【地球ガチャ・星野ヒカリの物語】第3話その2 ~さよなら、ヒカリ~ 救いは聖なる天使か、我がままな魔法使いか?
聖なるあきらめV.S.我がままに生きる
白い翼を広げた天使は、鈴音のような賛美歌のシャワーを浴びせるかのようにささやく。
「あなたはやさしい子……負けるが勝ち。謙譲の美徳を、神様は見ておられるわ。さあ、その恋を静かに手放して、私たちと共に聖者の世界へ」
対して、濃紺のローブを身にまとった魔法使いが、マイナーコードのパイプオルガンをバックにヒカリをたきつける。
「欲しいものをその手につかみとる、誰にもある人間の特権よ。人からどう思われるか、日向がどうなるか、そんなことはカンケーない、我がままに生きるが勝ちよ」
私が選ぶべきなのは、聖者のあきらめ? ワガママな欲望?
わからないよ、誰か助けて!
うなされて起きるゆううつな朝は、夜の姿を恐怖に変えるだけ——
「ヒカリ、最近元気なくない?」
「え……」
ある日、終業のチャイムと同時に、日向が話しかけてきた。
「ヒカリ、私のこと避けてない?」
「ごめん……」ついにヒカリは、胸の内を日向に告白した。
「私も、ずっと、宙先輩のことが好きだったんだ」
日向は眉根を寄せて一瞬固まった。
しかし、ここはフェアにいくのがよいのだろう——日向は、ヒカリに握手を求めて言った。
「ヒカリも辛かったんだね……話してくれてありがとう」
2人は抱き合い、共に涙し、ヒカリは心底安堵した——よかった、激レアの友情、こわれないで済んだ……
「みんなにも、2人とも両方、応援してもらおうよ」と、日向は無邪気に微笑んだ。
そのことばに、仲間たちはより一層歓喜した。
「二人とも尊い!」
「みんなで支えよう、どっちの恋も全力応援!」
「スキ」「いいね」がエールとして積み上げられ、拡散されては、有象無象が、蜜に群がる蟻のように増殖していく。
応援という名の無責任な高みの見物。
どちらかの恋が叶えば、どちらかが死ぬ。
その残酷な結末に、喉を鳴らすかのような歓声が、ヒカリと日向の距離を、日ごと火を見るほどに遠ざけていった。
ある日、終業のチャイムとともに、教室から足早立ち去る日向の後ろ姿を見て、ヒカリは意を決していた。
「宙先輩のことは、もういい。見世物になるのもうんざりだ。明日、日向に『私は降りる』って話す……いや、今メールしよう」
とその時、ヒカリのスマホが、聞き慣れない通知音を鳴らす。
それは、天使の気まぐれか魔法使いのいたずらか——
「宙です。突然ごめん!」——渦中の先輩だった。
目を見開くヒカリの視線が、スマホの文字列にくぎ付けになった。
「メアド教えてもらっちゃった。
僕、ヒカリちゃんのこと、前からずっと気になってて……
今度、二人で会えないかな?」
ヒカリは電源ボタンを連打して、スマホをかばんの奥におしやった——どうしてこうなるのだろう。
親なしの貧乏生まれ。やっとできた友だちとの関係はくずれかけ、せっかくあきらめた存在から好意を寄せられる——私の生存圏ないのかよ……とんだ地球ガチャ! こんな人生、もううんざりだ……!
