さよなら、「ハンドメイド」。こんにちは、「コスチュームジュエリー」
あなたのブランドに、運命を変えた「1万円の使い方」はありますか?
これは、パリの蚤の市で見つけた「好き」という情熱と、たった1万円の「戦略」で、無名だった私のブランドブースに奇跡の人だかりが生まれた日の物語。
ブランドを運営していれば誰もが直面する、「値上げ」と「路線変更」の壁。
「ファンが離れたらどうしよう」
そんな恐怖で足がすくんでいた私の背中を押したのは、ほんの少しの勇気でした。同じように悩むあなたの心を、少しでも軽くできたら嬉しいです。
この記事は、私の人生を振り返る連載の第10弾です。
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(note公式注目記事にピックアップしていただきました!)
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2016年6月。27歳。 今から、9年前。
パリの蚤の市で出会った「フランスヴィンテージ」と呼ばれるパーツが、私のものづくりの根幹を揺るがした。何十年、もしかしたら百年以上も前に作られたであろうガラスやメタルのパーツたち。くすんだ輝きの中に、現代の製品にはない圧倒的な物語と存在感が宿っていた。それを手に取った瞬間、体中のアドレナリンが湧き立ち、全身の細胞が「こっちだよ」と叫んでいるような感覚に襲われたのだ。
「このパーツで、作りたい」
帰国後、私はその衝動のままに夢中で制作に没頭した。今までのお花のアクセサリーとは全く違う、どこか無骨で、けれど洗練されたコスチュームジュエリー。作っている時間が、心の底から楽しかった。これだ。私が本当にやりたかったのは、この世界なんだ。
古いパーツと、天然石の組み合わせは、私が今まで見たことがない、でもとてつもなくかっこいいイヤリングを形作ってゆく。制作の手が止まらない。私は夢中になって思いつくままに形に仕上げていく。
片耳しかなかった、欠損の愛おしいヴィンテージイヤリングたちは、片耳イヤリングにアップサイクルした。この時から、「リメイク」が始まり、ゼロイチで作るより何倍も自分の心が湧き立つことを知る。
全てのパーツを形にしたい。大量のアイテムたちを、私は無心で一気に仕上げていった。
デザインを考える、なんてたいそうなことはしていない。すでに素敵な魅力あふれるヴィンテージたちを、一番引き立つ形に組み合わせてあげるだけだ。パーツが答えを持っている。私は手を動かすだけだった。
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パリで見てきた空気をそのまま届けたい。
"今の自分の気分"と、"自分が作るものづくり"が、人生で初めて合致した時だったかもしれない。学生時代からやってきたものづくり。自分が好きな雰囲気と、「作れるもの」にはずっと乖離があった。技術がなかった。でも、この時初めて、「作ったもの」が、「自分の欲しいもの」、そのものに重なったのだ。それが嬉しくてしょうがなかった。わたしはここから、他のブランドのイヤリングを完全に身につけなくなった。
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しかし、情熱だけでは乗り越えられない壁がいくつも目の前に立ちはだかっている。そう簡単に物事は進まない。
まず、価格の壁。
ヴィンテージパーツは、当然ながら仕入れ値が高い。これまで4,000円台で販売していたアクセサリーと同じ利益率を保つには、価格を2倍近く引き上げる必要があった。お客様は、この値上げを受け入れてくれるだろうか。怖すぎた。売れなくなるんじゃないか。無名ブランドの8,000円のイヤリングなんて、誰が買うんだ……?
次に、ファンの壁。
これまでのお花のアクセサリーには、それを愛してくれるファンの方々が、ありがたいことに確かに存在した。百貨店初出店から4ヶ月、イベントを重ねるごとに、少しずつ、でも確実に、私のブランドを支え、温かい言葉をかけてくださる大切な方々がいらっしゃった。新しい作風に舵を切ることは、そんなお客様たちを裏切ることになるのではないか。その思いが、重く心にのしかかる。
完全な移行は、怖かった。あまりにも怖すぎて、決断ができなかった。
だから私は、逃げるようにとりあえずの結論として、「二刀流」の道を選んだ。今までのお花のコレクションと、新しいヴィンテージのコスチュームジュエリー。二つのラインを並行して作り続けることにしたのだ。
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ブランドの「顔」を作る決意
パリからの帰国後、8月に大阪の百貨店でのイベントは決まっていたものの、6月と7月は関東での出展予定が何もない、空白の2ヶ月だった。そんなに簡単にイベント出展が立て込むわけでもない。私はまず、とんでもないスピードで仕上げた新しいコスチュームジュエリーをオンラインショップに並べてみた。
今まで作っていたお花のアクセサリーと違って、全てが1点もの。全てのアイテムの撮影をし、商品ページを作って、の出品作業はなかなかに骨の折れる作業だった。しかし、Instagramでフォロワーさんから、「楽しみに待ってます!」とお声をいただいたことだけがガソリンとなり、夢中になってページを仕上げた。12種類、まずはアップした。
価格はいきなり2倍は怖かったので、6600円にした。正直利益は少ない。この金額で百貨店出店は不可能だ。それでも、自分にしたら十分、高額なアクセサリーだ。貧乏魂が染み付いていた私が、一購入者として、無名のブランドへ出せる価格の精一杯ギリギリを設定した。ああ、ブランド力が、欲しい……。
めちゃくちゃ可愛いものができている。しかし、価格も価格だし、正直すぐに売れるとは思っていなかった。
オンラインショップに商品を入荷したことを、Instagramに投稿した。すると、いくつかのアイテムが立て続けに「SOLD OUT」になった。バババッと、本当にあっという間に。
「え…?」
しばらく呆然とminneのページを眺める。う、売れてる……。じわじわと実感が湧いてくる。売れた……?新しい価格の、値上げした価格の、そして、これまでと全然違う種類のコスチュームジュエリーという種類のアクセサリー。この価格で、買ってくださった方が、いる……!
驚きと同時に、胸の奥で小さな光が灯った。
──もしかしたら、本当にいけるのかもしれない……。
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この予感を確信に変えるため、私は一つの決断をする。
「ブランドの『顔』となるビジュアルを作ろう」
ただ作品を並べるだけじゃない。この新しいコスチュームジュエリーが持つ世界観を、写真で伝える。そんなビジュアルを作り直そう。最初にビジュアルを作ったのは、ブライダルのヘッドドレスとしてのブランド用だった。新たなブランドの方向性に合うビジュアルを、世界観を、作り直そう。

