雪の降る街で 第二章 「交錯」 ① (Special Thanks 葉月れお様)
↓マガジンはこちらです。
※ 末尾に葉月れお様からのいただきものを掲載しております! 併せてご覧下さいませ。
第二章 「交錯」 ①
ようやく冬休みに入った朝の駒門駐屯地。年末年始を故郷で過ごす隊員達が、大きな荷物を抱えて次々とゲートを後にしていく。
そんな彼等を横目に見ながら、光一は朝から駐車場で趣味のクルマいじりに興じていた。
愛車は中古のレガシィツーリングワゴン。高工校の頃からコツコツ貯金し、駒門配属後に漸く購入できた宝物。フロントグリルの前に座り込み、購入したアクセサリーを鼻歌まじりに取りつけていると、
「コウちゃん!」
と声を掛けられた。
あいつだな、とため息混じりに振り向いた光一の目に飛び込んできたのは、ホットパンツから覗く黒タイツに包まれた艶めかしい太腿。
一瞬で呼吸が止まる。
「おっはよ~! コウちゃん!」
片倉菜々だった。
彼女が嬉しそうな顔で、隣にしゃがみ込んでくる。動揺を悟られないよう、光一は慌ててソッポを向くと、
「おう……」
とぶっきら棒に答えた。いつの頃からか、何かと自分にすり寄ってくる駒門のアイドル。
おまけに歳は二つ下、階級は三つ下のはずだが「コウちゃん」とはこれ如何に?
周りからは羨望の眼差しを受けるものの、本人としては意味が分からず戸惑うばかりだ。
「何やってるの?」
小首を傾げる彼女に思わず心臓が高鳴る。
「ん、フロントグリルラインにイルミ着けてんだよ。他はもうあら方いじったし」
冷静さを保とうとしてつい素気なくなる。
「イルミ?」
「イルミネーション。ここのラインにLED這わせてさ。夜光るんだ。かっこいいだろ?」
「うーん、ヤン車にしかみえない」
即座に全否定され、がっくりと項垂れる。そうさ、女にこの良さが分かってたまるか。
「お前こそ何だよ、その昔の小学生のような半ズボンは」
立ち上がりながら、悔しさついでに言いがかりをつけてしまう。我ながら大人げない。
だが、これがいけなかった。彼女はプクッと膨れると立ち上がり、腰に両手を当てた。
「もう! ホットパンツよ!」
「この寒さでよくそんな格好ができるな」
「ファッションは気合いよ! ……にしてもコウちゃん、私服姿は相変わらずダサいわね」
怒りの表情から一転して憐憫の目。
「余計なお世話だ!」
「それじゃまるで田舎のヤンキーよ?」
「どうせ俺は元ヤンの田舎モンだよ」
中学時代は確かにグレていた。認める。
「高工校のある武山って横浜から近かったんでしょ? そんな格好じゃ辛くなかった?」
「抉るなよ、俺の黒歴史を……」
光一は菜々を怒らせたことを後悔した。
コンプレックスをグサグサと突き刺してくる口撃力は間違いなく一級品。数多の男達を袖にしてきただけあって、敵う相手ではなかった。
光一が白旗を上げたと見るや、菜々はにっこりと微笑んで彼の肩に手をかけた。
「よしっ。あたしが見立ててあげる! どうせ暇でしょ? 今からアウトレット行こっ」
「って、お前は実家帰らないのかよ?」
「……帰らないよ。いいじゃん、そんなの」
「そんなのってお前……」
急に不機嫌な表情を浮かべた彼女におや? と思ったが、直ぐに元の顔に戻った。
「コウちゃんは……帰るの?」
「大晦日にな。つっても、ここから車で十分だし」
「ふーん」
何やら考え込む菜々を訝しげに覗き込む。振り回されてばかりなので警戒は怠らない。
「おはよう! 二人とも!」
沈黙を破ったのは光一の耳に馴染んだ声。
「橋本小隊長!」
振り向くと藍が涼しげな笑顔を浮かべて立っていた。これから帰省なのか、少し大きめのショルダーバッグを肩に掛けている。
光一が敬礼すると、釣られて菜々も敬礼した。
訓練時のすっぴんでも美人な上官。プライベートの化粧を施した、都会的で洗練された姿に、ただ見惚れるばかりだ。
「楽しそうね。これから二人でデート?」
「ええ、これから二人でアウ……」
「特に何も! 藍さんは里帰りですか?」
勝ち誇ったように答えかけた菜々を全力で遮り、名前呼びに切り替える。狭い車内で生死を共にする仲間として、相原を含むお互いを名前で呼び合うことを提案したのは藍だ。
「うん。休みは実家で羽伸ばしてくるわ」
「ひょっとして電車ですか? 駅まで送りますよ? 何なら三島まで! どうせ暇だし!」
最寄りのJR御殿場線・富士岡駅までは徒歩二十分。徒歩を含め新幹線の停まる三島まで一時間近く掛かるが、車なら三十分だ。
菜々はブンむくれてソッポを向いている。
「大丈夫よ。今夜は友達と飲むからしっかり運動しとかなきゃ」
