「売却が決まったので、滞納分はそのとき払います」|任意売却・リースバック中の住戸の滞納
「売れれば解決する」という期待が裏切られる前に知っておくこと:マンション管理費・修繕積立金滞納の現場から 第69回
▼:現場にて
滞納が6か月を超えた住戸のオーナーから、
フロントに連絡が入った。
「住宅ローンが払えなくなって、
任意売却を進めています。
売れたら滞納分もまとめて払います」
フロントが理事会に報告すると、
理事長がほっとした様子で言った。
「売却できれば解決しますね。
では売れるまで待ちましょうか」
フロントが慎重に言葉を選んだ。
「…待つことで解決する場合もあります。
ただ、いくつか確認しておかないと
いけないことがあって」
「どういうことですか?」
「売却代金から管理費が払われるかどうかは、
売却の条件次第なんです。
また売却後に新しいオーナーとの間で
混乱が生じることも多くて」
「売れれば全部解決、
じゃないということですか」
「そういうことです」
任意売却やリースバックは、
一見すると「解決の道」に見える。
しかし管理組合にとっては、
新たな問題が始まる入口になることもある。
今日はその構造を整理したい。

▼1:「売れれば解決」|その期待が、管理組合の対応を止める
滞納が続く中でオーナーから
「任意売却を進めている」と聞くと、
管理組合は「待てばいい」という判断をしやすい。
しかしこの「待ち」が、
問題を複雑にすることがある。
第3回で整理したように、
滞納は長期化するほど対応が難しくなる。
「売却が完了するまで」
という待機期間が数か月・半年と延びる間も、
滞納額は積み上がり続ける。
そして売却が完了したとしても、
管理費の滞納分が必ず回収できるとは限らない。
任意売却は
「競売より良い条件で売る」ための手続きだ。
しかし売却代金をどの債権者にどう配分するかは、
・担保権の優先順位
・金融機関との交渉
・売却価格
によって決まる。
管理費の先取特権は有力な武器だが、
自動的に回収が保証されるわけではない。
「売れれば解決」
という期待を持ちながら待つことは、
管理組合の対応を止める最大の要因になる。

▼2:任意売却とリースバック、それぞれの「構造と管理組合への影響」
【任意売却の場合】
任意売却は、
住宅ローンの返済が困難になったオーナーが、
金融機関(担保権者)の同意を得た上で
市場で売却する方法だ。
第26回で整理した競売との大きな違いは、
・市場価格に近い金額で売れる可能性があること
・手続きが比較的スムーズなこと
だ。
管理組合にとっての論点は二つある。
一つは、
売却代金から管理費の滞納分が
払われるかどうかだ。
第8回で整理した先取特権を行使することで、
売却代金から優先的に回収できる場合があるが、
金融機関の担保権との優先順位の問題もある。
もう一つは、
売却完了までの間も管理費は
発生し続けるという点だ。
【リースバックの場合】
リースバックは、
オーナーが自宅を投資会社などに売却し、
その後賃借人として住み続ける仕組みだ。
管理組合にとって重要なのは、
売却後は「所有者が変わる」という点だ。
新しい所有者(投資会社等)が
管理費の支払い義務を持つ。
しかし実際の現場では、
こうした混乱が起きやすい。
元のオーナーが「自分が払うもの」と
思い込んで支払いを続けていたが、
新オーナーへの引き継ぎが不十分で
管理組合への届け出がない。
あるいは新オーナーが
管理費の支払いを認識していない。
こうした「情報の断絶」が、
新たな滞納の入口になる。