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Instagramで理想の雰囲気を持つモデルさんを探し出し、知り合いのヘアメイクさんとカメラマンさんに声をかけた。
ここで私がこだわったのは、「外国人のモデルさんを起用しない」ということ。
確かに、外国の方をモデルさんにすれば、ラグジュアリーで高級な雰囲気は簡単に出せる。でも、私はこのフランス生まれのヴィンテージジュエリーが、「私たち日本人にこそ似合う」ということを伝えたかった。見てくれた人が、それを「自分ごと」として捉え、自分自身を投影できるような、そんなビジュアルにしたかったのだ。


どこか異国の雰囲気を漂わせながらも、親近感のある抜け感。そんな理想を体現してくれるモデルさん、カメラマンさん、ヘアメイクさんと共に作り上げた写真は、今でも私のお気に入りのトップ3に入る、最高の出来栄えとなった。


ハンドメイド特有の素朴さではなく、エフォートレスでおしゃれな「ブランド」としての風格。この写真たちが、間違いなくブランドに新しい箔をつけてくれた。

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1万円の投資が生んだ、奇跡の人だかり
新しい「顔」を手に入れた私は、もうオンラインの小さな成功だけで満足しているわけにはいかなかった。
次のステップとして、8月の百貨店イベントの前にどこかに出店しようと考えた。というのも、このヴィンテージアクセサリーの手応えを、オンラインだけでなく実際のイベント会場でテストマーケしたかったのだ。そして選んだのが、国内最大級のハンドメイドの祭典「ハンドメイドインジャパンフェス(HMJ)」だった。
正直に言えば、私は一日でも早く「ハンドメイド」という枠組みから抜け出したかった。「ブランド」として生きていくと決めていた。ハンドメイド作家と呼ばれるのが嫌だったし、私は頑なに「アーティスト」「デザイナー」と言い続けていた。自分から絶対に「ハンドメイドブランドです」と名乗らないようにしていたくらいだ。そんな私がHMJに出るのは本末転倒じゃないか、と思われるかもしれないのだが、私は1つ、試してみたいことがあった。
それは、Instagramでチェックしていた憧れのブランドさんが、以前、このHMJで非常に洗練された方法で出店をされているのを見て、私もこれを学べる部分は実践してみたい、と思っていたのだ。
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ハンドメイドイベントは、巨大なイベント会場に、何百というブランドがひしめき合う。小さなテーブルに商品を並べただけでは、間違いなく埋もれてしまう。しかし、その憧れのブランドさんのブースは違った。「仕切りパネル」を立てることで、会場の中に自分たちだけの独立した「空間」を作り出していたのだ。明らかに目を引く。明らかに別格の雰囲気が出ている。商品が良い云々の前に、とにかく「目に留まる」のである。
何百、何千、近い出店者の中で、仕切りパネルを使って空間から作っている出店者は当時、1割もいなかった。そのため、きっとパネルって相当高いんだろうな、と予想していたくらいだ。
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しかし、いざ自分が出展するとなり、レンタル備品のカタログを調べて私はある種の興奮を覚えた。ブースを「コ」の字型に囲うパネルは高価だった(3万円ほど)。確かにハンドメイドブランドにとって、その出費は痛手かもしれない。私にとってもそうだ。
しかし。L字型に2枚だけ立てるプランなら、1万円ちょっとで借りられることを発見した。え?こんなに安いの?なのに、こんなに使っている人少ないの……?これなら私でも出せる!
1万円。当時の私にとって、もちろん決して安くない投資だった。でも、実際に現場に足を運んだことがあったからこそ、費用対効果を考えるととんでもない投資だと思えた。1万円かけるだけで、異常に目立てるのだ。これは広告費だ。無名のブランドがお客様の視界に引っかかるための、最高の「アイキャッチ」になる。私は、けっして多くはない予算の中から、このパネル代へ投資することを決めた。
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イベント当日。東京ビッグサイト。
想像して欲しい。だだっぴろい平面な空間に、何百というテーブルが並び、何百というハンドメイドブランドが並んでいる様子を。そして、その中に、パネルで仕切られている空間がほんの数箇所だけ、浮き出たようにある様子を。