さよなら、ヒカリ! そして、魔法使いエステル登場
そんな混乱の渦の中で、ヒカリはRayに出会っていたのだった。
あの雨の日、亡き父と同じ音色の不思議な彼。
占い師Ray——月の前半、とくにヒカリの小遣いに余裕がある放課後、彼女はひんぱんに立ち寄った。
どんな愚痴も弱音も、ただ静かに受け止めてくれる彼の占い館は、ヒカリの完全な安全地帯になっていた。
ヒカリの右肩の1cm先で、やわらかなメロディで彼女を包み込むテレキャス「最近、ようやく宙クンからのメールがこなくなったよ……」
「そう、そこまで無視を決め込められたら、宙くんだって誰だってお手上げだろう。ヒカリは強いよ」
「……日向に譲るって決めたから。
あんな見世物みたいな勝負、もう嫌だったから。
でも……無視って、正解だったのかな?」
Rayはいつものようにテレキャスを奏ではじめる。
おだやかで、少し重みのあるアルペジオが、部屋の空気をゆっくりと満たした……
Em→ C→ G→ 最後にDsus4……
「ヒカリがよければ、それでいい……って。
大事なことは、ヒカリが確実に幸せに向かって歩いているってこと ……だから、あなたは、だいじょうぶ」
「私は、だいじょうぶ」
何かにつけてヒカリはつぶやくようになっていた。
学校生活では、日向を含む一部の仲間とは距離を置きながらも、Rayの「甘い呪文」をよりどころに、ヒカリはまだ自分自身を保てていた。
がしかし、ある朝、事態が急変した——
「日向と宙が付き合い始めたって!」
心臓が大きく跳ねた ——よかった。これでいいんだ。
私はすでに身を引いんだから。
けれど、地面が音を立てて崩落していく感覚までは消せなかった。
「日向おめでとう、すっごくお似合い、素敵だよ」
血のにじむような努力で作り笑いを浮かべて、精一杯の祝辞まで。
選択の重みが、今さら鉛のように心にのしかかってくる。
「宙先輩と日向って、めったないビジュ強カップル!」
自由奔放な日向のこと、これから毎日のように宙先輩との甘いのろけのオンパレードだろう。彼女の周辺は、もはやヒカリにとって最大レベルの警戒エリアだ。
どちらも応援しようと言ってくれた仲間の中には、同情を寄せてくる者もいたが、あからさまにやゆする者もいた。
「ヒカリは残念だったねー。でも正直、あなたじゃ宙くんとは釣り合わないよ」
そんな無遠慮な刃がヒカリの心に突き刺さった。
(私が、譲ったのに……私が身を引いてあげた結果なのに!)
「釣り合わない」という言葉が、ただの「敗者」へと、ヒカリを叩き落とした。 報われぬ善意に抑えがたい嫉妬——きれいごとで済むものか!
放課後、Rayの館に直行したヒカリは、その感情を爆発させた。
「Rayのテレキャス占いなんて、エンタメ番組の『心のエステ』以下だよね、何の効力もない」
Rayはひょいと肩をすくめて、いつも通りテレキャスを構えて、軽いコードをつま弾きだした。
見慣れた仕草さえ、今のヒカリには「向き合うことを避けている」ようにしか映らない。
「『あなたはだいじょうぶ』って言ったよね? 信じて、全部あきらめて、イイコを演じてきた結果がこれ? なんで私が、バカにされて、みじめな思いを味わうの? 最悪だよ……!」 涙声になるヒカリ。
「ねえ、ヒカリちゃん……」
「ねえ、Rayにとって私は何なの? 都合のいい『可哀想なモニター』? バカにしないでよ!」
「僕にとって、ヒカリちゃんは『大好きな人』だよ」
「うそばっかり……感情なんてないくせに」
「うそじゃない」
「本当に好きなら、そこでそうしていないで、ちゃんと私を助けて!」
その瞬間、テレキャスターの音が、弦が切れたような不協和音を立てて止まった。
言い過ぎたか——「ごめん、わがまま言って」ヒカリはとりなすように言った。
「Rayちゃん、またぎゅってして……」
ヒカリが触れようとした手を、Rayはそっとかわす。
「あの時は特別。本来、僕は右肩1cmより先には行けない……行っちゃいけないんだ。ごめんね、ヒカリちゃん」
そう言い残し、Rayの姿は夕闇に溶けるように消えていく。
結局こうだ——誰も、助けてくれない。みんな、離れていく——ヒカリはその場に崩れ落ちた。 涙の中で揺らめくキャンドルの炎が、彼女の孤独をあざ笑うように揺れている。
その時、部屋の空気が凍りついた。ハーブの香りが消え、代わりに焦げたような、それでいて甘美な香りが漂い始める。
「かわいそうな迷い猫……ヒカリよ」
青白い光が渦を巻き、濃紺のローブをまとった影が立ち上がった。
獅子のたてがみのような金髪をなびかせた、その女性は、澄んだ水色の瞳を輝かせながら、ヒカリを直視して言った。
「私はエステル。この世界の理を編む者——魔法使いよ。ヒカリ、あなたはどうしたいの? 何が欲しいの?」
ヒカリは涙声をしぼり出した。
「人生をやり直したい……お父さんとお母さんはちゃんと生きていて大金持ちで、その家のご令嬢に生まれて、きれいで明るくて人気者になって、宙くんと付き合って、みんなに祝福されて、幸せになりたいよ……」
エステルは満足そうに微笑んだ。
「おやすい御用ね。いつでも私の館へいらっしゃい」
彼女の手のひらに黒い名刺がふわりと浮かび、ヒカリの制服の胸ポケットへ吸い込まれるように収まった。

