「普通を目指して、何が悪いねん!!」——自閉症の息子を“治したかった”父の本音
「普通を目指して何が悪いねん!!」
それが、
当時の私の本音だった。
これは、
まーさんが幼稚園くらいの頃の話です。
たぶん私は、
“まーさん”を見ているようで。
ずっと。
“普通の世界から落ちる恐怖”
を見ていたんだと思う。
発達障害の分野で有名な精神科医、
本田秀夫
さんの著作や動画を見たことも、
今思えばかなり大きな転機だった。
でも。
最初は正直、
めちゃくちゃ嫌だった。
本田秀夫さんの考え方って、
ざっくり言うと。
“治す・矯正する”
よりも。
本人の特性理解とか、
環境調整を重視する方向だった。
無理な矯正や訓練で、
本人や家族が疲れ果てて。
その結果、
二次障害になってしまう。
そういう危険性について、
何度も話されていた。
でも当時の私は。
まさに、
真逆を全力で走っていた。
早期療育。
言葉の訓練。
民間の有料プログラム。
特殊な機器を使った周波数療法。
食事療法。
とにかく。
「出来ること全部やる」
だった。
いや。
もっと正直に言うと。
「どれか数打ちゃ当たるやろ!!」
くらいの勢いだった。
だから。
最初、
本田秀夫さんの話を聞いた時。
「いや……これって
頑張ってる親を否定してへん?」
みたいな気持ちになった。
正直、
ちょっと腹立った。
でも。
完全には切り捨てられなかった。
なんか、
嫌やのに。
めちゃくちゃ引っかかる。
感情では拒否したいのに、
無視できない。
そんな感じだった。
実際。
本読んでる途中で、
何回も思った。
「なんか気分悪い…
もう読むのやめよかな……」
って。
でも、
閉じれなかった。
いや。
むしろ。
「嫌だけど…読まなあかん気がする」
みたいな、
変な感覚だった。
読み終わっても、
全然スッキリしない。
「なるほど!!」
ともならない。
ただ、
モヤモヤだけ残る。
でも。
執着とはちょっと違った。
なんか。
価値のわからん、
でも捨てたらあかん気がするものを。
ポケットに入れたまま、
ずっと気になってる感じ。
動画見ても同じだった。
「そうか!!」
じゃなく。
「うーーーん……スッキリしない!
なんかモヤモヤする……」
だった。
でも。
大事なこと言ってる気はする。
ただ、
感情が追いつかない。
腹落ちしない。
そんな感じだった。
しかも。
本田秀夫さんって、
療育や訓練そのものを、
全部否定してるわけじゃない。
でも。
“発達障害を無かったことにするための訓練”
みたいになっていくことには、
かなり慎重だった。
そこが、
当時の私には刺さりすぎた。
なぜなら。
私はまさに、
それをやっていたから。
発達障害の『障害』って言葉が、
ほんまに嫌だった。
異常なくらい嫌だった。
友達の子どもが、
ペラペラ喋ってる。
その姿見るだけで、
胸がザワつく。
「なんでまーさんは……」
って思ってしまう自分も嫌だった。
「話せへんの可哀想やね」
って思われるのも嫌。
「将来大変やね」
「頑張ってね」
って言われることすら。
まだ言われてもないのに、
勝手に重く感じてた。
とにかく。
その世界に、
入りたくなかった。
言わせたくない。
思われたくない。
そこから抜け出したい。
そんな感覚が、
めちゃくちゃ強かった。
だから。
「しゃべれるようになれば」
「普通に会話できれば」
「努力と根性と最新情報で、
なんとか普通に近づければ」
全部、
解決する気がしてた。
実際。
ことば専門の療育。
民間の有料プログラム。
特殊な機器を使った周波数療法。
食事療法。
どれか当たるやろって、
本気で思ってた。
まーさんを、
堂々と前に出せる。
親族とも、
気兼ねなく付き合える。
そう思ってた。
でも現実の私は。
お葬式の時。
まーさんのことを聞かれないように、
こそこそ外に連れ出してた。
親族と接触しないようにして。
なんか。
“訳あり家族”
みたいな空気を、
自分で勝手に作ってた。
あの時の、
みじめさ。
