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“ありがとう”が増えたら、自閉症の息子の癇癪が減っていった話

「いや……
自分でやった方が早いやろ……」

正直、
私はずっとそう思っていた。

まーさんが料理を手伝いたがっても。
包丁持ちたがっても。
ピーラーやりたがっても。
唐揚げひっくり返したがっても。

危ないし。
散らかるし。
手間増えるし。

“手伝い”ならまだいい。

でも、
“任せる”のは怖かった。


突然の癇癪で、
泣き崩れる。

——そこまでいくことは、
かなり減ってきていた。

でも、
だからといって平和になったわけじゃない。

相変わらず家では、

「YouTube見る」
「もう終わり」
「まだ見る」

みたいな綱引きが、
毎日のように起きていた。

空気がピリつく。
怒る。

また機嫌悪くなる。
そんな感じだった。

でも、
今振り返ると。

あの時期、
少しずつ変わり始めていたものがある。

それが、
“家事”だった。

まーさんは、
YouTubeにハマる前。

よく奥さんの料理をやりたがっていた。

包丁持ちたがる。
ピーラーやりたがる。
唐揚げひっくり返したがる。

しかも、
ちゃっかり味見という名の
つまみ食いしまくる。

私は横で、

「いやいや……
自分でやった方が早いやろ……」

って、
ずっと思っていた。

でも、
奥さんは違った。

めんどくさがらず、
普通にやらせる。

包丁も使わせる。
揚げ物までやらせる。

私は横で、

「えっ!?それ任せるん!?」

って、
ちょっとヒヤヒヤしていた。

でも、
まーさん。

料理してる時、
めちゃくちゃ機嫌がよかった。

楽しそうで。
出来たら達成感あって。

「ありがとう」

って言われて。

しかも、
最後に自分で作ったもの食べられる。

そら、
嬉しいよな。

今ならそう思う。

まーさん、
完全に“奥さんのアシスタント”
みたいになっていた。

一回、
奥さんに聞いたことがある。

「なんでそんな思い切って任せるん?」

すると奥さん、
平然と、

「見てて、いけると思ったから」

って。

いや、
その判断、
思い切り良すぎるやろ……

私はどうしても、

「ケガしたらどうしよう」
「失敗したらどうしよう」

が先に出る。
だから、
つい口を出したくなる。

実際、
お風呂掃除とか一回全部任せたら。

洗剤、
半分くらい使われた。

泡まみれ。

そのわりに、
洗い残しある。

すると私は、

「いや、そこはこう洗うねん」
「持ち方はこう!」
「もっとこうした方が……」

って、
すぐ言いたくなる。

でも、
それやると。

まーさん、
口には出さへんけど。

 

「モーーーーうるさいなぁ……」

 

みたいな顔になる。

完全に、
“モーさん”になる。

だから、
私は途中から、
やり方を変えた。

洗剤は私がまく。

「よし!まーさん、水流して洗ってー!」

しばらくやってもらう。

で、

「ちょっと俺もやらせてー」

って、
途中で自然に入る。

完全に任せるんじゃなく、
分業協力体制。


掃除機も同じだった。

まーさんが掃除機かける。

私は横で、
物どけたり、

「ここお願いー」

って言ったりする。

どっちかというと、
私がアシスタント側。

でも、
これが意外とよかった。

一人で掃除する時、
絶対やらん場所まで
掃除されてる。

だから私は、
わざと聞こえるように言う。

「助かるわー」
「めっちゃキレイなったやん」

もちろん、
ちょっと演出もある。

でも、
ほんまに助かる気持ちも出てくる。

分業やと、
自然とそうなる。

逆に、
全部任せようとすると。

「あーした方が」
「こうした方が」

って、
“いらんアドバイスおじさん”
になってしまう。

買い物も変わっていった。

前は、
奥さんと私で買い物。

まーさんとおねえちゃんは留守番。
それが定番だった。

当時のまーさん、
買い物連れて行くと。

YouTube見る見ないで、
不機嫌になることが多かった。

だから正直、
あまり連れて行きたくなかった。

でも。

荒れていた時期を越えて、
少し落ち着いてきた頃。

試しに連れて行った。

最初は、
ただついてくるだけ。

「これ取ってー」

って、
商品取ってもらうくらい。

でも、
少しずつ役割が増えた。

カート押す。
商品取る。
私らのカサカサ指では開かん
ビニール袋を広げる。
荷物運ぶ。
カゴ戻す。
駐車場から荷物持つ。

そうやって、
“活躍する場面”
が増えていくと。

まーさん、
買い物に普通についてくるようになった。

しかも、
楽しそうだった。

「自分ができそうなことを探してる」

そんな感じまで出てきた。

そして、
気づいた。

まーさんが荒れてる時期って。

家事をほとんどしてない時期が多かった。

もちろん、
因果関係なんてわからない。

家事したから安定したのか。
安定したから家事できたのか。

それは、
今でもわからない。

でも。

意図的に、
“参加する機会”
を増やした時。

目に見えて、
空気が変わった。

YouTubeで揉める回数も、
劇的に減っていった。

それ以上に大きかったのは。

 

