老化の世界地図【ホールマークス・オブ・エイジング】
「老化は治る」
前回はそんな話をしました。
ところが「そもそも老化とは何なのか」という問いに、これまで明確な答えはありませんでした。研究チームによって諸説あり、統一した理論体系は整っていなかったのです。
この状況を一変させたのが、2013年に公表された1本の論文。
――【ホールマークス・オブ・エイジング】
今回はこの「老化の世界地図」とも言える枠組みについて、出来るだけかみ砕いてお伝えしていきます。
■「老化」と「加齢」は違う
「老化」と「加齢」は、混同されがちですが、実は、全くの別物です。
加齢とは、時間の経過そのものを指します。
老化とは、その時間経過よって生じる「機能の低下」のことです。
厳密な定義はさておき、ざっくりとしたイメージはこの通りです。
実際、年齢を重ねても若々しい人は、何人か身近にいる筈です。
時間が過ぎることを、止めることは出来ません。
ですが、機能の低下を防ぐことは、少しは出来るような気がしませんか?
■老化の正体が見えた瞬間
実は、老化の正体は、すでに判明しつつあります。
例えるなら、視力検査の時の様な感覚。
「ウィーン」といいながら、徐々にピントが合っていく。
くっきりと現れる気球には、大抵の方が「あぁ、あれね」と共感いただけるかと思います。

一昔前は、この、ピンボケしたような状態だったのです。
トップランナーの研究者たちの間でも、「老化とはこうだ」「いや、ああだ」と見解がバラバラだったのです。
それが、今や。
誰しもが、くっきりと現れた気球を、捉えています。
2013年に登場した「ホールマークス・オブ・エイジング」と呼ばれる論文は、老化に纏わる研究者たちに、共通の言葉、共通の枠組みを提供しました。
老化とは「9つの項目」に整理され、それ以降の研究者たちに、相互理解と協力関係をもたらしました。
ある意味、「老化は治る」とするジェロサイエンス・ワールドの世界地図とでも言えるでしょう。
10年の歳月を経て、2023年。
「ホールマークス・オブ・エイジング」は改訂版が登場します。
老化を構成する9項目は、現在では、12項目に再整備されています。
かつては「ただそこにあるだけ」だった老化の正体は、ここまで解像度が高く捉えられているのです。
■老化は「上流・中流・下流」で考える
項目数が増えたとはいえ、大枠の理解は変わっていません。
ポイントは、「上流・中流・下流」の3つに分けて全体像を捉える、ということです。
まず上流にあるのが「プライマリー要因」と呼ばれるものです。
これらは、細胞よりも、遺伝子よりも、もっとミクロな分子レベルでの話です。
後に続く、中流・下流の老化現象を引き起こす「直接的な」トリガーとして知られています。
私たちの身体の“機能”の大半は、タンパク質が担っています。
プライマリー要因とは、その“タンパク質”と、その設計図である“遺伝子”に、主に関わります。
例えば、遺伝子そのものや、その保護剤が傷ついたり。
あるいは、製品であるタンパク質を、検品したり廃棄したりするシステムに不具合が生じたり。
結果として、正規品として必要な「健全なタンパク質」が、上手く供給されなくなってしまうわけです。
こうした分子レベルでの異常が蓄積して、細胞全体に悪影響が広がっていきます。
■「ダムの決壊」中流の二面性
「上流」での変化は、「中流」へと押し寄せます。
私たちの活動エネルギーの90%以上を生み出している、ミトコンドリアの異常や、美容雑誌などでも登場する「老化細胞」の仕組などが、相当します。
これら、中流は「アンタゴニスティック要因」と呼ばれています。
日本語では、「拮抗的な」と直訳されます。
アクセルとブレーキのような、お互いに正反対の方向性を意味しています。
すなわち――
最初のうちは、私たちの身体を守るように働きますが、どこかの段階で、私たちの身体を攻撃するように作用するのです。
例えるなら、ダムのようなもの。
上流からの悪影響を、一定の段階までは食い止めているのですが。
いよいよ決壊すると、上流と中流の要因が、一気に下流に流れ込む。
