Episode 127 見守られて育つのです。
薄々と気が付いていた次女のことが現実になったのは、琵琶湖岸の町に移って1年が経過したころでした。
長女が幼稚園を卒園して大きなランドセルを背負って小学校に通い始めた年、ふたつ違いの次女が幼稚園に通い始めます。
そして、次女は幼稚園で「固まる」のです。
大勢が集まる場所で驚いてしまう、そのままフリーズ。
幼稚園と言っても都市部とは違う、かなりこぢんまりしたもので、年長組・年少組ともに1クラス、しかも定員割れ。
公立の幼稚園でなければ経営が成り立たないような小規模な幼稚園でしたが、それでも次女は入園式で初めて大勢が集まる「公」の場所を経験するのです。
次女のPDD-NOS(現状の規格としてはASD)としての症状が、現実的に見えるようになった瞬間でした。
次女に現れた症状としては、「集団が苦手」というのが一番最初のわかりやすいものだったと思います。
気の合う友達はいて、一緒に遊ぶとかは問題ないのです。
でも、先生が「みんなに一緒に」というなにかをしかけるとついて行けない…歌うにしても、遊ぶにしても…。
同じ方向を向いて行動することに「アレルギー反応」を示す次女、それが幼稚園で何とか生活できたのは、あまりにも小さな集団だったが故に、先生の目が行き届いてくれたからだと思います。
「みんなでお絵かき」の時は先生の隣で、
「みんなでかけっこ」の時は先生の背中に、
「自由に遊んで」の時はなかよしさんと好き勝手…先生はしっかりと見て、のびのびと行動させてくれたのだと思います。
2003年頃の話です。
発達障害という認識が社会に浸透し始める前、私自身もASDでありながらASDの認識がなく、次女の「ちょっとかわってる」に気が付きながらも「普通」に育てようとしていた時期の話です。
もしもこれが幼稚園や保育園に入るのに大変な地域だったら…。
ASDの子どもにとって、初めて社会と接する幼稚園や保育園のハードルはかなり高い。
今、特徴を謳って子どもを募集する幼稚園とか多いじゃないですか。
子ども時代からの英才教育…英語を教えますとかなんだとか。
こういった早期からの教育を否定する気はありません…が。
もしも仮に、長女が大阪時代に通っていた幼稚園に次女が入園していたら…まず持たなかったでしょうね。
規則・行事…みんなで頑張ってお父さんお母さんを喜ばせましょう!
毎月のように何かしらのイベントがあって…。
琵琶湖岸の町は、次女が成長するのに必要な「緩さ」があった。
この町で、先生や地域の人に見守られて次女はゆっくりと成長することになるのです。
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