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雪の降る街で 第十章 「出撃」 ②

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この作品はフィクションです。実在の人物団体事件出来事とは一切関係ございません。


第十章 「出撃」 ②


「ふーん、俺らの素性はバレちゃってるわけね」

 敏生が軽く受け流す。それは絶対の自信。

「いいさ。行くぞ! 俺から離れるなよ、夕陽!」
「おっけー! 敏生!」

 敢えて名前で呼び合う二人。

 生きて再びその名を口にできることを願って。

 レーダー上の輝点ブリップが迫ってくる。そろそろ向こうのレーダーもこちらを捉えることが出来るはずだ。

 やがて敵の射程に入ったが、ミサイルは撃ってこなかった。どうやら、自衛官としての誇りは捨てていないようだ。

 交差した瞬間から始まる正真正銘のドッグファイト格闘戦。それは武士の血を受け継ぐ日本人同士でしか成立しえないであろう戦いの流儀。

 最新鋭戦闘機のF35Bはステルス性とファーストルック・ファーストキル能力にアドバンテージを持つ。ドッグファイトともなればF15との間に機体差はほぼ存在しない。

 勝敗を決するのは彼我の実力のみ。

「来るぞ! 夕陽!」

 前方に複数の点が現れたと思った瞬間、それは一気に膨らむと、強烈な衝撃波と共に次々と後方へと駆け抜けていった。

「ブレイク!」

 一気に急上昇する。

 ハイ・G・ヨーヨー、そしてインメルマン・ターン。あっという間に敵機の後ろを取る。

 凄い……!

 まるで鬼神のような敏生ガイアの超絶機動。

 夕陽もまた、自身の最大九倍の重力に抗いながら、サポートのため、必死に彼を追う。

 彼との抜群のコンビネーションを自負していたはずなのに、演習とは異なり、ついていくだけで精一杯。

 自分などまだまだであったと思い知らされる。

 これが最強のファイターパイロット、ガイアの真の姿……なの?

 心が震える。

 国を守る為、極みにまで鍛え上げられたその技量に。

 そしてそれをかつての仲間達を墜とすために使わねばならぬ彼を思うと!

 彼はミサイルを使わなかった。

 振り切ろうとする敵機を、巧みな高G機動でオーバーシュート追い越しを防ぎながら追い詰めると、機関砲で急所を狙い、確実にイーグルの動きを止めていく。

 それは米空海軍のパイロットたちも認める、「最強」の彼にしかできない芸当だった。

 次々と操縦不能に陥り、煙を吹きながら高度を落としていく敵のF15戦闘機イーグル

 彼の気持ちは痛いほどに分かる。勝敗が完全に決した今、だからこそ願わずにはいられない。

 お願い、脱出ベイルアウトして!

 だが、いずれの機体からもパラシュートが開くことは無かった。

 彼らは戦闘不能となったことを理解すると、持てる技術を駆使して海へと機首を向けた。

 まるで最初から、こうなることを願っていたかのように。

 彼らの意思を悟った敏生が敵の編隊長機の横に並ぶ。

「おい! ふざけんなよ! あんたらには生きて語る責務があんだろ!? 訳もわからずに死んで行った仲間たちのためにも!!!」

 こちらに向かって敬礼を送る敵パイロットに、敏生が絶叫する。

 だが彼の叫びも虚しく、4機のイーグルは次々と海面に突っ込み、散華していった。

「何でだよ、あんたら。何でだよ……」

 敏生の声が悔しさに打ち震えている。

 夕陽はそっと唇を噛むと、彼らが消えた冬の海に向かって答礼した。
 
          *
 
 静寂に包まれた空襲警報下の燕三条市街。隊員達が物陰に身を潜める中、槙村は新たな煙草を取り出すと口に咥えた。

「で、橋本が仲木戸と関係があったとして、君はどうしたいんだ?」

 問われて、彼の目が宙を泳ぐ。

「自分は……藍さんを止めたいんです」
「止める?」

 火をつけようとしていた手を止め、彼を見る。

「自分、馬鹿でうまく言えないんですけど、藍さん何かすごく思い詰めている感じがして。一人でどこかへ行ってしまう気がして」

 ふん、と鼻を鳴らすと槙村は煙草に火をつけた。

「俺から見れば君だってだいぶキてるぞ?」
「……」

 彼が目を落とす。

「橋本が君たちを裏切るとでも?」
「そんなことはっ……」

 歯切れの悪さは疑惑が払拭できぬ証。槙村は宙に向かってゆっくりと煙を吐き出した。

「生きるって楽じゃないよな。色んなことで悩んで泣いて苦しんで。でも、こうして生きるか死ぬかの状況に放り込まれると、そんな苦しかった日々がとても愛おしく思えてくる」