「ありがとう」

 

が増えたことだった。

YouTubeの時は、
怒ってばっかりだった。

「やめろ」
「もう終わり」
「何してんねん」

でも、
家事は違った。

「助かった」
「ありがとう」
「それお願い」

そういう言葉が、
自然と増える。

すると、
手に負えないレベルの癇癪や、
気分の乱れが。

目に見えて減少した。

その時、
奥さんと話した。

「やっぱり家の手伝いって、
めっちゃ大事なんやな」

って。

でも。
ここで私は、
別のことにも気づき始めていた。

昔。

奥さんが専業主婦だった頃。

ご飯の準備中、
なんかイライラしてるように見える時があった。

「あーもう、ついでにそれ取って!」
「あ、やっぱいいわ!」

言葉に、
ちょっとトゲがある。

私は内心、

「いや、ちゃんと言ってくれたらやるのに……」
と思っていた。

でも、
何したらいいかわからない。

下手に動くと、


「あーそれ置いといて!」


って言われる。
だから、
なんかビクビクする。

洗い物くらいしかできへん。

それですら、

「あー広げてるか……
まぁええか」

みたいな変な空気を感じる時がある。

正直、
モヤモヤしてた。

「やる気あるのに……」
「手伝おうとしてるのに……」

って。

でも。

奥さんがフルタイムで働き出して。

私も、
本格的に一人で料理や家事するようになって。

初めて、
わかった。

 

景色、
全然違う。

 

同じキッチンに立ってても、
見えてるものが違う。

料理って、
ただ作るだけじゃなかった。

段取り。
順番。
同時進行。

「あ、ついでにこれ洗っとこ」
「その間にお湯沸かしとこ」
「今のうちに明日の分も……」

奥さんの頭の中では、
全部つながってた。

でも、
当時の私は。

全然、
見えてなかった。

そら、
イライラするわ。

一人でやってみて、
初めて思った。

「これ、
やらんとわからんやつや……」

って。

知ってるつもり。
わかってるつもり。

それ、
めちゃくちゃ怖い。

私はずっと、
“手伝ってる側”
やと思ってた。
でも実際は。

全体を見て、
回してたのは奥さんだった。

家事って。
作業として見ると、

「なんで自分ばっかり」

になりやすい。

仕事から帰って。
お茶ない。
洗い物どっさり。
ご飯まだ。
横では子どもらスマホ。

そら、

「ちょっとはやれや!!」

ってなる。
私も普通になる。

でも、
我慢して飲み込んでも。

結局どこかで、

「これ出来てへんで」
「これくらいしーや」

って、
変な形で出る。

 

復讐みたいに。

 

だから思った。

大事なんって。
何をするかより、

 

“どういう気持ちでやるか”

 

なんやって。

嫌々やるのか。
「みんなで楽に回そう」
と思ってやるのか。

それで、
空気が変わる。

もちろん、
今でも普通に思う。

「なんでこれくらいやらへんねん……」

って。

全然、
悟れてない。

でも。

家事って、
自己犠牲だけでやると、
どこかで壊れる。

逆に。

家族の共同作業として。
少しでも、

 

「助かった」
「ありがとう」

 

が回り始めると。

家の空気って、
ちょっと変わる。

そして、
まーさんにとって。

家事は、
単なるお手伝いじゃなかった。

 
“家の中で役に立てる場所”


だったんだと思う。

それが、
結果的に。

 
「戻る力」

を、
さらに強くしていった気がしている。

 

ーーー

 

あの頃の私は、
「YouTubeをやめさせること」
ばかり考えていました。

でも、本当に必要だったのは。


“家族の中で役に立てる場所”


だったのかもしれません。

 「あの頃の私は、
“普通に近づけること”
ばかり考えていました。

でも、
まーさんが変わり始めたのは。

“役に立てる場所”
が増えてからだった気がします。」

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岩木 継二 最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。このnoteが、誰かの共感や気づきに繋がれば嬉しいです。僕の活動を応援していただけるなら、ぜひサポートでご協力をお願いします。いただいたご支援は、まーさんとの新しい体験や、より良い記事作りの活動費に充てさせていただきます。