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Episode 154 漸く決心するのです。

2度目の「鬱」に陥ってしまった私は、再び会社を休職して自宅療養になるのです。
暫くして、漸く「本当の自分」を知る決断をします。
「心理検査」を受けたいと医師に伝えるのです。

私の発達障害傾向に真っ先に気が付いたのはパートナーでした。
それは次女が小学校に馴染めないことで、いろいろな参考書を読み漁ったパートナーが「これって、あなたのことじゃないの?」と思ったことから始まります。

今振り返れば、私は幼いころからハッキリと目に見える、典型的なAS(当時の表現でアスペルガー症候群)だったと思います。
但し、1970年生まれ、昭和の時代に高校まで卒業した私の時代で、一般的に学業レベルが平均値を超えていて障害があるとすれば身体障害以外は考えられない時代だったワケで、少なくとも私の両親に障害の認識なんてなかったのです。

偶然は重なり、環境リセットが頻繁にあった私は、学校などでの周りとの関係に軋みが出始める前に次の場所に動くなど、問題を先送りすることになってしまった…。
職場であったそれのように、クラスで大きなトラブルになっていれば両親も先生方も、きっと「何か変だぞ」と思ったのかもしれません。

ASDの傾向が見える次女、そして発達障害には遺伝の傾向があるということ、そして本に書いてあることそのままに、典型的な事例が目に付く私。
2度の二次障害による「鬱」を経験し、漸くパートナーの言う「あなたは発達障害を持っている」ということを認めようという決心がついたのです。

何度となく這い上がっては、その度に谷底に突き落とされてきたのです。
漸く、自分自身にぽっかりと空いた社会的な不適合を抱えた落とし穴を発見する決心をするのです。
2014年の夏のことでした。

旧ブログ アーカイブ 2019/2/15

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