見出し画像

合理的配慮義務を考えるために~ミカちゃん裁判(特例子会社合理的配慮義務違反裁判)再録

 表題の内容についてはすでに本ブログの記事中で言及しましたが、合理的配慮の義務化に伴い関心が高まっている状況も踏まえ、アクセスしやすいよう、独立した記事としてアップしておきます。

 法律、係争については全くの門外漢である筆者には法理の面から裁判について論じることはできません。この記事では、医療・福祉の現場からの、”合理的配慮”という”障害ということ”に対する社会のあり方の一つの事例として論じたいと思います。


受傷

 この裁判の原告は、このブログのアイコンイラストなどを描いてくださったミカちゃんさんその人です。ミカちゃんさんは中学生の時に頭部外傷を受傷されました。二週間意識が無かったほどの重症だったようです。ところがわずか1か月半で復学されています。当時、高次脳機能障害はあまり知られておらず、身体機能面の回復が得られた時点で、早々に復学を許可されたのだろうと思います。
 意識障害が二週間も続く頭部外傷ですから、認知機能にも影響があったであろうことは想像に難くありません。実際、暗記が苦手になり、思うように勉強が進まなくなったそうです。元々成績優秀で処理能力が高い方だったことが伺われますが、学校の成績は低下してしまったのです。ご本人は危機感を持ち、中学・高校を通じて、死に物狂いの努力をなさって、上位の成績で卒業されています。ご本人が非常に努力家であり、また、学校という保護的環境もあったことで、後遺症をカバーできていたと考えられます。
 卒後、就労したところ、仕事についていけない、周りの人についていけないことを指摘される。努力家なので死に物狂いで努力されるわけですが、その頑張りでできる仕事があると、今度は、「本当はできるのに今までやっていなかった、さぼっていたんだ。」と責められる。結局、その職場は辞めざるを得ない。次に勤めた職場でも同様の現象に遭遇する。その繰り返しだったようで大変つらい思いをされたことと思います。

診断

 ある時、高次脳機能障害の外来を受診することができ、「あなたが経験された現象は、高次脳機能障害の現れです。」と診断がついた。そこでミカちゃんさんはほっとしたというんです。「ああ、そういうことだったのか。」と理解できた。
 診断後、訓練プログラムに入ります。受傷からの時間が経過しているので、機能回復訓練こそしなかったものの、持ち前の努力家の資質もあってか、生活訓練・職能訓練などフルコースの訓練をこなされました。社会参加のためのスキルを身につけるとともに、メタ認知レベルの自己認識を持てるようになられたのです。つまり、社会参加を維持していくのに十分な力をつけられたわけですね。

環境設定

 満を持してある特例子会社に就職しました。本人を交えた職場との環境設定の詳述は避けますが、その中でひとつだけ、象徴的な事柄について述べておきたいと思います。
 ミカちゃんさんは障害のために制服の着用が難しいので、ミカちゃんさんが仕事に取り組めるような服装にすることで環境設定(”合理的配慮*”)ができました。
 重要な点は
1)環境設定は、労使両者の合意・了承のもとに設定されており、
2)この環境設定の下、以後5年間の長期に渡り、安定して、問題なく順調に仕事を続けられたこと

です。
*合理的配慮、環境設定と言った言葉使いについては下記記事をご参照ください。

環境設定の破棄

 ところが会社のオーナーが代わり、上司同僚も入れ代わりました。途端に「特別扱いしない。」と通告され、それまで行われていた環境設定(合理的配慮)をすべて破棄されました。象徴的な話でいうと、「制服を着なさい、みんなが制服を着ているんだからあなたも制服を着なさい、制服を着るように努力しなさい。」と言われたわけです。

休職後の話し合い

 ミカちゃんさんは、制服を着用しては業務を遂行できません。業務の継続が困難となり、休職を余儀なくされました。休職後の、本人・支援者と職場との面談の際に、「対処法・環境設定をすれば仕事ができるので、従来通り環境設定(合理的配慮)を続けて欲しい。」と要望をしました。話し合いの場を持ち、環境設定(合理的配慮)の継続を要望されたのです。
 会社側は、ミカちゃんさん側の要望を「個人の”我がまま”であり、本人が努力して障害を克服して職場に適応すべき。」と主張し、「それができないのなら馘首だ。」と環境設定(合理的配慮)の要望を拒否しました。個人の努力で(個人の責任で)克服せよという”障害の個人モデル”のみによる障害理解に基づく主張がなされたのでした。結果、退職せざるを得ませんでした。
 労基をはじめ行政など公的機関にも相談しましたが、ミカちゃんさん側の要望(障害の社会モデル)が理解されることはなかったようです。
 日本は国内法を整備し、”障害者の権利に関する条約”を締結しています。日本の社会は「障害は社会的障壁により生じる」とするグローバルスタンダードの考え方で”障害という概念”を認識していると世界に表明しているわけです。言い換えれば、日本の社会は障害を”社会モデル”で捉えていますと宣言しているわけです。 
 しかし、残念なことに、このミカちゃんさんの事例において、本来、国際条約に拘束されているはずの公的機関でさえ、その拘束の内容、すなわち「障害を社会モデルとして理解する」認識を持ち合わせていないことが明らかになったのです。

