります。

先にエゼキエル書を取り上げましたが、さらに第二列王記二十三章によると、ユダヤ人は「太陽、月、星座、そして天のすべての力に香を捧げ」ていました。

占星術は世界最初の邪神ニムロデ以前から存在していましたが、大発展したのはバビロン捕囚の時期です。ユダヤ人はカルトのマギやカルデア人とともに切磋琢磨し、占星術を進歩させたのかもしれません。

この時代の占星術師たちは、ほかの予言方法では達成できなかったレベルの確実さで、出来事を予言することができたといわれています。

また、カルデア人神官の哲学とカバラは似ています。カルデア人は第二の「エンピレア界」でIynges、Synoches、Teletarchaの三位一体を形成しますが、これはカバラにおける第二の「ブライアー界」のケテル、ホクマー、ビーナーに対応しています。

繰り返しになりますが、三位一体はセミラミスの邪教がルーツです。異端ユダヤ人の足跡をたどっていくと、現在にも通じる邪教とオカルトの変遷が見えてきます。

このように、オカルトと人類の戦いの歴史は紀元前六世紀からはじまったといってもいいでしょう。

紀元前五三八年、バビロンはキュロス二世率いるペルシャ軍に征服されました。キュロスはユダヤ人を解放し、旅費まで出したといわれています。

ですが大方のユダヤ人は、ペルシャ征服後のバビロンに残りました。エルサレム神殿の復興よりこちらのほうが楽しかったのでしょう。

ちなみにキュロス二世の勝利は、バビロンのユダヤ人がペルシャ軍と内通し、内側から門を開けたおかげ、という説もあります。紀元八世紀、ナルボンヌでも同じことをしましたので、可能性はゼロではありません。一部の学者、研究者は、ユダヤ人を「文明を内側から崩壊させる寄生虫」と呼んでいます。

ユダヤ人の一部はパレスチナに戻り、紀元前五八六年に破壊されたエルサレム第一神殿に代わる第二神殿の建設に取りかかります。そしてカバラを創出した異端ユダヤ人は、ユダヤ教の教えを「改革」しました。

つまりユダヤ教を、バビロニアの魔術、占星術、数秘術、そして邪教崇拝の要素を用い、再解釈したのです。

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謎の賢人 この記事はリサーチにかなりの時間を費やしています。有料にはしたくないので無料で公開していますが、チップをいただけましたら精神的にも励みになります。