 若い下士官は視線を落としたまま、じっと手の中にあるものを見つめている。お守りのようだ。 

「何があったかは俺の口からは言えない。ただ、あいつはもう充分過ぎるほどに傷ついた」

 何度も引き留めた。

 だが、感情が理性に勝るのが恋。それは聡明な彼女でも抗うことは出来なかった。その結果、彼女は夢を失った。

 だからこそ、彼女の弱さは分かっている。

「まあ、ずっと傍で見てきた君が言うのだから、確かに危ういのかもしれないな。だったら、あいつを助けてやってくれないか?」

 驚いた様子で彼が顔を上げる。

「俺が藍さんを助けるなんて……おこがましいです。無理ですよ」

 慌てふためく若者を手で制する。

「何もあいつの役割を手助けしてくれと言っているんじゃない。今のあいつに必要なのは信頼し合える仲間だ。この先、何があってもあいつのことを信じてやって欲しいんだ」

 まっすぐ自分を見つめてくる彼。

 何か思うところがあったのかもしれない。

「大丈夫。あいつには信念がある。一番近くで見てきた君なら分かるだろう?」
「……はい」

 彼は噛み締めるように頷くと、槙村を上目遣いに見た。

「槙村一尉殿は……藍さんのことが好きだったんですか?」

 ぶほっと煙を吐き出す。

「おい止めてくれよ! あいつは俺の嫁の親友だ。嫁に殺されちまうよ」

 槙村は苦笑すると、胸ポケットから携帯灰皿を取り出し、煙草の火を消した。

「防大以来の、大切な仲間の一人だ」
「分かります。自分も高工校出なので」

 苦楽を共にした仲間達との深い絆。当時を思い出したのだろうか? 遠い目をする彼。

「空襲警報解除―――!」

 ようやく掛かった警報解除の報。

 ほっと一息つくと、二人は同時に立ち上がった。

「行くか」
「はい」

 表通りに出ると、隊員達が既に忙しく駆け回っている。

 駅前まで来たところで、

「コウ君!!」

 と大きな声が飛んできた。

 声の主は間違いなく先ほどまでの話の中心人物。あちゃー、と彼が肩を竦める。

「どこにいたの!? もうすぐ出発よ!」
「おいコウ! 何やってんだ早く来い!」
「はい!」

 上官二人から大声で呼ばれ、彼は面はゆい表情を浮かべながら槙村に敬礼すると、急いで高架下の愛車に戻って行った。

「槙村先輩!」

 と、今度は槙村に気付いた藍がこちらに駆け寄ってくる。 

「何でコウ君と?」

 槙村は答えず、ただ口元に笑みを浮かべる。藍は不思議そうに首を傾げたが、やがて思い出したように姿勢を正した。 

「対策本部から、反乱軍の戦闘機は全てながと艦載機が撃墜したとの連絡がありました。ありがとうございました!」

 深々と頭を下げる後輩。

「言っただろ? 最強の二機だって」

 藍が涼しげな笑みで頷く。

「それと、ついに出撃命令が下りました」

 静かだが、強い意思がこめられた口調。

「新潟を不法占拠する敵を徹底的に排除せよ、日本国を笑顔溢れる真の姿に戻すことを全てに優先せよ、と」

 心に訴えかけるその内容に槙村は身震いした。藍も高揚している。

 現場の士気を高めるのは結局、命令如何ということだ。

「……門真統幕長殿か」
「はい。さすが、敏生先輩のお父様です」

 これできっと何かが変わる、そんな予感がする。隊員達にももう迷いは見られない。

 慌ただしく出撃準備を整えている彼らの様子を眺めていた槙村は、ふと違和感を覚え、それからああ、と合点した。

「あれ、都市型迷彩だな。初めて見た」

 珍しいグレーの迷彩に塗り替えられた第一戦車大隊の戦車達。

「あたし達のオリジナルパターンです。お試しですね。アスファルトの色を出すのに苦労しましたけど。満足な航空支援が受けられない以上、少しでも足掻きたいなって」

 照れたように頭に手を当てる藍。

「すまない。一刻でも早く航空戦力を投入できるようフォローする」

 頭を下げると、藍が慌てて手を振った。

「いえ、足りないものは知恵で補うのが指揮官の務めですので」

 そこに居るのは頼もしき指揮官。

 年末に会った時の、過去を嘆き、不安げに未来を垣間見ていた弱々しい女の子はもう居ない。

「では私は準備がありますので!」

 彼女は凛々しく敬礼すると、踵を返した。槙村はその後姿を見つめていたが、あっ、と大切なことを思い出す。

「橋本!」

 呼び止められて振り返る後輩。

「無事に戻って来いよ。若葉がまた女子会やりたいんだと」

 藍はにっこりと笑うと親指を立て、砲塔を駆け上がった。

「出発!」

 轟音を立てて駅前の野営地を出発していく戦車隊。彼らを待ち受けるのは避けては通れぬ実戦。生きて還れる保証など最早ない。

 頼んだぞ、橋本。成瀬三曹。

 車列が街の向こうに消え、地響きが鳴り止んだ後もしばらくその場に佇んでいたが、急に胸に響いた振動に慌ててスマートフォンを取り出すと、アプリの画面を開いた。

〝ごめん、救護対応中。あたしは大丈夫だから任務に集中して!〟

 思わず顔が綻び、口元を片手で覆う。

「ったく、馬鹿が。心配かけやがって……」

 かじかむ手で返信を打ち込むと、大きく息をつく。やるべきことはまだ残されている。

 彼は北の空を睨むと、司令部へと戻って行った。


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あとがき

 アホウドリカップルの初の実戦。敏生の凄味が際立つドッグファイトでしたが、彼の心は果たして大丈夫でしょうか?

 そして槙村と光一も落ち着いたようです。槙村視点の光一、皆さんはどんな印象を受けたでしょうか?

 若葉も無事で一安心の槙村ですが、多くの仲間が倒れている中、大っぴらには喜べませんよね。

 さて、次回は第十一章「月光」、11月9日(日)に掲載予定です。

 
引き続きお付き合いいただけますと嬉しいです🙇‍♀️