雪の降る街で 第九章 「狂気」 ③
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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・出来事とは一切関係ございません。
第九章 「狂気」 ③
「え……」
藍は全身から血の気が引いていくのが分かった。
防衛省は数発のミサイルを撃ち込まれ、複数の庁舎で火災が発生しているらしい。
久峨総理以下が座る地下の中央指揮所は無事だが、地上では職員に多数の死傷者が出ているとのことだった。
「本省以外では押上のスカイタワーと東京タワーにもミサイルが撃ち込まれた模様。こちらはいずれも閉鎖されていた為、人的な被害は無さそうです」
粟谷は舌打ちすると、立ち上がった。
「本省以外はシンボリックな箇所のみ狙ってきたか。そろそろ来るな。全員退避させろ」
「了解! 敵機襲来!! 総員退避――――――!!」
警戒任務に当たっていた隊員達が一斉に建物内や物陰に退避する。
「粟谷司令! 一高射が対空戦闘許可を求めています!」
「止めておけ。此処で墜としたら民家にズドンだ。やり過ごせ」
「しかし!」
「大丈夫です。奴らは爆装していないし、ミサイルは撃ち尽くしている。機関砲も制空戦に備えて使用は避ける筈です。我々自衛隊には無駄遣い出来るほど弾薬の備蓄は無い」
制したのは到着早々、司令部要員としてその才を遺憾なく発揮している槙村。オリーブドラブの陸自の迷彩服の中にあって、一人濃紺の海自幹部作業服を着用している姿は明らかに浮いていたが、当の本人はお構いなし。
ずかずかと中心に割って入っていく彼を、粟谷もいたく気に入った様子だった。
藍は槙村の後ろにそっと回ると、遠慮がちに袖を引っ張った。
「先輩……若葉は……?」
やっとの思いで掠れた声を出す。
「あいつなら多分大丈夫だ。今はこの状況に集中しろ。お前は戦車隊の指揮官だろう?」
振り返ること無く、机上の地図を凝視しながら藍を叱責する槙村。
親友が心配な藍は、夫であるにも関わらず心配の素振りすら見せない彼に抗議の声を上げようとして、ハッと気づいた。
真っ赤に充血している彼の手。
心配ない訳がない。自衛官として私を押し殺し職務を優先する彼に、己の甘さを痛感する。
これじゃあ、あたしもコウ君のこと言えないよね……。しっかりしろ、あたし!
「大丈夫。待機中の車両は全て擬装の上、新幹線と高速の高架下に隠してあります」
「上出来だ」
藍の返答に槙村がニヤッと笑う。
「敵機来ます!!」
「よし、伏せろ!」
野戦司令部のメンバー達も一斉に地面に伏せる。
遠くの空から徐々に雷鳴のような音が迫ってきたかと思うと、次の瞬間、四機のF15戦闘機が耳を劈くジェットエンジン音と共に、燕三条駅の上空すれすれを次々と駆け抜けていった。
咽喉元に刃を突きつけるかのように。
「至急、被害状況を確認!」
藍は大声で周囲に指示すると、建物の外に出た。機影は既に豆粒ほどにも満たなくなっていたが、空に浮かぶ航跡は見て取れた。
「新潟空港に降りるようだな。空自の分屯基地もある」
藍の背後で槙村が呟く。
「これで空自の全基地も洗い直しが必要になった。航空支援は当面望めないな」
「彼は本気です。あの四機は排除しないと我々にとって大きな脅威になります」
裏切ったのが対地攻撃を得意とするF2戦闘機でなかったのがせめてもの救いだったが、空からの脅威が存在することに変わりない。
「だが、現時点で俺達に奴らを排除する術はない。市街地上空で撃墜する訳にも行かない」
「航空支援は絶対です。他に信頼できる部隊は無いんですか?」
「あるにはあるが、まだ遠い海の上だ」
「ながと……、ですか?」
「ああ。今はまだ南シナ海。新潟を戦闘行動半径に収めるにはあと四、五日はかかる」
「あと四、五日……」
藍は槙村の言葉を反芻するとしばし逡巡していたが、やがてパッと顔を上げた。
