”配慮”ではなく Part 1 ~accommodationとは?~
障害の社会モデル
「障害は社会的障壁により生じる」、これが現在の障害に対する捉え方のグローバルスタンーダードであり、”障害の社会モデル”と呼ばれる考え方です。人権モデルと言い換えることもできます。
一方、「障害は当該個人の生物学的(医学的)属性であり、その人が努力して克服すべきもの」とする考え方を”障害の医学モデル”と呼びます。社会モデルに対して、個人モデル、属人モデルと言えるでしょう。現在では医学モデルの考え方”だけ”で障害を捉えることは、妥当とはされておりません。個人の努力だけで克服するのではなく、社会モデルの考え方に従い、障害という状態を生じている社会的障壁を取り除く対応が必要とされているわけです。
我が国も、障害者権利条約に批准し条約締約国として国内法を整備していますので、私達の社会においても、グローバルスタンダードである”社会モデル”の考え方で”障害ということ”を理解していきます。
社会モデルからのアプローチ
社会モデルの考え方では社会参加への支障を解消するために、社会的障壁を解消するアプローチを実施します。
たとえば、当高次脳機能障害外来の通院メンバーには音に対する過敏症状の方が多い。すると、一般のオフィスで業務に当たることが難しくなるのですね。周囲の環境音に耐えられないためです。その場合、静かな個室があれば、支障なく業務を遂行できるわけです。
とはいえ、今どき、一人ひとりに静かな個室が与えられるような職場はまずないと言っていいでしょう。ではうちのメンバーは就労できないかといえば、そんなことはありません。耳栓やイヤフォンを使って周囲の環境音をシャットアウトすれば、業務に集中でき、問題なく就労できるのです。
この場合、大切なことは、オフィスでの耳栓・イヤフォンの装用が職場に受け入れられることです。このように、業務に取り組めるように職場がその人の特性にマッチした環境を設定をすること、その人の特性に合わせて環境を調整すること、これが社会的障壁を解消するアプローチの一例です。
”合理的配慮”という言葉
就労場面で使われることが多い言葉ですが、このような環境調整/設定のことを公的には”合理的配慮”と呼ぶようです(元来、狭義には雇用についての法律用語)。
配慮と訳されていますが、元の英語はaccommodationです。この英単語、辞書的には日本語の「配慮」に該当する語義はありません。アメリカ合衆国の「障害のあるアメリカ人法」において「reasonable accommodationとは、障害者の完全な参加を可能にするための機会の調整(adjustments)や変更(modifications)の全体」と定義された言葉なのだそうです(https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/tyosa/h27kokusai/h2_2_2.html)。”調整”、”変更”であり、”配慮”、”気遣い”、”思いやり”といった個人的、感情的な意味は含まれていないのですね。
配慮ではなく調整
我々医学の領域ではaccommodationといえば、目のレンズのピントの調節をさすことばです。なので筆者からすれば、調節、調整のほうが訳としてピンときますね。ものがピントだけに。
事実、我々が就労支援をする際に、職場に対してaccommodationをお願いするあるいはご指導するわけですが、筆者もスタッフも環境調整/設定という言葉遣いをしており、”配慮”という言い方をしたことはありません。
なぜって、就労支援におけるaccommodationとは、やっていることはあくまで調整です。例えて言えば、椅子の高さを調整する、とか、PCのディスプレイの高さや角度を調整する、といったことと同様の、業務を遂行するために必要不可欠な”調整”をしているだけ、なのです。
椅子の高さが合わない、ディスプレイの角度がおかしい、このような環境で仕事をする人はいませんよね。そんな環境では仕事できないどころか、体を壊しかねない。当然ながら、椅子の高さを変えるな、ディスプレイの角度を変えるな、なんて命令をする職場はないはずです。あったら怖いよね、でしょ?
ところがですね、このaccommodationを”配慮”と言ってしまうと、途端に、なにか上司や同僚からの個人的な”気づいかい””思いやり”のように捉えられるようになってしまうようなのです。
医学モデル”だけ”で考えがちな日本社会
私達の社会の中で障害の社会モデルという考え方自体が認知されておらず、条約締約国であるにも関わらず、いまだに、障害の医学モデル(だけ)の考え方が支配的という状況がある、少なくとも就労支援の現場にいる筆者の目には、これが日本の社会の現実です。
障害の医学モデルとは、障害を個人の努力で克服して社会参加せよという考え方です。上に挙げた環境音過敏症状の例で言えば、努力して環境音に耐えられるようになれ!という考え方といえばおわかりになるでしょうか(「ザ・コンサルタント」という映画には、”騒音に耐えるトレーニング”という、まさにそのようなシーンがあって、仰天しますよ)。そんなことが簡単にできるのであれば、そもそも困ってないわけですから、これは無理筋というもの(当事者個人で”障害”に向き合わなくても良い、すべて他人任せでいい、と言っているわけではありませんよ)。
個人モデルと”配慮”なる言葉使い
このような「障害は当事者個人”だけ”で対処するべきもの、障害は個人の問題」という素地がある現在の日本社会に、”配慮”という言葉が持ち込まれてしまうと、どうなるか。結果は火を見るより明らかです。
本来、”当然”、行われるべきaccommodation、すなわち”職場の態勢としての”、”環境の”、調整・設定(椅子の高さやディスプレイの角度を調整することと同じです)が、本人と周囲の人の間の、個人的、属人的な”気遣い”の問題にすり替えられてしまうのです。当然なされるべきはずのaccommodationが、ある人だけの特権的な”特別扱い”にすり替えられてしまう。
accommodationの否定がもたらす参加への障壁
これがもたらすものは、accommodationの否定です。曰く、「お前だけ特別扱いできない。」。
たとえば、ある人が環境音過敏に対処するために耳栓を使って仕事をしていたとしましょう。職場がaccommodationとして対応しているのであれば、同僚や上司が異動になるなど職場の環境変化があっても、耳栓の使用は継続できるはずです。
ところが、個人的気遣いとして耳栓の使用が認められていた職場だったとしたら?システムとしての対応ではなく、上司同僚個人の判断(気遣い)と認識されていたとしたら、同僚や上司が異動で交代した途端、その上司同僚の個人的な判断により、耳栓使用を禁止されてしまうかもしれない。「お前だけ特別扱いできない。」と。
このような場合、我々が職場に介入して説明を試みても、そもそも”個人の気遣い問題”として認識されている職場ではaccommodateionとしての対応は理解されないでしょう。結果、就労に必要な環境を維持できなくなり、退職を余儀なくされる。これ、現実に起こっているんですよ、筆者の周囲で。
accommodationの正確な理解に向けて
このような悲劇を繰り返さないために、一般に使われる”合理的配慮”という言葉が指し示すaccommodationの本来の意味を正確に理解し社会モデルの考え方で障害への対応ができる社会に変えていきましょう。
Part 2へ続く。
参考文献
森 弘典. 特例子会社の「障害者雇用」合理的配慮提供義務違反の事案で画期的和解. 賃金と社会保障, No.1829, p.4-16, 旬報社, 東京, 2023
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