声を上げる 一審岐阜地裁

 このような会社の=社会の無理解に対して、声を挙げなければいけない。裁判に訴えましたが、一審では「棄却」という残念な判決がくだされたのです。 「ミカちゃんが職場に適応するように努力すべき。」という判断です。裁判官も障害を医学モデル/個人モデルでしか理解していないようです。また「記憶障害を持つミカちゃんの記録は信用できない。」との判断もくだされました。
 本ブログで何度も言及しているように、”障害理解のグローバルスタンダード”は、「障害は社会的障壁が作り出すもの」。その観点から、障害は、「個人の努力で克服するのではなく、社会が対処する」、これがグローバルスタンダードです。日本は国際条約を締結していますから日本のスタンダードもおなじです。そのため、この一審判決については、障害理解に関して問題があるとの指摘・批判があります。

控訴審

 控訴審では、”障害ということ”をどのように捉えるのか、個人の問題ではなく社会が対応すべきであり、職場が対応して障害を解消する、これがグローバルスタンダード、日本のスタンダードであるとし、一審判決の障害理解は妥当性を欠くことを弁護団は詳細に指摘しました。
 また一審判決で「ミカちゃんは記憶障害があり、その証言に信頼性がない。」とされた点に対して、壊れた携帯電話のメールデータを3年がかりで復元するなど大変な努力をして、弁護団は、ミカちゃんさんの主張をすべて証明しました。
 控訴審ではこれら原告側の主張が認められ、「被告会社側は障害の特性に関する理解を深め、必要な措置をしなさい。会社全体として改善しなさい。」、裁判官はこのような判断をしました。

勝訴

 最終的に、和解という形で、実質的に勝訴となりました。社会が対処して解消するスタンダードの考え方がようやく認められたのです(*)。
 この時の記者会見で、弁護団の先生方が「画期的な判断がなされました。」とおっしゃいました。ミカちゃんさんと弁護団・支援者の粘り強い戦いが勝ち取った”画期的な”裁判でした。そうなのです。今回の判断が”画期的”と表現されるほど、日本の社会はグローバルスタンダードから遅れている。いまだ、個人の努力で障害を克服せよという考え方が支配的であり、かつ、それに対して疑問をもたない。「障害を自己責任で克服したら参加させてやる。」という日本の現状は、私達の社会が、「障害のない者だけが参加できる」という、障害のある状態に置かれた人を排除する社会のままであることを意味します。
 ですから、この裁判でなされたような判断が画期的と言われない、すなわち、これが当たり前という社会を作っていくことが大事だと思います。
*一審判決の文言が独り歩きして誤解(医学モデル/個人モデルのみによる障害理解のしかた)を広める懸念は残ります。

ミカちゃんさんからのメッセージ

 私は、自分の力で働き、自立した生活をしたいと願っており、それは多くの障害者も同じだと思います。障害者の働く場所は限られており、いつ首になるかわからない不安を抱えていて、それはその家族も同じです。働かせてもらえるだけましだと卑屈になり、言いたいことも言えないのが実情です。
 私のような障害者は他にもおり、でも雇い主に強く言えず泣き寝入りをしている人がたくさんいます。障害者の権利を使えるのが当たり前の社会になり、私のような苦しい思いをする障害者がいなくなることを願っています。
 自分らしくいようとするには、自分らしく居られる環境に身を置くこと。特例子会社は、あらゆる障害者にとって数少ない働く場所であり、大切な居場所でもあります。労働局をはじめ支援機関、行政でも社会モデルの正しい理解を求めます。この裁判の勝利和解で、障害者の権利を求める行為が日常概念に溶け込んでほしいと願っています。
・「ミカちゃん裁判、勝利的和解~障害特性の理解と合理的配慮~」 すべての人の社会. 2023年7月号. pp.8-9

・mika|note:ミカちゃん裁判弁護団のブログです。

・森 弘典. 特例子会社の「障害者雇用」合理的配慮提供義務違反の事案で画期的和解. 賃金と社会保障, No.1829, pp.4-16, 旬報社, 東京, 2023.
・日本障害者協議会声明文
https://www.jdnet.gr.jp/opinion/2022/pdf/230221.pdf

 読者の皆さんの中にも、同じような経験をされた人がいるかもしれない。筆者の患者さんにも同様の経験をされた方は少なくない。特例子会社であってさえ、です。
 そのような皆さんに申し上げたいのは、あなたは悪くない、あなたの責任ではなく、社会の側の問題だということ。ミカちゃんさんのように声を上げる人がいます。この弁護団のように支援する人がいる。あなたはひとりじゃない。
 大事なことは、社会を変えていくことです。

ハッシュタグ

#ミカちゃん裁判 #特例子会社合理的配慮義務違反裁判 #Man to Man Animo事件 #高次脳機能障害 #参加 #排除 #就労 #生活訓練 #職能訓練 #メタ認知レベルの自己認識 #特例子会社 #就労支援 #環境設定 #制服 #合理的配慮 #医学モデル #社会モデル #休職 #退職 #馘首 #適応 #社会的障壁 #控訴審 #一審判決 #和解 #実質勝訴 #弁護団 #画期的判断 #自立 #障害者 #泣き寝入り #障害者の権利 #労働基準監督署 #生きづらさ