だからこそ、中流の「アンタゴニスティック要因」に対しては、特別に正しい知識が必要なのです。
「なんか調子が良いな」と思って取り組んでいることが、気付かぬうちに一線を越えてしまって、逆効果を及ぼし始めることになりかねないのですから。
私が、ジェロサイエンスを正しく広めなくてはならないと考える理由の一つです。
■悪循環を生む「逆流現象」
終着地である「下流」は、「インテグラティブ要因」として整理されています。
こちらも直訳すると「統合的な」という意味です。
上流と中流で生じた損傷によって、私たちの身体で実際に生じている結果とも言えるでしょう。
もともとは、「細胞での出来事」と「細胞以外での出来事」の2つで整理されていました。
2013年の段階では、それぞれに対応して「幹細胞の枯渇」と「細胞間コミュニケーションの乱れ」という項目が存在しました。
それが、科学の進歩により、新たな発見がなされます。
代表的には、「細胞間コミュニケーション」の一種である「慢性炎症」が、上流の要因を直接的に加速させていること。
まさに、「逆流現象」そのものです。
この様に、特別に扱う明確な理由をもつ3項目が、2023年の改訂版では独立項目として扱われることになりました。
最新版が制定された最大の意義は、
それぞれの項目は、一方向性に作用するのではなく、双方向性に影響を及ぼす、と定めたところにあります。
すなわち――老化というものは悪循環を生み出し、その速度がどんどん加速していく傾向があるということです。
■12項目はどのように選ばれたのか
そうであるならば、私たちに抗う術はないのでしょうか。
実は、この答えも、ホールマークス・オブ・エイジングに明確に記載してあります。
それぞれの12項目が選定された、3つの選考基準をみてみましょう。
① 通常の加齢に伴って、誰にでも訪れること
② 実験的に操作することで、加速させることができること
③ 実験的に操作することで、減速させたり、止めたり、巻き戻したり、できること
特に、この3つ目の基準は、論文の中でも「most decisively」と記載されており、最も決定的なものとして扱われています。
かつて、哲学者デカルトは言いました。
――困難は、分割せよ
かつてはどうしようもなかった老化も、また。
12の項目に分けることによって、解決の糸口が見えてきつつあるのです。
それらの項目は、その定義からして「治せるもの」として扱われているのですから。
■「治せる老化」は増えていく
それでも、やはり。
全ての老化が治る、とは断言できません。
例えばサッカーチームでも、スター選手がいることと、チーム全体が強いことは別です。
同様に、12項目の一つひとつが「治せる」からと言って、それらを統合した生命個体での老化が「治せる」とは言えません。
しかし確実に言えることがあります。
こうした研究が進めば進むほど、「治せる老化」は増えていく、ということです。
私は、老化には「治せる老化」と「治せない老化」があると考えています。医師として多少の研鑽を積んできた立場としては、誇張表現を好みません。
ですが、「治せる老化」が意味するもの、人類社会のフロンティアが広がってきているのは間違いありません。
事実、最新版の12項目の他にも、13、14番目の項目として議論がされているものがあります。
ひょっとすると、更なる10年が過ぎた2033年ごろには、ホールマークス・オブ・エイジングは15項目~18項目程度にまで、拡張されているのかもしれません。
この様な動きもまた、「老化の世界地図」という共通言語、統一規格があってこそ。
これから、まさに—―「ジェロサイエンス」が私たちの実生活に影響を及ぼし始めていくことでしょう。
多くの方が「老化は治るかもしれない」と関心を持てば持つほどに。
医師や研究者、そして企業も、その実現に向けて動き出します。
みんなが一緒になって「老化という病を克服しに行こう」と思える世界になれば、これほど素敵なことはありません。
今回の記事は以上です。
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銀座アイグラッドクリニック
院長 乾 雅人