今思い出しても、
胸がギュッとなる。
幼稚園でもそうだった。
みんな静かに集まってる中で。
まーさんが、
突然。
「キャーー!!」
って声を出す。
その瞬間。
息苦しくなる。
背中に、
冷たい汗が流れる。
頼むから。
「今だけは静かにしてくれ……」
って。
周囲の視線が、
一気に刺さってくる気がした。
ほんまは…
まーさんが悪いんじゃない。
でも私は。
“周囲にどう見られるか”
ばっかり気にしてた。
あの頃の私は。
“困らせないこと”
ばかり考えていた気がする。
でも後になって。
「ありがとう」
が増えた時、
少しずつ関係が変わり始めた。
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親族の結婚式でもそうだった。
式が始まってすぐ、
まーさんが、
こてっと寝た。
その瞬間。
私は、
心底ホッとしてしまった。
「ああ……
これで静かに終われる……」
って。
でも。
その安堵が、
ほんとに嫌だった。
嬉しい自分が、
嫌だった。
まーさん本人を見てるつもりで。
私はずっと。
“普通から落ちる恐怖”
を見てたんやと思う。
だから。
まーさんのおねえちゃんの時みたいに。
「ちゃんと話せばわかる」
「受け答えしっかりしてる」
みたいな感覚で、
子育てしたかった。
それが出来れば。
全部、
元に戻る気がしてた。
万事解決や。
そんな感じだった。
いや。
今思うと。
かなり鼻息荒かった。
でも当時は、
本気だった。
「頑張って何が悪いねん!!」
って思ってた。
いや。
それ以上に。
「普通を目指して、
何があかんねん!!」
って、
本気で思ってた。
「仮に結果出んでも、
努力した意味は残るやろ!!」
って。
前向いて、
やれること全部やるしかない。
そんな感じで、
かなり自分を奮い立たせてた。
だから。
“特性そのものは基本変わらない”
という方向の話を聞くと。
「負けてたまるか」
って気持ちになった。
でも同時に。
なぜか。
その“気合い”に、
完全には乗り切れない自分もいた。
そこが、
しんどかった。
本当なら。
「うるさい!!
そんなもん関係ない!!」
って、
全部跳ね返せばよかった。
でも、
できなかった。
“頑張りすぎることで、
二次障害になる”
その言葉が、
頭から離れなかった。
いや。
たぶん。
離れなかったんじゃなくて。
考えないようにしてた。
の方が近い。
でも。
無視しきれなかった。
小さい頃から、
成人まで。
発達障害の人たちを、
長い時間見続けてきた人の言葉。
それを、
完全に無かったことにはできなかった。
たぶん私は。
うすうす、
感じてたんやと思う。
このまま、
いろんなことして、
突っ走ったとしても。
“定型発達そのもの”
にはならない。
その可能性を。
でも。
認めたくなかった。
いや。
認めたら、
何かが崩れる気がしてた。
だから、
可能性に賭けたかった。
「まだわからんやろ!!」
って、
どこかで叫んでた。
でも。
本田秀夫さんの言葉って。
私には、
まるで。
「それ、無理だよ」
って。
高いところから、
言われてるみたいに感じた。
だから、
腹が立った。
全力で否定したかった。
でも。
今振り返ると。
図星だったから、
否定したかっただけかもしれない。
あの頃の私は、
ずっと何かから逃げてた。
鬼ごっこで、
必死に逃げてる時みたいに。
後ろから。
鬼が来てる気配はある。
でも。
怖くて振り向けない。
振り向いた瞬間。
全部、
現実になる気がする。
だから、
前に進むしかない。
いや。
進むというより。
逃げるしかなかった。
そんな心境だった気がする。
でも。
あの頃。
“困った子”
にしか見えなかったまーさんを。
後になって。
「おもろい子やな」
って思える瞬間が、
少しずつ増えていった。
そんな話も、
また別の記事で書こうと思います。
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