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【コングラボード獲得感謝】映画『Before Sunrise』が教えたこと——また少しだけ、英語の話をする

映画『Before Sunrise』が教えたこと
——英語は文法じゃなく、呼吸だった

前回の記事「ダブリンの街角で」を読んでくれた人たちのおかげで、
またnoteのコングラボードをいただいた。


正直に言うと、あの記事は
英語の勉強の話を書くつもりじゃなかった。

ただ映画を流しながら仕事をしていて、
ふと耳に残った「生きている英語」の話を書いただけだった。

それでも誰かがそこに共鳴してくれた。
そのことに、まず静かに感謝したい。

そして、同じことを思い出させてくれる映画がもう一本ある。

映画『Before Sunrise』だ。

昔から大好きな映画だ。

列車で偶然出会った男女が、
ウィーンの街を一晩歩きながら話をするだけの映画。

大事件は起きない。
ドラマチックな展開もほとんどない。

ただ、会話が続く。

でも、その会話がいい。

とくにイーサン・ホーク。

どこかグランジロッカーみたいで、
どこか哲学フリーターみたいで、
ちょっとダメそうなのに妙に誠実な顔をしている。

あの佇まいが、たまらなく好きだった。

相手はジュリー・デルピー。

賢くて、皮肉で、でもときどき優しい。

この二人の会話は、
いわゆる「正しい英語」じゃない。

途中で言葉が止まるし、
言い直すし、
「えーと……」みたいな沈黙も多い。

でも、それがいい。

たしかジェシーが、こんなことを言っていた。

"Isn't everything we do in life a way to be loved a little more?"

人生でやってることって、
結局は「少しでも愛されたい」ってことなんじゃないか。

文法としては、すごくシンプルな英語だ。

でも、このセリフは妙に残る。

なぜか。

言葉がうまいからじゃない。

本音だからだ。

この映画の英語は、
流暢でもなければ、
完璧でもない。

途中で止まる。
言い直す。
考えながら喋る。

つまり、人間の英語だ。

それを聞いていると、
昔ロックで感じていたものと同じだと思う。

完璧じゃない声。

少し外れた音。

でも、そこにだけ本物の体温がある。

英語は、正しくなくてもいい。

生きていればいい。

『Before Sunrise』を見ていると、
そんな当たり前のことを思い出す。


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