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Episode 315 ペットが欲しいと思うのです。

ウチには長く家族として一緒に生活したワンコとニャンコがいました。
ミニチュアダックスフントの女の子「クッピ」と、黒猫の女の子「にゃーちゃん」。

彼女らのウチでの生活については以前にお話ししたのですが、今はウチに生き物はいません。
クッピは2011年に、にゃーちゃんはこのブログの連載を始める直前にこの世を去り、今年のお盆が過ぎれば直に1年が経ちます。
「ペットロス」という言葉があるくらい、可愛がっていた動物を失う悲しみは大きいわけで、そこには言い表せなほど大きな感情があるが故に、簡単に「次の子を…」という気持ちにはならないのです。

クッピがこの世を去ったころ、私たちの家族5人はまだ全員この家に住んでいました。
その後、長女が進学のために家を出て、その2年後には次女も同じくひとり暮らしを始め、にゃーちゃんもこの世を去って…この家に住み始めた時は5人と2匹だったのにね、今は3人だけです。

以前、ASDの私とペットの関係について、大人気ない私と子どもの間に入るクッションだったとお話ししました。
でも、どうやらそれだけではなかったと最近気が付きました。

ASDの私は、ひとりの時間を必要とします
でも、ひとりを優先し過ぎると困ったことも起こるのです。
予定通りに動きたい私は、ウチにいる間もルーティンで動きたいのです。
それが一番楽だし、家事もキチンとできるし…。

それとは別に、子どもが成長するに従って、家族に手がかからなくなって夫婦の時間が増えてくる…ということがあると、先日のブログでお話ししました。
夫婦の時間って、基本的に「話題の共有」じゃないですか
これ、ASDの思考回路では厳しい部分があってですね…。

自分の知識のある分野でしか勝負できないのですよ。
相手のフィールドでの会話が難しい…だから、話せる内容になると喰いついて、喋り倒しちゃうのです
それで「ハッ!」と気が付く…「またやってしまった」と。
「気を付ける」というレベルの注意力でこれが改善できていれば、対人関係で苦労していませんって。
そこが上手くいかないのがASDの悩みのひとつだったりするわけですよ。

ひとりを優先し過ぎないようにルーティンを修正して、ふたりの時間を作るように努力したとします。
それの結果がASD的な知識トークでは、私は楽しくてもパートナーが楽しいかどうか…。

自宅を離れた次女が、ポツリと「犬飼わないの?」と聞きます。
普段は部屋に籠っている長男も「猫とかいれば良いんじゃね?」とか言います。

パートナーも私も、分かっているのです。
ふたりの間に入って関係を保ってくれるコネクターが必要だということを。
パートナーと私を「on」で繋ぐコネクターが要るってことを。

ワンコかニャンコか…。
あれから1年経って、その重要性に気が付いて、だからペットを飼うということを真剣に考えても良い時期が、また来ているのかもしれません。
あの頃とは違う理由でね。

旧ブログ アーカイブ 2019/7/26

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