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雪の降る街で 第二章 「交錯」 ②

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第二章 「交錯」 ②


「うんうん、今日も日本晴れですな~」

 往来のど真ん中で額に右手をかざし、左手を腰に当てて満足げに富士山を眺める菜々。

 やって来たのは御殿場にある国内最大級のアウトレットモール。

 広く開放的な空間に二百以上の店舗が軒を連ね、都内からの買い物客や中国人観光客などが後を絶たない、地元のランドマーク的存在。駐屯地からは車で二十分程、自衛官たちの定番の買い物スポットだ。

 もっとも服装に無頓着な光一にとっては地元とはいえ縁遠い場所ではあったが。

「おい、恥ずかしいからやめろよ。富士山なんていつも見てんだろ」

 周りの迷惑にならないように菜々の腕を引っ張ると、彼女が嬉しそうに腕を絡めてくる。

「コウちゃん、ここ地元だもんね。いいな~、富士山眺めて育ったなんて贅沢。羨ましい」
「当たり前すぎてなんとも思わねーけどな」
「えー、もったいなーい」
「片倉はどこの出身だっけ?」
「新潟! もうっ、何度も言ってるよ?」
「田圃に映る山桜がとても綺麗なんだろ?」
「……そこは覚えててくれたんだ」
 驚きの表情で菜々が光一を見上げる。
「奇妙なタナボタだっけ?」
儀明ぎみょう棚田たなだ!」
「ああ、それそれ」
「もう……わざとでしょ?」

 膨れる菜々にアハハと笑う。晴天の下で繰り広げるテンポの良い会話が心地よい。

「ネットで見たけど、確かに綺麗だった」
「え……? 見てくれたの?」
「お前があんまり言うもんだから」
「だって、コウちゃんに知ってもらいたかったんだもん。あたしの故郷」

