“困った子”だと思っていた息子が、“おもろい子”に変わっていった話——癇癪を怖がっていた父が、息子と本気で遊べるようになるまで
まーさんと、
二人で出かけることが増えた時期があった。
ちょうど、
家事をするようになって。
癇癪も、
少しずつ落ち着いてきた頃だった。
私は水曜日が休みだったので、
学校まで送り迎えして。
帰ってきたら、
まーさんと
速攻で宿題を終わらせる。
で、
そこから二人で遊びに行っていた。
ユニバ。
プール。
ボーリング。
川に石投げ。
大判焼き買いに行ったり。
フェリー見に行ったり。
近所をプラプラ歩いたり。
神社行ったり。
季節ごとに、
ほんまに色んなところ行った。
で。
今、
思い返して一番出てくる感情。
「私がめちゃくちゃ楽しかった」
これやった。
もちろん、
途中で急に大声出す時もある。
機嫌悪くなる日もある。
普通に怒る時もある。
でも。
それ含めて、
私はまーさんとの時間を、
ちゃんと楽しめていた。
これ、
自分の中ではかなり大きかった。
昔の私は。
まーさんと出かける時、
どこかずっと緊張していた。
「怒ったらどうしよう」
「大声出すなよ……」
「荒れたら嫌やな……」
みたいな、
“保護者モード”
がずっと入ってた。
もちろん、
愛情がないわけじゃない。
でも、
どこかで。
「まーさんの気分転換のため」
「奥さんが疲れるから」
「外に慣れさせるため」
みたいな。
こちら都合の、
利己的な動機も混ざっていた。
だから、
純粋に楽しむというより。
“対応してる”
感覚の方が近かった。
でも。
少しずつ、
まーさんの“戻る力”が強くなってきた。
でも、
最初からこうだったわけじゃない。
昔の私は。
“癇癪を起こさせない”
ことばかり考えていた。
一回崩れたら終わり。
そんな感覚だった。
(→『怒るな!!』は間違ってた——
自閉症の息子に教えられた“戻る力”の話)
怒っても、
崩れても。
「あーまぁ、
なんとか戻ってこれるか」
って、
私が思えるようになってきた。
それ、
めちゃくちゃ大きかった。
もちろん、
今でも普通に荒れる。
「いや、
それはあかんやろ……」
って日は、
全然ある。
でも。
前みたいに、
“一回崩れたら全部終わり”
みたいな感覚が、
少し減った。
すると。
不思議なくらい、
私自身が遊べるようになった。
プールなんか、
まさにそうだった。
家族で行くことはあった。
でも、
二人で行くってなると。
正直、
ちょっと不安やった。
でも、
その頃は違った。
普通に、
私が楽しんでた。
いや、
普通以上かもしれん。
見た目は中年やのに。
なかみ、
完全に中高生。
まーさんそっちのけで、
潜水して。

水の中で聞こえる、
“コポコポ…”って音を聞いて。
後先考えず潜って。
ゆらゆら揺れる水面の光を、
下からボーッと見てた。
その景色見ながら。
子どもの頃、
島根の川で見た景色を思い出してた。
あのキラキラ。
「あー……
これ好きやったなぁ」
って。
まーさんも近くで、
うろちょろ潜って遊んでた。
途中で食べる用のおにぎり作って。
コンビニで、
カップ麺とジンジャエール買って。
水着着て、
上からTシャツ着て。
水筒にキンキンのお茶入れて。
今こうやって書いてても思う。
めっちゃ準備あるやん。
でも。
その準備すら、
楽しかった。
昔やったら、
正直ちょっと面倒やと思ってた部分。
でもその頃は、
私の方が楽しみにしてた。
「今日どこ行く?」
って、
私から聞いてた。
ただ、
まーさん。
「どこ行きたい?」
って聞いても、
もちろん答えない。
だから。
“私が行きたい場所”
というより。
“まーさんとどこ行こうかな”
って考えてた。
ほんま、
中高生みたいな気分やった。
川に石投げ行った時もそう。
ふいに、
子どもの頃を思い出して。
二人で自転車乗って、
河川敷行って。
ひたすら石投げてた。
遠くまで飛ばしたり。
連続で投げたり。
超重い石投げて、
水しぶき上げたり。
水切りしたり。
ほんま、
それだけ。
でも、
めちゃくちゃ楽しかった。
子どもの頃の記憶を、
身体ごと掘り起こしてる感じやった。
フェリーも完全に、
私の趣味やった。
「今日フェリー見に行かへん?」
「行こーぜ!
なっ、楽しいぞ!」
とか言いながら。
完全に、
私が見たいだけ。
で。
一人でテンション上がって。
「うわー!
でけえなぁ!」
「またフェリー旅行行こうな!」
「いやー、
あん時楽しかったよな!」
「あ…
でもあの時まーさん、
めっちゃYouTubeで怒ってたなぁ!
あははははは!」
みたいな感じで、
勝手に盛り上がってた。
あと。
その頃、
めちゃくちゃ写真撮ってた。
まーさんのおねえちゃんに教えてもらった、
“ちょっと盛れる自撮り方法”
を駆使して。
行く先々で、
ツーショット撮りまくってた。
今見ると、
ほんましょうもない写真も多い。
でも。
なんか、
全部残しときたかった。
今は、
まーさんも中学生になった。
前みたいに、
早く帰ってこない。
だから、
あの頃みたいには、
なかなか遊びに行けない。
……これ書いてて。
めちゃくちゃ寂しい。
たぶん、
あの時間。
私にとって、
ほんまに特別やったんやと思う。
で。
なんで、
あんなに楽しめたんやろ。
って考えると。
やっぱり、
まーさんの“戻る力”を、
私が信じられるようになったからやと思う。
癇癪起こしても、
まぁなんとかなる。
前より、
早く戻ってこれる。
そう思えるだけで。
私の中の、
“保護者”
の割合が減った。
いや、
今でも全然あるで?
普通にヒヤヒヤするし。
「頼むから今日は荒れんといてくれ……」
って思う日もある。
“一緒に生活してる感覚”
が増えたことも、
大きかった気がする。
「ありがとう」
が増えてから。
少しずつ、
空気が変わっていった。
(→“ありがとう”が増えたら、自閉症の息子の癇癪が減っていった話)
でも。
あとから思うと。
昔より。
“困った子”
って見る割合より。
“なんかおもろい子”
って感じる割合が、
ちょっと増えた。
昔の私は。
「普通になってほしい」
って気持ちに、
かなり飲み込まれていた。
(→「普通を目指して、何が悪いねん!!」——自閉症の息子を“治したかった”父の本音)
それ、
めちゃくちゃ大きかった。
もちろん。
いい思い出ばっかりじゃない。
トラブルもある。
怒る日もある。
最悪やーって日もある。
いや、
どっちかというと。
「やっぱ今日あかんわ……」
って思う日の方が、
多いかもしれん。
でも。
なんか最近。
そういう日も含めて、
悪くないと思う時がある。
トラブルが、
スパイスみたいに感じる時すらある。
……いや、
やっぱり綺麗事か。
普通にしんどい時もある。
でも。
それすら含めて。
「まーさんと遊ぶの、
おもろいな」
って思える自分。
私は、
けっこう好きだったりする。
今でこそ。
「おもろいな」
って思える瞬間も増えた。
でも。
ここに来るまで。
私はずっと、
YouTubeを巡って。
まーさんと、
意地の張り合いみたいになっていた。
(→『YouTube禁止や!』で壊れた。自閉症の息子と“意地の張り合い”になっていた話)
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