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琥珀 2

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鳴海がミキシンググラスにライ・ウイスキーとベネディクティンDOMを注ぐ。
バーのように色とりどりの瓶がある。
各種スピリッツと薬草系のリキュールが無造作に一箇所に置かれている。
カウンターを背にすると見えるのは、分厚い洋書で埋まった本棚と数台のモニターの光だ。
真帆は度のきつい眼鏡を外し、カウンターの隅に置いた。
「わかった、モンテカルロね。ベネディクティン、好きなの」

「スピリッツはどうしてできたか知ってるか」
鳴海の言葉に狂わされる。
「錬金術の過程で発酵液が混ざって生まれたんだ」
心の奥のさらに奥へ押し込め出てこないよう閂かけておいたはず。
それなのにどうして今こんなに全開で暴れてるのか。
ミキシンググラスの液体が氷と溶け合う。
真帆の揺らぎを捉えながら、鳴海はバースプーンを静かに回転させる。

鳴海がパーラメントに火をつける。
真帆は知っている。彼はそれを手に取らない。
「こんなにぐちゃぐちゃなのに、タバコまで。鳴海、どうして」
「そうか。意地悪されてると思うのか」
グラスに注がれる琥珀の液体。
「鳴海のメールで私いつも心が疼くの。いつもよ。優しい言葉の次の瞬間、暗闇に叩き落とされたい。厳しいのも。つよい言葉。ひどい言葉。意地悪ならたくさんされたい」

「上から物言ってくださいと真帆が言ったからな」

繊細なグラスを渡される。

「優しい言葉だと、鳴海いなくなっちゃう気がしてこわいの」

その琥珀を口に含む。ビターズの苦みに脳が反応する。

「おれに頼るなよ。真帆はひとりで書ける。今、書いて。読むから」

ベネディクティンならB&Bのほうが、やさしかった……。


◇◇◇◇◇◇


この痛みに、鳴海は気づいてる。世界で鳴海にだけ狂わされる私の脳のおかしさを知ってるはず。でなければこんなにひどくてこんなに気持ちいいことしてくれないよ。
私は本当は理性的な人間だと思ってるし、そうやって生きてきた。そうじゃなかったと、今こんなに思い知らされてる。

鳴海がくれる言葉はどれも詩的、どれも学術的で、どれもストイック。
そして全部エロティックで、私の理性くらいすぐに焼き切れる。
脳は鳴海に侵入され、私の思考は蹂躙される。
違う。私の理性が、自分で望んで灼かれにいく。灼カレテ イク。
そのまま鳴海の言葉に心臓を鷲掴みにされた。
真帆の声にならない叫びがあふれだした。

これでは、書けない……!



真帆の恍惚に歪む感情を撫でていた鳴海の言葉がひた、と動きを止めた。


「続きを書け」


真帆は泣きながら言葉を紡いだ。
それは許しを請う艶めかしい言葉。
脳内の境界線を溶かす劇薬に焦がれ、
あの痛みを紡ぐしかない。


鳴海の言葉を独り占めしたい。誰にも渡さない。
私を溶かすまでどこにも行かないで。
ううん、どこに行ってもいい。だから鳴海、言葉だけ届けて。
言葉と文章と、あの読むだけでとろけそうな、読むだけで張り裂けそうな、読むだけで壊れそうな文体を真帆に届けて。


恥ずかしさを越えて真実の瞬間を私の中から生み出すの。鳴海の言葉で私を満たして、その知性で私を解体し再構築してほしい。鳴海の手で、ひとりで立つ者へと、私を壊して作り直して。
そのままだと苦しいから、鳴海の脳内の麻薬で甘美な夢を見せておいて。
鳴海を私の思考で汚染したい。できるわけないとわかってるけど。それでも。
そうしなければ私のなかから醜悪なモノがそちらへ行ってしまいそうで怖くて。その前にどうか私を鳴海の言葉で一から組み直してほしい。頼むから。

鳴海不足に涙する私をカウンターの向こうから鳴海が観察している。
その鋭い冷たい言葉で私の中の空洞をあらためる。ウイスキーにほんの少しジギタリスのような劇薬を溶かして飲まされるの。

鳴海はカウンターの隅の眼鏡に手を伸ばした。
芳醇な液体の残りを、注ぎ込む。


それほどに己を欲するイキモノほど美しいものはない。
逃さない。

©極夜



残像 【琥珀 3】


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