「先輩、確認していただきたいことがあります」
「ん?」
その彼女の顔はあの学生の頃の、悪戯っぽい後輩の顔だった。
*
「誰だよ、こんなクレイジーなこと考えたやつは……」
四時間近い長旅でぐったりとした様子の敏生が吐き捨てる。
遥か南シナ海から米軍による空中給油を受けつつ、対馬沖を航行中の米空母「ロナルド・レーガン」に辿り着いた。
「すごいねー、ながとより全然大きい!」
飛行甲板を見回し、驚嘆の声を上げる夕陽。
敏生が苦笑しながら機体を降りると、普段から交流のある米第五空母航空団の顔見知り達に囲まれた。
「なんだ、お前ら夫婦だけなのか?」
「ああ、全く貧乏クジさ」
大袈裟に肩を竦めてみせる敏生。
「俺らはいつでも準備出来ているんだぜ?」
「お前らに任せたら日本が焼け野原になっちまう」
敏生は悪態をつくと、お礼を言うため夕陽と共に艦長室に向かった。機体の整備と給油は米軍が請負ってくれることになっている。
「本当にやるんだよね、あたし達」
「ああ。夕陽は連中のこと知ってるのか?」
造反したF15戦闘機の四機のうちの二機は、夕陽の前所属である航空自衛隊千歳基地の所属。
「ううん。あたしが厚木に移った後に来た人達だと思う。敏生は?」
「教導群時代に巡回で会ったことがあるのが二人、かな」
偵察のT4が撃墜されて仲間が戦死した時、一晩中泣きはらした彼。
そして今度は、自分達の古巣から造反者が出てしまった。その報を耳にした時の彼の、見たこともない形相。
だから今回の任務で敏生が指名された時、夕陽は真っ先に手を挙げた。
彼の僚機の座を誰にも譲りたくないというプライドもあったが、何より尋常ならざる彼の様子に、絶対に離れてはいけないと思ったのだ。
逆に、驚いた敏生は必死に夕陽を押し止めようとしたが、最終的には根負けし、結果、二人で此処へ至ることとなったのだった。
「絶対に許せない。あの人達は皆で必死に積み上げてきた国民の信頼を踏みにじった」
長きに渡り違憲のレッテルを貼られ、自虐史観に支配された国民達からの誹りの対象であった自衛隊。
今でこそ国民の大半が支持してくれるようになったが、それは先人達が災害救助活動やPKOに真摯に取り組むことで少しずつ信頼を勝ち得てきたお陰だ。
「夕陽」
敏生がくしゃっと彼女の髪をかき混ぜる。
熱くなるな。
分かってる。
言葉を交わさずとも分かり合えるつがい鳥。彼はほっとした表情を浮かべると、うーんと大きく伸びをした。
「はー、疲れた。長旅のせいでエコノミークラス症候群になっちまいそうだ」
そう言うと夕陽に会釈し、方向転換する。
「どこ行くの? 艦長室はこっちだって」
「おしっこ!」
「もうっ!」
腰に手を当てて膨れるも、彼の姿がトイレに消えると表情を和らげた。
敵わないな、敏生には。でも……業は共に背負うのが夫婦よ。
二人とも遺書は既に書いている。
夕陽は左手の薬指にはまる彼との証を愛おしそうに撫でると、そっと口づけし瞳を閉じた。
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雪の降る街で 第一章 「鼓動」 ①|京
あとがき
防衛省を襲った4機のイーグル戦闘機。若葉は果たして無事なのでしょうか? 妻の安否に槙村は〆張鶴どころではありませんね。(そこ!?)
そして、4機のイーグルを排除するため派遣されたアホウドリ夫婦。
前作で平和を誓った二人を、実戦投入させることへの葛藤は少なからずありましたが、宣誓した自衛官である以上、そんなことは言っていられません。
文民統制下の自衛隊に命令を下せるのは国民が選挙で選んだ政治家のトップ。
その命に従う二人と、その状況を是としなかった仲木戸。
皆さんは何を感じられましたか?
次回は11月3日(月)、章題は「出撃」。
引き続きお付き合いくださいますと嬉しいです🙇♀️ よろしくお願い致します。
