残像
残像 【琥珀・3】
オートロックを指紋認証で解錠し、扉を静かに開ける。エントランスを抜けるとワークスペースが拡がる。真帆はその奥へと入る。20畳ほどの広さの部屋の一角はバースペースだ。マンションの一室と聞いて想像する部屋とはかけ離れていた。
「鳴海、おつかれさま」
コートを脱ぎ、壁際のソファに荷物を置く。それから真帆はカウンターのスツールに座った。
「今日は遅かったね。忙しかったか」
「明日休み取ったから、引き継ぎしてきたの。鳴海はもう今日は終わったんだね」
「ああ。だからゆっくりしていって」
「クッキー、LES ANGESの。すごくおいしかった。ありがと」
「ま、お礼だからね。真帆の好みはわからないけど、おいしかったなら」
「甘くないのがあんなにおいしいなんて、はじめてで」
「真帆、俺に惚れ直したか」
「毎日惚れ直してるよ」
ひどいよね、と真帆はつぶやく。
いつになく、甘い。
真帆はカウンターに置かれたレモンをひとつ手にとった。
「これ、皮むいていいかな」
カウンターの内側から鳴海がナイフを渡す。
「いいよ」
真帆は真剣な表情でレモンを剥いていく。その手を見ながら、鳴海はグラスを取り出した。
「ブランデー・クラスタを」
皮を剥き終えた真帆はレモンを半分に切る。グラスの縁をレモンで一周なぞり、砂糖の入った皿に逆さに置いた。
鳴海はレモンを絞り、ブランデー、ビターズ、リキュールと注ぎ、シェイカーを振る。真帆がグラスにレモンの螺旋をのせてゆく。
美しく飾られたグラスは、静かにその時を待つ。
琥珀色の液体を注ぎながら、鳴海はそのカクテルに見惚れる。
ブランデーの波紋が、震えた。
鳴海の傾けたシェイカーは空になっていた。
「鳴海……きれいね」
真帆はいつものようにグラスを受け取り、そっと唇を寄せた。
©極夜
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