藍が笑いながら両腕で力こぶを作る。
「あ、電車来ちゃうから行かなきゃ。じゃあ二人とも、デート楽しんでね。良いお年を」
彼女は笑顔で手を振ると、行ってしまった。菜々への嫉妬すら感じられず、落胆する。
「なーんだ。橋本二尉、コウちゃんのこと全く眼中にないじゃん」
ホッとした様子の菜々。
「うるせえ、言われなくても分かってるよ」
「友達と飲むって、あれは絶対オトコね」
「なんで分かるんだよ?」
「女の勘ってやつよ」
胸を張る菜々に打ちひしがれる。
それはそうだ。あれ程の美人に彼氏がいないわけがない。ただでさえ今しがた、都会的な彼女との絶望的なまでの差を見せつけられたばかりだ。
「へへっ、あたしにしておきなよ。こんな優良物件、他にないよぉ?」
「どこら辺が優良なんだよ?」
「とっても可愛くてコウちゃんのことが大好き。おまけにバージン」
「なっ……」
菜々はニカッと笑うと、自分の胸を押し付けるように光一の腕に抱きついた。
「というワケで、買い物にれっつごー!」
最早抗う気力は残されていなかった。
*
門真夕陽三等海尉はヘルメットを脱ぐと、大きく息をついた。常に死と隣り合わせの超音速の世界から解き放たれた安堵感。汗をかいた肌に冬の冷気が心地よい。
負けん気の強そうな眉に大きな瞳。美人だが、何処となく他人を寄付けない雰囲気を纏っているのは彼女が戦闘機パイロットという猛禽類であるが故だろうか。
額に張り付いたショートボブの黒髪をさっと手でかき分けると、指差呼称で機体が完全に停止していることを確認し、駐機場をキョロキョロと見回した。
並んでいるのは海上自衛隊が誇る最新鋭戦闘機、F35BライトニングⅡの一群。
かつて帝国海軍が帝都防空の要として建設した厚木航空基地は、ダグラス・マッカーサーが降り立って以来、長きに渡り米軍と共同使用されていたが、米第五空母航空団の岩国への移駐に伴い海自の専用基地となった。
そしてその隙間を埋めるように、海自初の戦闘機飛行隊が設立されたのが二年前のこと。
周辺国が軍拡を推し進める中、太平洋のミリタリーバランスの均衡と経済的な負担軽減を両立させたい米国が、日本に対し独自のプレゼンス拡大を強力に求めた結果、政府はF35Bの購入と、海自史上最大のヘリコプター搭載護衛艦「ながと」への部隊配備を決定した。
だが、ハード面が急速に整えられる一方、航空要員育成が間に合わず、苦肉の策として航空自衛隊の若手戦闘機パイロットの選りすぐりで部隊編成されることになったのだった。
故にこの「ながと」戦闘飛行隊に所属していること自体がエリートの証であり、夕陽もまた、女性ながら千歳基地二〇一飛行隊でベストガイの称号を手にした期待の若手だった。
あ、いた。
険しい表情から一転、彼女は探し人を見つけ、微笑むと、軽やかにタラップを降りた。
「お疲れ様です! 夕陽さん」
目的の人物のところに向かおうとすると、機付長の谷口美鈴海士長が笑顔で駆け寄ってきた。
「お疲れ。いつもありがとうね、美鈴ちゃん」
上下の垣根を越え、プライベートでも仲の良い彼女とハイタッチを交わす。若手整備員としてかなりの腕前を持つ美鈴もまた、空自小松基地の飛行教導群から引き抜かれた身だ。
「どうでした?」
「バッチリよ。思い通りピタリとついてきてくれたわ」
「本当ですか? 良かった~」
「ポイントも積み上げられたし、今度こそタイトル獲得するわよ。美鈴ちゃんの為にもね」
そう言ってウィンクすると、美鈴は嬉しそうに両こぶしを握った。
「よーし、打倒アッシュとガイア! ……あ、ごめんなさい、ガイアは違いましたね?」
バツの悪そうな美鈴に夕陽が苦笑する。
「いいのよ。いつか乗り越えなくちゃいけないのは事実だし」
アッシュとガイアは、ながと戦闘飛行隊でも群を抜く実力を有する二人のパイロットのTACネーム(パイロットの隊内通称)。
アッシュこと刑部太一一等海尉はかつて「G空域の悪夢」と呼ばれた元小松基地三〇六飛行隊のエース。
そしてガイアは。
「誰を打倒だって? 夕陽」
TACネームで呼ばれ、振り向いた夕陽の頭にポンと大きな手が乗った。
そこにいたのは超絶イケメンの男、「ガイア」こと門真敏生一等海尉だった。
夕陽の直属の上官で二機編隊長。
空自時代には実戦部隊配属一年目にして一騎当千の猛者が集う小松基地飛行教導群に異例の大抜擢をされた、自衛隊史上最強との呼び声高い天才エースパイロットだ。
「あ、敏生。お疲れー」
慌てる美鈴を尻目に、夕陽の顔が綻ぶ。
「おう、お疲れ」
パンとハイタッチを交わす二人。
