黒パグのAIショートショート 11 #シロクマ文芸部 お題「メモをする」
こんにちは、黒パグです🐾
今週もやってきましたシロクマ文芸部さんコラボ作品のショートショートです。
自分が紙のメモを取ったのって最後いつだったかもう覚えていません。
いつのまにか便利なガジェットが浸透し、記事の案を思いついたらメモアプリ。車で移動中なら音声でメモ化。
そんな時代だからこそ紙のメモに目を向けるのもいいのかもしれません。
ーーーー本編↓ーーーー
古代人の用件
遠未来のこと。銀河の片隅にある小さな惑星で、ひとつの文明の痕跡が発見された。
大気の薄れた赤茶けた地表の下から、おびただしい量の記録媒体が出土したのである。
それは石板でも巻物でもなく、薄く加工された繊維質の板に、何らかの顔料で記された短い文字列の集積であった。
短いものは二、三語、長くともせいぜい十数語。総数は数十万枚にのぼった。
銀河考古学会は沸き立った。ついに、あの幻の文明の全貌が明らかになる。学会は最も権威ある博士のもとに解読作業を委ね、潤沢な研究予算を投じた。翻訳処理はすでに済んでいた。
最初の一枚が解読された。
★ あ、
博士はうなずいた。
「これは詠嘆を伴う祈祷文の定型句である」
助手はうなずいた。
次の一枚は、こうあった。
ニンジン タマネギ
博士は数秒、沈黙したのち、再びうなずいた。 「橙と紫白。これは二元的宇宙原理の表明である」 助手はうなずいた。
さらに次の一枚。
歯医者 火曜 三時
博士は今度はうなずかなかった。
眉をわずかに上げ、長い思索ののち、こう述べた。
「火の曜日に行われる、三進法的時間認識に基づく身体浄化儀礼。歯は身体に開かれた門であり、すなわち通過儀礼の象徴である」
助手はうなずいた。
博士の論文は瞬く間に銀河中に広まった。
古代文明は、二元論的宇宙観のもと、三進法による時間認識を用い、身体を象徴的な門と見なし、火と水と土と風の四元素を聖別する高度な精神文明であった——というのが論文の骨子であった。
「電池 単三 四本」の解読、すなわち四元素論と三重星系の対応関係に関する一節は、特に高い評価を受けた。 博士は学会の最高賞を受けた。論文は三百二十七の言語に翻訳された。教科書に載った。
数年の歳月が流れた。
解読は続いていた。
新たに発掘されたメモは、博士の理論をさらに豊かにした。
「ゴミ出し 木曜」は、木星の引力周期に同期した周期的浄化儀礼の証拠とされた。
「クリーニング 受け取り」は、死後の魂の浄化と回収にまつわる教義文書とされた。
「傘 予備」は、二重世界への備えを説く形而上学的警句として扱われた。
やがて学派が分かれた。
「ニンジン陽派」と「タマネギ陰派」が対立した。
前者は橙色のニンジンを陽の根源とし、後者は地下に育つタマネギに陰の本質を見た。
両派の論争は二十年にわたって続き、最終的には「ニンジンとタマネギは並列されており優劣はない」とする統合学派の登場によって決着がついた。
これにより博士の二元論はいっそう精緻なものとなった。
ある一枚のメモは、長く解読不能とされた。
ぜったい わすれるな
これはあらゆる学派の理論を超越した、文明最深部の至高命題であるとされ、解読を試みた者は皆、何かしらの神秘的経験を報告した。
一人の若い研究者がこのメモを前にして三日三晩瞑想し、ついに発狂したという話まで伝わっている。学会はこのメモを「至高断章」と命名し、専用の研究室を設けて永年研究の対象とした。
学生たちは大学で暗号解読学を学んだ。
試験では「単三電池の四本性が示す宇宙論的含意について論ぜよ」といった設問が課された。
観光客は遺跡を訪れ、ガイドの説明にうなずいた。土産物として「ニンジン・タマネギ」のレプリカが売られた。
五十年が過ぎた。
博士は勲章を受け、晩年を迎え、静かに息を引き取った。
葬儀には銀河中から学者が集まり、博士の墓には「橙と紫白、ここに眠る」と刻まれた。
博士の死から数年後のこと。
ひとりの若手研究者が、博士の遺品を整理していた。
草稿の山の中に、一枚のメモが紛れていた。
ミルク パン
若手の手帳には、その日の昼に書き込んだメモがあった。
ミルク パン わすれずに
若手は笑った。
手帳と、出土したメモとを、見比べた。
やがて目を伏せ、首を振り、ノートを開き、こう書きつけた。
乳白色の天体と、焼成された大地の対立構造について
彼の手帳のメモは、しばらくしてゴミ箱に捨てられた。
彼の論文は、その年の最優秀賞を受けた。
——同じ頃、銀河の反対側にある小さな青い惑星では、誰かが冷蔵庫の扉に貼ったメモに、こう書き足していた。
牛乳
ーーーー古代人の用件了ーーーー
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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