雪の降る街で 第十章 「出撃」 ①
↓マガジンはこちらです。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・出来事とは一切関係ございません。
第十章 「出撃」 ①
槙村は誰もいないことを確認すると、スマートフォンを素早く取り出して画面を一瞥し、溜息をついた。
焦りが募るも、大混乱に陥っている市ヶ谷の仲間達を思うと、個人的な安否確認は躊躇われた。
既読にならないコミュニケーションアプリに悪態をつき、嫌な想像を振り払うように首を振る。
「槙村先輩!」
慌てスマートフォンを仕舞い平静を装う。
「航空支援がたったの二機ってどういうことですか!?」
血相を変えて駆け寄ってきたのは防大時代の後輩で妻の親友。
「許せ。米空母は満載で多数の受け入れは困難。南シナ海を単独北上中のながとを丸腰にする訳にもいかん。今は二機が限界だ」
頭の回転が速い娘だけに、その説明で口を噤む。
スクリーニングが終わるまで全面飛行禁止となった空自の実戦部隊。そして周辺諸国の不穏な動き。
虎の子の最新鋭戦闘機二機を融通して貰えただけでもましな状況であることを理解したようだ。
「だが安心しろ。間違いなく日本最強のエレメントだ」
不安げな様子の後輩を励ますように力強く言い切る。
「それってもしかして……」
槙村が自信あり気に頷くと、彼女はふっと口元を緩めた。
「分かりました。先輩達を信じます」
彼女は敬礼すると、足早に持ち場に戻っていった。ふうっとひと息つき、再びスマートフォンを取り出そうとすると、
「あの、よろしいでしょうか?」
と、またも呼び掛けられ手を止めた。
振り向くと、若い下士官がこちらを窺っていた。
「何か?」
「あっ、じ、自分は第一戦車大隊第一中隊第一小隊、三等陸曹・成瀬光一と申します!」
敬礼をしながら大声で名乗る彼。
所属から、藍の部下だということを瞬時に理解する。
「防衛省情報本部、槙村だ。何か用かい?」
彼は一瞬、戸惑ったような表情を見せたが、やがて気まずそうに口を開いた。
「その、橋本小隊長殿とお知り合いのようなので……。ご相談したいことが」
ただならぬ彼の雰囲気に察しがつく。
「……とりあえず向こうへ行こうか」
恐らく図星だろう。
勤勉で優秀な後輩だが、脇の甘さは相変わらずのようだ。
人気のないところまで来ると、槙村はポケットから煙草を取り出して口に咥え、彼にも勧めた。
「ほら」
「あ、いえ、自分は止めてますんで」
差し出された煙草を、申し訳なさそうに断る若武者。同世代の自衛官たちと比べて顔つきが違うのは、実戦を経てきた証だろうか。
「で、橋本がどうかしたか?」
彼は少し躊躇う様子をみせたが、やがて槙村に向き直った。
「橋本小隊長殿は……、藍さんはあの仲木戸って男とどういう関係なのでしょうか?」
やはりだった。
「……橋本のことが好きなのか?」
煙を吐き出しながら問い掛ける。
「いえ、尊敬しているだけです! 前はお慕いしていましたが、今は守りたい人がいます」
そう言うと彼は若干肩を落とした。
「なんだ、色気のある話じゃないのか。名前呼びだから、もしかしたらと思ったんだが」
「あ、それは命を預ける者同士名前で呼び合おうって藍さんが……」
その答えに槙村が苦笑する。防大時代の「悪い」先輩達の教えはしっかりと守られているようだ。相変わらずの生真面目な後輩だが、そこが短所になることも良く知っている。
「仲木戸はあいつの元上官だ。今はそれ以上でも以下でもない」
余計な情報は加えず、突き放すように答える。それでも彼は怯むことなく槙村を見た。
「藍さんは……仲木戸って男のことが好きだったのでしょうか?」
肝を冷やすも悟られる訳にはいかない。
「何でそう思う?」
「その……テレビでの演説のとき、すごく切ない表情であの男のことを見ていたので」
やはりか。彼の問いにどう答えたものかしばし思案する。
「……自分の元上官が反乱軍の首謀者なんだ。そりゃあ切なくなるだろう、あいつのことを疑っている今の君のように」
我ながら苦しいと思ったが、彼はハッとした表情を浮かべると、押し黙り俯いた。
「あいつのことが信用できないか? あいつはそんな……」
「分かっています!」
大声を上げる彼。苦しそうな表情で額に手を当てている。
「ただ、もう何を信じていいのか分からないんです! 菜々が……彼女があいつらの攻撃で重傷を負って、なのに藍さんが仲木戸の昔の部下で、明らかに恋人を見るような目で!」
