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「俺と出かけるの、そんなに嫌なん?」—— “自閉症のレンズ”を外した時、見え方が変わった話


まーさんが、
言葉でうまく気持ちを伝えられなくても。
返事ができなくても。
こちらの言う通りに動かなくても。

私は、
「言ってること自体は分かってるはずだ」
と思うようになっていました。

だから、
できるだけ言葉で説明するようにしていました。

「なんでこれをするのか」
「なんでそれをしたらダメなのか」

お姉ちゃんの時以上に、
かなり丁寧に話していたと思います。

もちろん、
「分かってるはずや」という前提で。

でも、
実際には分かっているのかどうか、
よく分かりませんでした。

「分かった?」

と聞くと、

「わかった」

と返ってくる。

でも、
それは本当に理解しての返事なのか、
ただ言葉を返しているだけなのか、
私には判断できませんでした。

そんな中で、
少しずつ気になることが出てきました。

まーさんが、
私と二人で出かける時だけ、
変な反応をするようになったんです。

たしか、
小学校4年生くらいだったと思います。
それまでは普通に一緒に出かけていました。

でもある時から、
マンションの下まで行くと、
急に半泣きみたいな顔になって、

ダッーー!!

と走って戻ってくるんです。

私は最初、

「えっ……俺と一緒に行くの嫌なん?」

と思いました。
正直、かなり気分が悪かったです。
しかも、それが私の時だけ。

奥さんと出かける時には、
ほとんどそんなことをしないらしい。
それが余計に腹立たしかった。

なんやねん。

まーさんのために出かけようとしてるのに、
その態度。
しかも俺だけ。

正直、

「感じ悪っ」

と思っていました。

何回か続いた時は、
「もうええわ!」

と私がブチ切れて、
そのまま出かけるのをやめて
帰ったこともあります。

でも、
理由が分からない。
聞いても答えない。

本人も分かっているのか分かっていないのか、
よく分からない。

だから余計にモヤモヤする。

もしかして、
私が気づかないうちに
何か嫌なことをしているんだろうか。

態度か?
言い方か?
圧が強いのか?

考えれば考えるほど分からなくなりました。


特に忘れられない出来事があります。
ある日、まーさんと電車に乗って出かけました。

神社を回ろうと思って、
目的の駅に着いた時です。

私はちょっとワクワクしながら、

「着いたなー!楽しみやな!」

と声をかけました。
すると、
それまで普通について来ていたまーさんが、
急に半泣きみたいな顔になって、

ダッーー!!

と走って戻っきたんです。
私は一瞬で気分が乱れました。

え?
なんで?
楽しくないん?
何かした?
俺が嫌なん?

頭の中がぐちゃぐちゃでした。

しばらくすると、
まーさんは普通に戻りました。

でも私は戻れなかった。
ずっと考えていました。

なんであんな反応をしたんやろ。
何が嫌やったんやろ。


そんなことが何度か続いていました。
そしてある日、
ついに私は爆発しました。

家族でユニバに行った日のことです。
まーさん、少し怖がっていて、
あまり楽しめていない感じがしました。

だから私は、

「帰ってから、まーさんの好きなことしよう」

と思ったんです。
近所の公園で、
ハトを追いかける遊びをしました。

まーさんは大喜びでした。

「それー!」

と走り回って、
ほんまに楽しそうで。

私は動画まで撮って、奥さんに送りました。
今見返しても、いい顔してます。

十分遊んで、

「あと〇回したら帰ろうな」

と予告して。
さあ帰ろうとした時です。

また、

ダッーー!!

が始まりました。
その瞬間、

プチン

と切れました。

「おい!!」
「100%まーさんのために来てるのに、
その態度おかしいやろ!!」
「ユニバで疲れてるのに、
まーさんが楽しい気持ちで
終われるように来たんやぞ!」

「その前に、ありがとうちゃうんか!!」

今まで、

「特性かもしれない」
と思って飲み込んでいたものを、
全部ぶつけました。

正直、あの時の私は、

「特性とか関係あるか!」

という気持ちになっていました。

人としてどうなんや。
そこは許したらあかんやろ。

そんな気持ちでした。
怒られたまーさんは、
少しハッとしたような顔をしていました。

私の圧に押された感じでした。
私はその時、

「ここは譲ったらあかん」

と思っていました。


帰ってから、
奥さんにその話をしました。
すると奥さんは、

「そら、まーさんがあかんわ」

と言いました。

私は、

「やろ!?」

とちょっとドヤ顔になりました。
でも続けて、

「でもさ、あの走るやつどう思う?」

と聞くと、
奥さんは不思議そうに、

「え?走るだけやろ?」

と言ったんです。
私は、

「えっ……感じ悪ない?」

と言いました。
すると奥さんは、


「走りたいんちゃう?」
「別に走らせといたらええやん(笑)」
「本人が疲れるだけやし」

と、ケロッとしていました。

私は、
その時ハッとしました。

私には、

“拒絶”

に見えていた。
でも奥さんには、

「なんか走ってるなー」

くらいにしか見えていなかったんです。
私はずっと、

「俺への当てつけちゃうか」
「嫌われてるんちゃうか」

と受け取っていました。
でもそれって、
まーさんの行動そのものより、

私自身の“受け取り方”の
問題だったのかもしれません。


それから私は、
「走りたいなら走ってええよ」

と言うようになりました。
「車だけ気をつけや」

とだけ伝えて。

すると不思議なことに、
私のザワザワが減るにつれて、
まーさんもだんだん
その行動をしなくなっていきました。

結局、あの時なぜ走っていたのか、
今でも分かりません。
でも一つだけ分かったことがあります。

私は、
まーさんの行動に傷ついていたというより、

「拒絶された」

と勝手に感じて、苦しくなっていたんです。
私はずっと、

“自閉症の子の行動”
として見る前に、

“自分への態度”
として受け取っていました。

でも、「障害」という言葉だけで見るのではなく、
「この人はいま、何を感じているんやろ」

そう考えられるようになってから、
少しだけ景色が変わりました。

まーさんを変えようとしていたつもりでした。
でも今思う。

まーさんの行動を見ていたつもりで、
本当は私は、

「拒絶されたくない自分」

ばかり見ていたのかもしれない。

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岩木 継二 最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。このnoteが、誰かの共感や気づきに繋がれば嬉しいです。僕の活動を応援していただけるなら、ぜひサポートでご協力をお願いします。いただいたご支援は、まーさんとの新しい体験や、より良い記事作りの活動費に充てさせていただきます。