『便秘』から始まった話の終着点。回復期リハ病棟と退院後の暮らし
「最近、なんだか便秘が続いていて…」
このシリーズは、外来や病棟でよく耳にする、
こんなひと言から始まりました。
「便秘」と聞くと、どうしても“ありふれた症状”として、後回しにされがちです。
でもCKD(慢性腎臓病)の患者さんにとって、そのひと言の奥には、腸内環境や尿毒素、食事、薬、慢性炎症、そして暮らしまでもが、静かにつながっていました。
ただの便秘で終わらせない
酸化マグネシウムをいつもの便秘薬で出して大丈夫?
カリウム吸着薬・鉄剤・リン吸着薬と便秘
腸内細菌は腎臓に良いの?悪いの?
"腸に良い食事"は本当に良いの?
ルビプロストンは腎臓を守るのか?
便秘の先にある"静かな炎症"
ひとつずつたどっていくうちに、
「腎臓を守る」という言葉の景色が、
少しずつ広がっていったように思います。
今回は、これまでの話が、患者さんのリアルな暮らしの中でどうつながっているのかを、わたしの働く回復期リハビリテーション病棟という現場から、振り返ってみたいと思います。
「便秘」から始まった旅の終着点で、
もう一度、目の前の患者さんの顔を思い浮かべながら、わたし自身の反省も含めて書き進めてみたいと思います。
■ 回復期リハ病棟という、生活が戻っていく場所
わたしが働いている回復期リハビリテーション病棟は、急性期の病院で治療を受けた患者さんが、
自宅や施設に戻るための準備をする、いわば中継地点のような場所です。
入院期間は、数週間から、
長い方では数か月にわたります。
その時間の中で、患者さんはリハビリを重ね、食事を整え、生活のリズムを少しずつ取り戻していきます。
薬剤師として、ここでの時間はちょっと特別です。
急性期病院のように、
検査値や薬の調整に追われる毎日とは違って、
患者さんの「お通じ」「食事の進み具合」「リハの様子」「気分の波」まで含めた、いわゆる“生活の景色”を、ゆっくりと見ることができます。
CKDの患者さんも、
もちろんたくさんいらっしゃいます。
その方たちのカルテをめくるとき、
入院前から続いている便秘
食欲のムラ
体重の減り方
検査値ではうまく説明できない、なんとなくの倦怠感
といった“小さな違和感”が、
いくつも並んでいることに気づきます。
このシリーズで書いてきた「便秘」「腸内環境」「慢性炎症」は、どこか遠い研究の話ではなく、こうした日常の景色のなかにひっそりと混じっているのです。
■ 入院中に整えたい、3つの軸
入院中、CKDの患者さんに対して、
わたしが意識して整えていることは、
大きく3つあります。
どれもこのシリーズで一度ずつ取り上げてきたテーマです。
① お通じを整える
入院時、まず便秘の有無をていねいに確認します。
酸化マグネシウムの量、刺激性下剤の頻度、ルビプロストンの適応、カリウム吸着薬や鉄剤・リン吸着薬の影響——。
「いつもの下剤」のまま走り続けるのではなく、CKDの腎機能や年齢、生活に合わせて、見直していきます。
② 食事と栄養を整える
カリウム制限と食物繊維のジレンマ、たんぱく質、水分。
「制限ばかり」になっていないか、「足りているか」も同じ目線で見るようにしています。
ここは管理栄養士さんとの相談が、本当に頼りになる部分です。
③ 体と口を整える
リハに参加できているか、座位や歩行の時間が増えてきているか。
口腔ケア・嚥下・感染予防まで含めて、“静かな炎症”をしずめる地味な積み重ねを大切にします。
どれか一つだけを整えても、
退院後の生活はうまくつながりません。
「お通じ」「ご飯」「体と口」が、それぞれ少しずつバランスをとることで、ようやく腎臓を支える土台ができていく、というイメージです。
■ チームで“腸腎連関”を共有する
回復期リハ病棟のいいところは、医師・看護師・管理栄養士・リハスタッフ・薬剤師が、ひとりの患者さんを一緒に見ていることです。