背筋が凍る。脇が甘いどころではない。一番身近な部下に猜疑心を抱かせてしまうとは。
「……すみません、言葉が過ぎました」
「いや……」
言葉が見つからない。何か言わないと彼の中で疑惑が深まり、藍の指揮にも支障が出てしまう。
焦りが生じ始めたその時。
「空襲警報発令! 総員退避――――――!!」
突如けたたましいサイレンが鳴り響く。咄嗟に身構える二人。
「避難するぞ、成瀬三曹!」
「はい!」
彼を促し、建物の陰に身を隠す。
「対空戦闘用――――――意!」
満を持して高射隊が臨戦態勢に入る。
前回の反省から半径五キロの周辺住民は全て避難させていた。戦闘機にとっては一瞬の距離ゆえ、それが気休めであることは分かっていたが、少なくとも常に市民の安否を気にしながら戦う憂いからは解放される。
遠くの空から近づいてくる轟音。
今度こそは爆装しているに違いない。全部隊に緊張が走る。だが、そのまま迫ってくると思われた雷鳴は何故か徐々に遠ざかっていった。
「反転した……のか?」
どうやら危険は去ったようだが、警報解除は出ておらず、ここで待機するしかない。
「さて、話の続きをしようか」
槙村は傍らの若者に声を掛けると、その場に腰を下ろした。
*
敏生はレーダー上の敵機の動きを凝視していた。
敵機が上がってきたのは、能登沖で戦闘空中哨戒を開始してから十分ほどのこと。
アウトレンジからAAM4ミサイルをロックオンしたことで、内陸に向かっていた敵の編隊は散開して回避行動を取り始めている。
機首にガンポッドを装着しているのでステルス性は多少損なわれていた筈だが、相手にはまだ見えていないようだ。
敵機が上がったことで新潟空港を爆撃する必要は無くなった。
「イデア。爆装解除、投棄」
その命令に夕陽は「やはり」と思った。
爆弾を捨て機体を身軽にする、それが意味するところはひとつしかない。
「ガイア、撃たないの? あたし達の任務はあくまで敵航空戦力の排除よ?」
AAM4は百発百中の超高性能国産中距離ミサイル。ステルス性能を持つF35であればわざわざ危険に身を晒すことなく、敵機の撃墜が可能だ。
彼の答えは分かっていたが、ここは敢えてはっきりさせておきたかった。
「……すまない。俺の我儘に付き合ってくれるか?」
いつになく感情を押し殺した掠れ声。
「言うと思ったわ。だからついてきたのよ。大丈夫、あたしも同じ気持ちよ」
努めて明るく答える。
私情を挟んだ彼の後ろめたさが少しでも軽くなるように。
「イデア……」
「叩きのめしましょう、ドッグファイトで」
二度と歯向かえないよう、完膚なきまで!
二人は機首を敵機の方角へと向けると、積んでいた小直径爆弾を海上で投棄した。一気に機体が軽くなる。
敏生は手元のスイッチで無線の周波数を変えると、回線を開いた。
〝Attention! Attention! We are the Japan Maritime Self Defense Force.
You are intruding Japan air domain. Follow our guidance!〟
(警告する! 我々は日本国海上自衛隊だ。君たちは日本の領空を侵犯している。我々の誘導に従え!)
予想通り反応は無い。
「おい、聞こえてんだろ? 正々堂々とドッグファイトで決着着けようぜ」
けしかけるような口調で呼び掛ける。
「俺たちはアウトレンジからの攻撃はしない。お前らも武人としての誇りを持っているなら、最期くらいはその名を汚すな」
すると無線の向こうからくぐもった笑い声が聞こえてきた。
〝元アグレッサーのガイアに魔女・イデアか。受けて立とう。今や環太平洋最強と謳われる貴様らと一度手合わせしたかった〟
夕陽の背筋が凍る。
何故自分達だと知っているのか? もしかしてこれは罠なのか?
リンク
最初から読む
雪の降る街で 第一章 「鼓動」 ①|京
あとがき
光一の中で湧き上がっていた藍への疑念。槙村は上手く収められるのでしょうか?
そして空では、アホウドリカップルがいよいよ造反した4機のイーグル戦闘機と対峙。
これは訓練ではなく実戦です。敏生は大見得を切りましたが、二人はミッションをコンプリートして無事帰還できるのでしょうか?
次回、衝撃のドッグファイト結果は11月6日(木)に掲載予定です。
引き続きお付き合いくださいますとありがたいです🙇♀️💦
