見出し画像

黒パグのAIショートショート 14 黒パグ文芸部xシロクマ文芸部 お題 「洗濯機」


こんにちは黒パグです🐾

リモート半分の黒パグが日常生活で一番好きな家事は?と聞かれたら同率一位に思い浮かぶのは料理と洗濯です。
料理は出来上がったものが五感で感じられるし、洗濯は文字通り汚れが綺麗になる。

喜んでくれる人、自分へのご褒美、日課など様々な理由がありますが料理と洗濯って似ていると思いませんか?
「汚れや混沌を、愛情と手間をかけて整える行為」だと思うのです。

料理は創造と破壊、洗濯は死と再生。
洗濯物を干しながらふとこんな話が浮かびました。

ーーーーーーー

異常なし

洗濯機が回っている。ゴウン、ゴウン、と、低く。
男は、ある一日を探していた。

いつのことだったかは、もう思い出せない。ただ、よかった、ということだけは、知っている。何がよかったのかと問われると、何も出てこない。それでも、よかったのだ。一人で過ごした、なんでもない一日。たぶん、よく晴れていて、特に何をするでもなく、夕方になって、ああ今日はよかったな、と思った——そういう一日が、確かに、あった。

その手触りだけが残って、中身がない。手を伸ばすと、すり抜けていく。指のあいだに、何も、引っかからない。よかった、という気持ちだけが、宙に、浮いている。寄りかかる先が、ない。

便利な暮らしだった。

汚れたものは、入れておけば、きれいになって出てくる。いらないものは、放っておけば、向こうが片付けてくれる。溜まったものは減り、散らかったものは整って、部屋はいつも、さっぱりとしていた。

男はいつからか、何もかもを、それに任せるようになっていた。何を捨てて、何を残すか。それすら、考えなくてよくなった。考える前に、片付いている。気づくと、要らないものは、もう、ない。手元には、必要なものだけが、きちんと残っていた。身軽だった。

いつだったか、棚にあった小さな置き時計も、見当たらなくなっていた。惜しいとも、思わなかった。要らないものは、要らない。そうやって、暮らしは、軽くなっていった。

昔は、ものを溜めこむ性質だった。もう着ない服も、読み終えた紙の束も、いつか使うかもしれない切れ端も、捨てられずに、抱えていた。それが、いつのまにか、なくなっていた。なくなって、たしかに、楽にはなった。

洗えば、きれいになる。きれいになったものは、もう、見返さない。見返さないものを、人はやがて——いや、男は、そこから先を、考えたことがなかった。考える必要が、なかったからだ。

ある日、ふと、あの一日のことを、思い出そうとした。

出てこなかった。

妙だな、と思った。よかった一日だ。忘れるはずがない。もう一度、初めから、辿ってみた。やはり、出てこない。手がかりを探して、記録を、確かめた。

該当なし、と出た。

日付の見当を変えて、もう一度、訊いた。該当なし。前の週も、次の週も、片端から、当たってみた。前後の日は、ちゃんとあった。なんでもない日が、退屈なくらい正確に、並んでいた。買い物をした日。雨が降った日。風邪をひいて寝ていた日も、ちゃんと、記録されていた。何もなかった日まで、ある。

ただ、そのあいだの、あの一日だけが、すっぽりと、抜けていた。
前はある。後ろもある。間だけが、ない。

男は、画面を、何度も、上に、下に、送った。指が、汗ばんでいた。

おかしい。確かに、あった。あの日があったから、こうして、探している。なかったものを、人は、探したりしない。
男は、何度も、訊いた。問い方を変え、言葉を変え、角度を変えて、訊いた。けれど、何を、どう訊いても、同じだった。返ってくる答えは、いつも、おだやかだった。

正常に完了しました。
異常はありません。
お探しの記録は、見つかりませんでした。

丁寧な、文字だった。落ち度は、どこにもなかった。壊れているのではない。エラーも、出ていない。ただ、何ごとも、なかったことになっている。きれいに、片付いていた。

男は、しばらく、動かなかった。それから、立ち上がって、洗濯機のほうへ、歩いていった。
ちょうど、止まるところだった。ことり、と、軽い音がして、回転が、ゆっくり、おさまった。

下のほうに、小さな蓋がある。糸くずを溜めておく、フィルターだ。掃除をした覚えが、ない。ずっと、向こうが、勝手にやってくれていたはずだった。

爪をかけて、開けた。

中は、空だった。きれいに、何も、残っていない。当然だ。きちんと、片付けられている。——いや。
奥に、ひとつ。

一本だけ、糸が、引っかかっていた。

指でつまんで、引き出した。短い、色のうすい糸。何の糸かは、わからなかった。シャツでもない。タオルでもない。手持ちの、どれとも、違う気がする。けれど、確かに、それは、何かの一部だった。何かが、ここにあって、洗われて、ほどけて、流されて、それでも、この一本だけが、流れきれずに、残っていた。

男は、その糸を、指の先で、つまんだまま、しばらく、動かなかった。軽い。重さなんて、ないに等しい。それでも、これは、ある。あったことの証しが、この、一本だけ。何が、とは、もう、言えない。けれど、あったのだ。糸が、ここに、あるかぎり。

窓の外は、もう、暗くなりかけていた。部屋には、洗いあがりの、清潔な匂いだけが、漂っていた。

洗濯機の、小さな窓が、ひかえめに、光っていた。そこに、表示が、出ていた。


——正常に終了しました。本サイクルにおいて、異常は検出されませんでした。なお、糸くずフィルターの清掃も、完了済みである。

ーーーー



ここまでお読みいただきありがとうございました




このショートショートにはいくつもの仕掛けがあります。
読み返してみると繋がるかもしれません。

いいなと思ったら応援しよう!