カンファレンスや申し送りのなかでのちょっとした会話が、患者さんの“その後”を変える瞬間があります。
以前のわたしは、カンファレンスで「便秘どうですか?」とだけ聞いていました。でも今は、心の中で言葉を少し置き換えるようにしています。
「便秘どうですか?」
↓
「腸腎連関の視点で見て、何か気になるサインはありませんか?」
口に出すときは、もちろんもっとやわらかい言い方にします。
「最近の便、いつもと違う感じありませんか?」
「食事量が落ちてきていませんか?」
「リハ前後で、ちょっと元気がない時間帯ってありますか?」
こうやって聞くと、それぞれの職種から、自然と情報が集まってきます。
看護師さん:排便の回数や量、腹部の張り、夜間の様子
管理栄養士さん:食事摂取量、好きな食材、カリウム・たんぱく・水分のバランス
リハスタッフさん:座位時間、歩行量、便意のタイミング、表情
集まった情報を眺めると、
「便秘」だけでは見えなかった全身の景色が、
ぼんやりと浮かび上がってくることがあります。
“腸腎連関”という言葉を、医師や薬剤師だけのものにしておくのはもったいない。多職種が共有できるキーワードとしてそっと置いておくと、チームで見える景色が、じんわり広がっていく感覚があります。
この記事で取り上げている症例は、複数の症例を掛け合わせており、個人が特定されないように配慮しています。
■ 退院後に、起きたこと
ある患者さんの話をします。
入院中、
その方の便秘は少しずつ整っていきました。
食事もリハも前向きで、
退院前のカンファレンスでは、
ご家族とも笑顔で話せる時間がありました。
「家に帰ったら、妻の入れてくれたお茶をゆっくり飲みたい」と話していた表情を、今でも覚えています。
退院されてからしばらくは、
特にも何事もなく経過していました。
ただ、ご家族から少しずつ、
こんな声が聞こえてくるようになります。
「家に帰ってきてから、なんとなく元気がない日が増えてきて」
「ご飯の量が、入院していたときよりも減ってきた気がします」
「リハの先生が教えてくれた自主練、家ではなかなか続かなくて…」
どれも、はっきりとした“異常”ではありません。
検査値も、CKDの進み方としては想定の範囲内。
「年齢のせいかな」「家に戻った安心感かな」と、つい受け止めてしまえる、本当にささやかな変化でした。
でも、その小さな変化はゆっくり積み重なっていきました。
食事量が減ったぶん、
たんぱく質と水分が足りなくなり、
動く時間が減ったぶん、
筋肉も少しずつ細くなり、
便のリズムも、
また崩れはじめていたのかもしれません。
ある日、ご自宅で転倒。
骨折のため、再び入院することになりました。
病室で再会したその姿は、退院していったときよりも、ひと回り小さく見えました。
カルテを見直しながら、
わたしは何度も同じところで立ち止まりました。
「なんとなく元気がない」
「食事量がじわじわ減っていた」
「活動量が落ちていた」
——これは、シリーズ#8で書いた、“静かな炎症”のサインそのものでした。
食事量低下は、栄養とエネルギーの不足になり、
活動量低下は、便秘と腸内環境の悪化につながり、その奥でくすぶる慢性炎症は、
サルコペニア・フレイルを少しずつ進めていきます。
そして、その先にある転倒・骨折というかたちで、
一気に表に出てきてしまう。
入院中、わたしたちは「便秘」「食事」「リハ」を、
それなりに整えたつもりでした。
でも、退院してご自宅に戻ったあとの“暮らし”の中で、その積み重ねが続いていけるかどうか
—そこまではきちんと見ていなかったのかもしれない、と気づかされた出来事でした。
「腎臓を守る」って、
腎臓だけを見ていてはできない。
シリーズの中でくり返し書いてきたこの言葉が、いちばんの重みをもって、
自分のなかに戻ってきました。
■ 退院前に、もう一歩だけ準備できること
あの出来事のあと、退院前のカンファレンスでわたしが見るポイントが、少しだけ変わりました。