「で、どこの可愛い奥様が愛する旦那を本気で倒そうと?」
彼が夕陽の肩をぐいっと抱き込む。そう、実はプライベートでも編隊を組む二人。二カ月前に入籍したばかりの新婚夫婦だ。
「もぅ、近いゾ。ここ職場」
「はあ。拗ねるぞ、俺」
彼が上目遣いに覗き込んでくる。夕陽はクスッと笑うと腕を解き、彼の前髪を撫でた。
「ありがとうね、敏生。今日はずっとあたしのフォローに回ってくれて」
「当たり前だろ、恋女房の僚機の為なら」
「あの、あたしそろそろ飛行後点検始めますんで! それじゃ!」
二人の醸し出す空気に当てられたのか、美鈴は敬礼するとそそくさとその場を後にした。
「なんだ? あいつ」
彼は教導群以来の妹分である美鈴を訝しげに見送っていたが、やがて夕陽に向き直った。
「今日の結果でかなりポイント積めたな。獲りに行くよな? ウィズ・ウォリアー」
上官の顔になっている彼。ウィズ・ウォリアーとは年間で最も優秀なパイロットに贈られる、ながと戦闘飛行隊に於ける称号だ。
「勿論狙うわ。パイロットである以上」
「よし。全力でバックアップするよ」
「お願い、手加減は無しよ。現ウォリアーに温情でタイトルを譲られても嬉しくないわ」
「するわけないだろ、そんなこと」
「ガイアがキル出来るところを譲られたくないの。今日だって……」
「あの状況は俺が囮になった方が確実だったからイデアに任せたの。分かってるだろ?」
分かっている。編隊長に求められるのは編隊としての戦果。個人の撃墜成績ではない。
まして彼は、類稀な空間認識能力により、仲間を活かす術を隊の誰よりも持ち合わせている。先程の演習での判断も至って妥当だ。
だが違うのだ。夕陽にとって空を翔る彼は絶対的な存在。出会った当初こそ、ベストガイのプライドから何かと彼に喰ってかかっていたが、幾度となく叩きのめされた今では素直に畏敬の念を抱いている。彼と飛べることが夕陽にとっては喜びであり、誇りでもある。
だから、彼の庇護の下でタイトルを獲得したところで、自分の中で折り合いをつけることなど出来るはずがない。本気の彼と競い合いたい。それが偽らざる夕陽の本心なのだが。
「分かってるよ、夕陽の考えていることは」
彼の手が再び頭の上に乗る。その温もりを通じて彼の気持ちもまた、痛いほどに伝わってくる。彼の才能に嫉妬し、強烈なまでの敵愾心を燃やしていたのはいつの頃だろうか?
「約束するよ。俺は絶対に手は抜かない。夕陽にとっての高みであり続ける」
「ん、分かればよろしい」
夕陽の赦しに彼はほっとひと息つくと、いたずらっ子のような表情を浮かべた。
「うし、明日から冬休みだ。さっさと報告書作って切り上げようぜ。絶対定時ダッシュな」
「うん。楽しみだね、コンサート。あたしクラシックって初めて」
「しかもM響の第九だぜ? チケット取るの苦労したんだから」
「敏生がクラシックって意外だよねー」
「お? 今、俺のことバカにしましたね?」
「さあ? どうでしょう?」
夕陽はクスクスと笑うと、「行こっ」と彼を促して歩き始めた。
リンク
最初から読む
雪の降る街で 第一章 「鼓動」 ①|京
【Special Thanks !】
葉月れお様からお盆のいただきものです(^_−)−☆ いつも本当にありがとうございます😭
なんと、お盆に御供えする精霊馬です! 可愛い😍


あとがき
れお様のイラスト、ほんと可愛いですよね
(^-^) いつも癒されます♪
さて、本編ではいよいよ光一と菜々、動き始めました^ ^ 菜々ちゃん、積極的です♪
そして、本作でも登場した、夕陽&敏生の自衛隊最強アホウドリバカップル!
予めお知らせしておきますが、彼らは癒し枠なので、この二人のパートだけは安心してお読み下さい(ん?)
本作から読み始めていただいた方で、このカップルのことを知りたい方は、あとがきの下のリンクからどうぞ♪
さて、本日は終戦記念日。ある意味、現代日本の礎となった日です。この国が犯した過去の過ち、そして、望む望まないに関わらず、国のために命を散らすことになった数多の先人たちに想いを馳せる日でもあります。
当時に想いを馳せるにあたり、私が今日聴く曲は下記です。(リンクは付けておりません。あしからず)
森山良子 「さとうきび畑」
長渕剛 「CLOSE YOUR EYES」
サザンオールスターズ 「蛍」
MISA 「桜ひとひら」
もちろん、賛否両論あると思います。皆さんは今日、この日に何を聴かれますか?
ということで、次回は8月17日(日)に掲載予定です!
光一と菜々の仲は進展するのか? そして里帰りの途中、藍が訪れた先は? お楽しみに^^;