 唇を尖らせながらも赤く頬を染める菜々。その表情に一瞬見惚れてしまい、我に返る。

 何考えてんだ。俺は藍さんのことが。

 とはいえ相手にされていないのも事実。今の菜々と境遇は同じ。そこで思い至る。

 こいつは何で俺のことが好きなんだ? 容姿抜群で性格も明るく、デートの誘いも引く手数多。いくらでも選り好みできる彼女が何故、これといった取柄も無い俺なんかを。

「どうしたの?」

 不安げに覗き込んでくる菜々。

「いや、なんでも」

 そうだよな、人を好きになる理由なんて人それぞれだ。

 光一は自嘲気味に笑うと、菜々の手を取った。

 彼女が驚きの表情で自分を見たのが分かったが、照れ臭くて目を逸らす。

「俺の服、見立ててくれるんだろ? 早く行こうぜ」
「……うんっ!」

 嬉しそうに大きく頷く菜々。彼女がとても可愛く思え始めて、光一は握る手に力を込めた。
 
           *
 
 藍は東京駅で新幹線を降りると、丸ノ内線に乗り換えた。

 年の瀬の都心は人で一杯、駐屯地暮らしに慣れた身には堪える。満員電車に揺られ通勤していたのが遠い昔のようだ。

 十分ほど電車に揺られて降りたのは茗荷谷みょうがだに

 この一帯は古くより小石川と呼ばれ、江戸時代には大岡忠相が貧民のために養生所を置き、明治時代には石川啄木や幸田露伴、夏目漱石ら文人達が住んだ街。

 今では有名中学・高校や大学が立ち並ぶ文教地区となっている。

 地上に出た藍は少し逡巡したのち、ゆっくりと歩き始めた。迷ったわけではない。勝手知ったる道。だが足取りが重い。目的の場所が近づくにつれ、次第に歩幅が狭くなる。

 何度か立ち止まっては深呼吸を繰り返し、辿り着いたのは古びた十一階建てのワンルームマンション。

 取り立てて何の特徴もないその建物をじっと見上げていたが、頷くと中に入った。エレベーターに乗り込みボタンを押すと扉が閉まり、ゆっくりと上昇を始める。

 少し籠った匂いと軋む音。何も変わっていない、以前のままだ。

 五階で止まり、扉が開くと意を決し歩みを進めた。

 そして目的の部屋の前に立つ。動悸は最高潮、耳が熱い。インターホンに指を掛け、躊躇う。

 藍は目を瞑ると再び深呼吸をしてからボタンを押した。

〝はい?〟

 拍子抜けした。それは聞いたことの無い男の声だった。予想外のことに戸惑う。

「あ、あの、橋本と申しますがその……」
〝ちょっと待ってて〟

 ドアが開き、出てきたのは全く見知らぬ無愛想な男。ジロリと藍のことを一瞥する。

「あ、えと、こちら仲木戸なかきどさんのお宅……」
「俺は鈴木だけど?」

 どうやら尋ね人は引っ越してしまったらしい。目の前が一瞬にして暗くなる。

「す、すみません。あの、前にここに住んでた人の行き先なんて分からないですよね?」

 気を取り直し、駄目元で縋るように尋ねるも、男は表情ひとつ変えず首を振った。

「悪いね。申し訳ないけど」
「ですよね……。失礼しました」

 藍は深々と頭を下げると、その場を後にした。

「なにやってんだろ、あたし……」

 マンションを出て、のろのろと引き返しながら呟く。

 ふと立ち止まり、来た道を振り返る。歩く者のいない昼下がりの歩道。物悲しい冬の空の下に佇む、枯れた街路樹。

 冷たい風が道端に掃き残された落ち葉を転がす。

 思わず涙が滲み、零れ落ちそうになるのを堪えようと、上を向き、必死に唇を噛み締める。 

「……約束まで時間もあるし、歩こうかな」

 纏わりつく髪を払うと、再び歩き出した。
 
           *
 
 富士山をバックに御殿場を一望できる乙女峠は、地元でも指折りの夜景の名所だ。

 もっとも「峠は攻める場所」の光一は、ここがデートスポットであることを全く知らなかった。

 辺りはだいぶ暗くなり、街の向こうにうっすらと富士山のシルエットが見て取れる。

「わ~、きれい! 一度来てみたかったんだ。ね? 来て良かったでしょ?」

 子供のようにはしゃぐ彼女。

「ああ、確かに綺麗だな」
「へへ、コウちゃんもカッコイイよ?」
「もうやめてくれ……」
「EXCEEDのTAKUYAみたい」
「頼むからそれ以上言わないでくれ」

 買ったばかりの服に着替えさせられた上、人気ダンス・ボーカルユニットのメンバーに例えられ、気恥ずかしいことこの上ない。

「照れちゃって、か~わい~」

 今日一日で一気に距離を詰めてきた菜々が、寄り添ってくる。光一としても悪い気はしない。

 自然と繋がれた手。そのまましばらく二人で夜景を眺めていたが、ふと、一度は収めたはずの疑問が光一の頭をもたげた。

「なぁ」
「ん?」
「……なんでお前、俺のこと好きなの?」

 きょとんとした菜々と目が合う。

「お前モテるし、俺みたいなダサいの捕まえなくても、いい男なら他に沢山いるだろ? 三小隊の澤田とか高射の水橋二曹とか。現にお前、言い寄られてるんだろ?」
「コウちゃんはカッコイイよ? 隠れファンの娘も結構いるし。もっと自信持ちなよ」
「はぐらかすなよ。真面目に聞いてるんだ」

