病院から病院へ出勤する1ヶ月半。子どもの入院付き添いで、ママ薬剤師の頭がバグった話
朝6時、
小児科病棟の硬い簡易ベッドで目を覚ます。
子どもの熱を測り、自分の顔を洗い、
化粧をする。
仕事の資料をバッグに詰め込んで、
私は「自分の働く病棟」へと出勤する。
病院から病院へ。
我ながら、なかなかシュールな通勤だと思う。
バグその①:私はどこにいる?
最初の1週間は、正直なめていた。
「まあ、1週間だし」と思っていたのに、
退院予定日の朝に主治医からひとこと。
「もう少し様子を見ましょう」
それが延長に次ぐ延長で、気づけば1か月半。
夫と交代しながら
付き添い・仕事・付き添い・仕事を
繰り返すうちに、
だんだん自分がどこにいるのか
わからなくなってきた。
ある日の昼下がり、
職場の廊下をすたすた歩きながら、
私はきょろきょろしていた。
「あの看護師さん、どこ行った?」
探しているのは、
入院先の小児科病棟の担当看護師さんだった。
相談したいことがあって探していたんだけど…
ここは私の職場。
小児科病棟は、車で40分離れた別の病院。
頭では、ちゃんとわかっているつもりだった。
でも足が、目が、勝手に探していた。
これが本当の意味で「バグった」瞬間だった。
バグその②:職業病は止まらない

子どもに投与されていた点滴は、
血管炎が起きやすい薬だった。
薬剤師として、それは知識として知っていた。
だから付き添い中、
私の目は常に刺入部に吸い寄せられていた。
発赤はないか。
腫れはないか。
点滴の落ち具合はどうか。
看護師さんが処置に来るたびに、
心の中で「ルート、問題なし」と呟いていた。
完全にお仕事モードのそれだった。
夜中にアラームが鳴った瞬間、手が動いた。
止めようとした。
—さすがに止めなかったけど。
そしてある日、
自分の腕の産毛がやたら気になりだした。
あれ、なんか濃くなってない……?
子どもはステロイドを使っていた。
でも投与されているのは子どもで、私ではない。
わたしの毛の濃さは、
ステロイドとはなんの関係もない。
それはわかっている。
でも不安になった私は夫に確認した。
「ねえ、私の毛、濃くなってない?」
夫の返答はこうだった。
「濃くなってないから落ち着け。
仮に濃くなっても、
最終的に脱毛でOKじゃない?」
……わけのわからない着地だった。
夫もバグっていたのか?
職業病というのは、白衣を脱いでも、
睡眠不足が続いても、止まらないらしい。
バグその③:牛乳と薬と私

イヤイヤ期まっさかりの子どもが、
入院中に突如「牛乳大好き」になった。
しかも
「この小さくてかわいい牛乳じゃないとイヤ!」
という、なかなか条件が細かいこだわりつき。
指定の牛乳を求めて、
病院近くのスーパーを
毎日のようにめぐる日々が始まった。
入院期間の終わりには、
スーパーの店員さんに
「今日も牛乳ですか?ありますよ」
と声をかけられるようになっていた。
完全に顔なじみになっていた。
さらに困ったのが、
「牛乳で薬を飲みたい」と言い出したことだ。
薬剤師として言いたいことはある。
牛乳で飲んではいけない薬がある。
吸収に影響する薬がある。
ちゃんと説明したほうがいいことも、
わかっている。
でも入院終盤、私の心は折れていた。
「……今回の薬は、まあ、大丈夫なやつだから」
これが私の出した答えだった。
薬剤師的には一応セーフ?
でも「全力でちゃんとやっていた私」は、
とっくにどこかに消えていた。
バグその④:一番しんどかった自己嫌悪
職場では、
患者さんにも家族にも穏やかに話せる。
「お薬の飲み方、わからないことがあったら
何でも聞いてくださいね」
と、にこにこ言える。
なのに。
小児科病棟に戻って、
ぐずる子どもを前にすると、ぷつっと切れた。
「もう!さっきも言ったじゃない!」
患者さんの家族には優しくできるのに、
自分の子どもには怒鳴ってしまう。
シャワーも2日に1回がやっとで、
ごはんはコンビニのおにぎりで、
それでも「付き添いなんだから当たり前」
と自分に言い聞かせて、
じわじわと削れていった。
家族の側に立って、初めてわかったこと

この経験で一番変わったのは、
退院指導への向き合い方だ。
以前の私は、
家族への服薬指導でこう言っていた。
「食後にちゃんと飲ませてくださいね」
「忘れずに続けることが大切ですよ」
ど正論をかましていた。
でも今ならわかる。
「食後に」って、その食事を作る
余裕がない人に言っていたかもしれない。
睡眠もシャワーもままならない人に
「続けることが大切」
と言っていたかもしれない。
だから今は、
薬の話の前に少し聞くようにしている。
「この用法、できそうですか?」と。
薬を減らすことは、
飲ませる家族の負担を減らすことでもある
—そういう実感が、あの1か月半から生まれた。
おわりに
しんどかった。本当に、しんどかった。
でも「病院に勤める人間が患者家族になる」
という経験は、
たぶん研修では絶対に学べないことを
教えてくれた。
今、病院の簡易ベッドで付き添いをしている
お父さん、お母さん。
本当に、本当にお疲れ様です。
しんどいですよね。あれは。
そして同じように頭がバグった経験のある方
—「自分の職場で
別の病院のスタッフを探していた」
「牛乳を買いすぎて店員に覚えられた」など、
珍エピソードをぜひコメントで教えてください。
私だけじゃないと信じたい。
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