▼3:任意売却・リースバック中に対応を誤る「4つのパターン」
パターン① 「売れるまで待つ」を決め込む|売却完了の保証はないまま滞納が積み上がる
任意売却が成立するかどうかは、
・買い手が見つかるか
・金融機関が同意するか
・売却価格が折り合うか
によって変わる。
「売却が決まった」と聞いても、
完了までに半年・1年以上かかることがある。
待つ間も督促・時効管理は
止めてはならない。
パターン② 先取特権の行使タイミングを逃す|売却代金の配分から外れる
任意売却の手続きが進む中で、
管理組合が滞納の存在を明示しなかった場合、
売却代金の配分から管理費が漏れることがある。
第8回で整理した先取特権を有効に機能させるには、
売却手続きに関与する
・仲介業者
・金融機関
・司法書士
に対して、管理費の滞納があることを
書面で通知することが重要だ。
パターン③ リースバック後の所有者変更を把握していない|請求先が旧オーナーのまま止まる
リースバックにより所有者が変わった後も、
管理組合が変更を知らずに旧オーナーへの
督促を続けるケースがある。
第34回で整理した見える化の観点から、
所有者情報の更新と確認を
定期的に行う仕組みが不可欠だ。
パターン④ リースバック後の新オーナーが管理費を認識していない|善意の無知が滞納を生む
投資会社が複数の物件を持つ場合、
個々の管理費の把握が追いついていないことがある。
悪意のある滞納ではなく
「知らなかった」というケースだ。
売却情報を把握した段階で、
新オーナーに管理費の支払い義務を
書面で通知することが早期解消の鍵になる。

▼4:任意売却・リースバック中の滞納に備える「4つの設計」
① 任意売却の情報を早期に把握し、書面で関係者に通知する
任意売却の動きを察知したら、
仲介業者・金融機関等に対して
「管理費の滞納額〇〇円が存在します」
と書面で通知する。
この通知が、
売却代金の配分交渉の前提になる。
第29回で整理した専門家への相談を、
任意売却の動きが分かった時点で行う。

② 先取特権の行使を視野に入れて、滞納額を常に最新の状態で把握する
任意売却が進む中で、滞納額が
「いくら・何か月分・うち管理費と
修繕積立金の内訳は」を常に正確に把握しておく。
この数字が、
売却代金の配分交渉での根拠になる。
第8回で整理した先取特権の行使を、
弁護士と連携して適切なタイミングで進める。

③ 所有者変更の届け出を「義務」として規約に明記する
売買・リースバックによる所有者変更があった場合、
新旧オーナーが管理組合に届け出ることを
管理規約に明記する。
届け出がない場合の対応
(旧オーナーへの確認・登記情報の取得)も
手順化しておく。

④ リースバック後の新オーナーへの初回連絡を「案内」として行う
リースバックにより新オーナーが決まった場合、
・管理費の口座振替申込書
・管理規約
・滞納がある場合はその明細
これらを含む「管理組合からのご案内」
を早期に送付する。
第62回で整理した新築マンションの初期設計と同様、
新オーナーとの関係を「最初の一通」で良い形に整える。

▼5:「売却情報を活かして回収したマンション」と「待ち続けて回収できなかったマンション」
あるマンションでは、
任意売却の動きを察知した時点で
フロントが弁護士に相談した。
仲介業者に管理費の滞納額を書面で通知し、
売却代金の配分に管理費を含めるよう交渉した。
売却は3か月後に完了し、
滞納分の大部分が回収された。
「知らせておいたことが全てだった」
と弁護士は言った。
一方、別のマンションでは
「売れれば払ってもらえる」と待ち続けた。
しかし売却代金は
金融機関の担保権の弁済に充てられ、
管理費への配分はなかった。
滞納は回収不能となった。
「先取特権があると知っていたが、
行使の方法を知らなかった」
という後悔が残った。
知識と行動のタイミングが、
回収の可否を決める。

▼まとめ:任意売却・リースバックは「解決の道」だが、管理組合が「動かない理由」にしてはならない
任意売却もリースバックも、
区分所有者にとっては切実な事情から選ぶ手段だ。
管理組合としてその状況を理解しながらも、
滞納債権の回収に向けた行動を止めることは、
他の住民への責任に反する。
「売れれば払ってもらえる」
という期待を持ちながら、
・先取特権の通知
・時効管理
・所有者変更の把握
を並行して進める。
この「期待と行動の両立」が、
任意売却・リースバック中の滞納対応の軸になる。

▼今日のワンアクション
現在の滞納一覧の中に、
「売却を検討中」
「任意売却を進めている」
という情報がある案件はありますか?
「その案件について、
仲介業者や金融機関への滞納の書面通知は
行いましたか?」
もし行っていないなら、
まず専門家に相談してその必要性と
方法を確認してみてください。


ここまで読んでくださってありがとうございます。「売却中でも動き続けることが大事なんだ」と感じたら、スキやシェアをいただけると励みになります。同じ悩みを持つ誰かに、届けてもらえたら嬉しいです。
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