「便秘・食事・リハ」を整えるだけでは足りない。
その先の“暮らし”に、その整いが続いていけるかどうかまで、一緒に考える—という視点です。
いま意識しているのは、大きく3つです。
① お薬の“続けやすさ”を確かめる
退院後にも、便秘薬や吸着薬、サプリメントを続けていく患者さんは多くいらっしゃいます。
飲む回数、タイミング、副作用の感じ方、自己判断で減らしていないか。
「飲める処方」になっているかを、ご本人とご家族と一緒に確認するようにしています。
② 食事の現実を、ひとつ具体的に聞く
「家ではどんなご飯を食べる予定ですか?」
「買い物には誰と行きますか?」
「食欲がない日は、何を口にしてきましたか?」
抽象的な栄養指導ではなく、ひとつでも具体的な日常の話を聞いておくと、退院後の食事のつまずきポイントが見えやすくなります。
このとき得られた情報は、必ず管理栄養士と共有します。
③ 動ける環境とつながりを確かめる
自宅の階段、トイレまでの距離、デイサービスや訪問リハの予定、近くに頼れる人がいるか。
「動ける時間と気力を、誰と、どう保っていくか」までを、リハスタッフさんや看護師さんと一緒にイメージするようにしています。
もちろん、すべてを退院前にカバーすることはできません。
ただ、「退院おめでとう」で終わらせず、その先にちょっと目を凝らしておくこと。
それだけで、再入院になってから「あのとき、もう一歩聞けたかも」と立ち止まる回数を、少しでも減らせるのかもしれない、と思っています。
■ 薬剤師として、ママとして思うこと
シリーズを書きながら、何度も自分に返ってきた言葉があります。
「腎臓を守る」って、
腎臓だけを見ていてはできない。
お通じ、ご飯、体の動き、心の元気——。
検査値の数字には出てこない、ささやかな一つひとつが、少しずつ重なって、腎臓を支えています。
ふと、家にいるときの自分にも重なります。
子どもの「お腹いたい」「ごはん食べたくない」「なんとなく元気がない」。数字や検査値ではなく、いつもと違う表情やリズムから、なんとなく違和感を察するあの感覚。
ママとして家族を見るときと、
薬剤師として患者さんに寄り添うときは、
案外、似ているのかもしれません。
退院後の「なんとなく元気がない」を、
ご家族や周囲の方が、
ふと拾える社会であってほしい。
そのために、医療者として、
入院中にどれだけ準備ができるか。
退院前の数日間に、何をひと言かけられるか。
大きなことはできません。
でも、「便秘どうですか?」のあとに、
もうひと言だけ、
心を込めて続けられるようになりたい——。
このシリーズを書きながら、
改めてそう思いました。
■ 便秘の話が、連れてきてくれたもの
「最近、なんだか便秘が続いていて」のひと言から始まったシリーズも、今回で最終回です。

すべての話は、ひと続きだった
便秘・酸化マグネシウム・カリウム吸着薬と鉄剤・腸内細菌・食事・ルビプロストン・慢性炎症、そして退院後の暮らし。
振り返ってみれば、ずいぶん遠くまで歩いてきたように感じます。
でも、すべてが「便秘」というひと言から、地続きでつながっていました。
明日の現場で、患者さんに「お通じどうですか?」と尋ねるとき。
その背後にある、腸・腎臓・免疫・暮らしのつながりが、ほんの少しだけ思い出されたら。
そして、そのあとに続くひと言が、いつもと少しだけ違うものになっていたら。
このシリーズを書いた意味があったのかな、と思います。
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
■腸腎連関シリーズ一覧が入ったマガジンはこちら
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします!いただいたチップはオロナミンCの購入費としてモチベーションと活力アップに使わせていただきます✨