 菜々は目を逸らすと、大きく伸びをした。

「ん~。正直さ、水橋二曹とか澤田三曹とかあたしのどこ見て寄ってくるんだろ? あの人達とあたしは何の接点も無いのにさ」
「それは……」

 普段の彼女とは異なる、多分に毒を含んだ話し方。薄暗い中、何となく怒気を含んだような目つきに思わず口ごもる。

「顔だけでしょ? 胸だけでしょ? あたしそういうのマジ勘弁」

 下心丸出しの彼等の表情を思い返すと否定はできない。

「あたし、この容姿で本当に得したことなんて今まで一度も無いよ」

 怒りの中に少し寂しげな表情が混じる。

「同性からはやっかまれるし、追い払った男共からは逆ギレされるし」
「そっか……」

 気の利いたことが言えない自分が情けなくなる。

 それでも光一が自分の意を汲んでくれたと思ったのか、菜々は一転、穏やかな表情でガードレールにもたれかかった。

「ね、カミングアウトしていい?」
「ん? あ、ああ……」
「あたしね……、高三のとき、レイプされかけたんだ。母親の再婚相手に」

 ホッとしたのも束の間、ガツンと脳天を殴られたような衝撃。

「ドン引きした?」

 無理に笑って見せる菜々。

「いや……」

 能天気だと思っていた彼女の、予想もしなかった闇。

「危機一髪だったわ。必死になって暴れて、運よく膝が……アレにヒットして」
「そいつは……そいつはどうなったんだ? 勿論警察に突き出したんだろ?」

 菜々が寂しそうに笑いながら首を振る。

「お母さんも信じてくれなくて、逆に凄く怒られて。家の中に居場所が無くなっちゃってさ。だから自衛隊入ったの。あたしにはここしか逃げ場所が無かった」

 理不尽な彼女の過去に心臓が沸騰する。

「優しいだけの男の人は嫌い。そいつもそれまではすごく優しかった。でも結局はあたしの身体が目当てだっただけ。みんなそう。優しい笑顔で近づいてきて、親しくなったと思ったらすぐ迫ってきて。どいつもこいつも」

 ドキリとする。

 女性をいやらしい目で見るなど、男なら日常茶飯事。それを行動に移さず押し止めるのは人として当たり前の理性。

「俺も男だぞ。信じていいのか? 俺だってお前にひどいことするかもしれないんだぞ?」
「しないよ、コウちゃんは」

 即答。

 自分自身ですら自信が無いのに、何でこいつは俺のことをそこまで。

「……なんでそう言い切れる?」
「あたしのこと、思いっきり叱ってくれた」
「へ?」
「やっぱり覚えてないんだ……」

 菜々は富士山の方を向くと、大きく息を吸い、両手をスピーカーのように口元にあてた。

「舐めてんならやめちまえ――――――!! 戦闘になったらお前のようなふざけた奴のせいで大切な仲間が死ぬんだよ――――――!!」

 ひとしきり大声で叫んだ菜々はすっきりとした表情で光一を振り返った。

「思い出した? コウちゃん」

 呆気にとられていた光一が我に返る。

「あれ、お前だったのか……」

 覚えている。半年ほど前、配属間近の新人達との訓練で、仲間とお喋りをしていた女性自衛官の胸倉を思いっきり掴んで怒鳴り倒した。

 空砲訓練を控え、少しの気の緩みが重大事故に繋がると判断したからだった。まさか、あのときの女性自衛官が菜々だったとは。


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あとがき

 いかがでしたか? ヒロイン二人の闇がちらつく回となりました。舞台は静岡の御殿場~乙女峠と、東京・茗荷谷です。

 ちなみに、光一と菜々の話に出てきた「儀明の棚田」と、二人が眺めていた「乙女峠からの夜景」は下方のXの記事をご参照ください(引用元はそれぞれ新潟県観光協会様と読売新聞写真部様です)。

 菜々ちゃんが光一と行きたかった理由が分かりますね^^

 さて、次回は8月20日(水)に掲載予定です。
 光一と菜々の仲は進展するのでしょうか。そして藍が言っていた飲み会の相手とは? ご期待ください^^

 菜々ちゃんと光一が話していた儀明の棚田はこちら↓

 菜々ちゃんが光一にせがんだ乙女峠からの夜景はこちら↓