実家本箱断捨離の記:Vol.2|入れたのだから出せるはず
七五三、成人式、結婚式……家族の記念日を写真館で撮って残す。それは本来、とても豊かで素敵な習慣だ。だが、かつての日本には、結婚式の写真台紙を親戚中に配るというしきたりがあった。
実家に残る三竿の本箱の断捨離に手を染めて、半日が経った頃。
一番大きな本箱の一番下の観音扉を開けると、そこはアルバムの場所だった。見覚えのある子供の頃のアルバムや姉の結婚式の豪華なアルバムが目に入る。そして——
半分以上を占領していたのは、百とは言わないまでも、それに近い数の『写真台紙』だった。
両親共に兄弟が多かったので、叔父・叔母・従兄弟がわんさかいる。そこに両親が仲人をしたカップル、どういう関係なのかわからないカップル。
「これ、だーれだ?」
やけっぱちのクイズ合戦が、しばし繰り広げられた。
それにしても、特筆すべきは、本箱の脅威の収納力である。
出しても出しても出てくる。
というわけで、姪が気に入っているという本箱一竿は、そのまま残すことになった。残すことにした本をスッキリと収納し直す。
そしてもう一竿。一番小さな本箱を二階から一階に下ろして使うことにした。父の遺品である観世流の謡本(和綴本が数十冊)と、アルバム(例の写真台紙も含む)を収めるためである。
一竿は空にできたし、中身も半分以上は断捨離できた気がするので、今回は、それで良しとしよう。玄関には、買取を待つダンボール箱が十箱、積まれている。
さて、一階に下ろす本箱を見れば、他の本箱と違い分割不可能な造りであった。古いブランケットを敷いて、よっこらしょと空になった本箱を載せる。ドアの前まで引っ張る。
どう見てもドアより大きい。ドアを出たところに畳半分のスペースがあるだけで、直角の向きで階段がついている。
ブランケットの位置をあちらこちらに調整しながら、横に倒して斜めに出してみる。あー、あと一センチ。角があたって出せない。
ドアを潜り抜けるようにしたら出せるのではないか。またまたブランケットを(以下略)。これまた、あー、あと一センチ。
ドアの前に立てた本箱を、横から縦から睨みつけて、しばし熟考。
入れたのだから出せるはず、なのだ。
ゴールデンウィークの雨が降る日。吹き込まないことをいいことに、窓を開けて作業している。空気が乾いていたせいか、湿った不快感もない。が、すでに汗だくである。変なところに無駄な力が入っているせいかもしれない。
ここは素直に、楽に考えよう。
「もしかして、そのまま出したら、出るんじゃない?」
ズズ、ズズズ……ブランケットを引っ張る。
「おお、おおおーー」
頭の中に、『2001年宇宙の旅』のオープニングが流れた。本箱はドア枠スレッスレで、通り抜けていく。
そんな本箱は、階段の幅にもスレスレであった。
一体、誰がいつ、この本箱を二階に上げたのか。よくやったものだ。
「で、ここからどうやって下ろすの?」
「倒そう。ここを手前に引くから」
「なに? どこ?」
今回の断捨離に力持ちの参加はない。狭い階段に、二人の人間は並べない。ブランケットを引っ張り、一段ずつ、滑らせる。貧弱なわたしが本箱の下敷きにならないように、姪が顔を真っ赤にして上から支えている。
ずいぶん長く感じたが、実際には案外短かったかもしれない。あと一センチの攻防に泣く羽目になるかと思われた本箱は、無事、一階にたどり着いた。
「ところで、押し入れには何が入っているの?」
このひと言が余計であった。本箱が並んでいた部屋の押し入れを開けると、姉が何十年もの間定期購読している月刊誌のバックナンバーが、ぎっしり収まっていた。
「ああ、それ、物置に移してもいいわよ」
本箱→押し入れ→物置と、手放すまでには並々ならぬ年月が必要らしい。
この押し入れを使えたら、確かに便利そうではある。
かくして、我々の断捨離は、本箱から押し入れ、物置へと延長戦に突入したのだった……。
本編・完
← Vol.0|実家から下知が飛んできた
← Vol.1|出てきたもの、残っていたもの
いいなと思ったら応援しよう!
今日も読んでくださって、ありがとうございます🐾