私のブースは、周りとは明らかに違う空気を放っていた。L字に立てられた白いパネルが、雑多な会場の中に小さなギャラリーのような空間を生み出していた。20m先からでも私のブースは目に入る。
壁に貼ったブランドビジュアルのポスターは、経費削減のためにコンビニで印刷した50円カラープリント。ちゃんと額装するべきだが、パネルに1万円を出しているのでそんな余裕がなかった。壁に貼り付けたペラペラのA4のプリントは、お世辞にも立派とは言えないものだったが、正直十分だった。遠くから見て、「なんだかあそこだけ違うぞ……?」と思ってもらえれば、それで勝ちだったのだ。
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そして、奇跡が起きた。
イベントスタート後、すぐに私のブースの前に、人だかりができたのだ。
初めは一人、また一人と足を止めてくださる方がいる、という程度だった。しかし、誰かが作品を見てくださっていると、また次の人が興味を持って足を止める。「人だかりが、さらなる人だかりを呼ぶ」という現象が、目の前で起こっていた。
パネルは遠目からでも目立つ。そして、そこに人だかりができているとさらに目立つ。
それは、今まで経験したことのない光景だった。これまでは、お客様お一人お一人とじっくり向き合い、商品の説明をして、ようやく一つ買っていただける、というスタイルだった。しかし、この日は違った。私が他のお客様と話している間に、別のお客様が作品を手に取り、購入を決めていく。「接客なしで売れる」という経験を、私はこの日初めてしたのだ。
大ぶりのアクセサリーがトレンドになり始めていた時流も、確実に味方してくれた。しかし、間違いなく、あの衝立パネルが作った「空間」が、お客様の足を止め、興味を惹きつけるきっかけになってくれた。
デザインも大事だけど、"仕掛け"がこんなにも力を発揮するのか、と強烈に学んだ原体験だった。
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震えるほどの変化と、次なる旅への決意
新しいコスチュームジュエリーは、従来の1.5倍ほどの価格をつけていた。それでも、どんどん、売れていった。
怖かった。新しいラインのアクセサリーを始めるのも、値上げをするのも。既存のファンを失うのも。だから、お花のアクセサリーをゼロにすることはできなかった。でも、この日の景色は、私に大きな勇気をくれた。
「こっちの道へ、振り切っても大丈夫かもしれない……。」
このイベントでの成功体験は、私の中で震えるほどの大きな変化だった。商品の力だけでなく、見せ方、空間作りという「戦略」が、お客様の心を動かすことを肌で感じたのだ。
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そして、このHMJでの出会いは、さらなる奇跡を運んできてくれた。ハンドメイド関連の書籍の編集者の方から取材の依頼をいただいたり(!)、新規のお取り扱いを希望してくださるショップの方からお声がけいただいたり。たった1万円のパネルへの投資が、お金では到底買うことのできない、未来への扉をいくつも開けてくれたのだ。
このイベントが終わる頃には、パリから持ち帰った貴重なヴィンテージパーツの多くが、お客様の元へと旅立っていった。2日間のイベントで、在庫が減ってしまったのだ。
嬉しい悲鳴と同時に、焦りが募る。
今手元にあるヴィンテージパーツがなくなったら、また私は売れないブランドに戻ってしまう──
私はHMJで即日手に入れた売上を、再びパリへ向かう航空券を予約した。4ヶ月後の、10月のフライトだ。お金がなくなることより、売れないブランドに戻る恐怖の方が強かった。この見つけた希望を、逃したくない。本当はもう少し早く行きたかった。でも、ありがたいことに出展が9月まで決まっている。
私のブランドは、フランスでパーツを買い付けるブランドになる。新しい私の覚悟が決まった時だった。
あの日、HMJの会場で見た人だかりの光景。それは、ただ商品が売れたという喜びだけではない。恐怖を乗り越え、自分の信じる「好き」と「戦略」を貫いた先に、こんなにも明るい世界が待っているのだと教えてくれた、私の人生における、忘れられないシーンの一つなのだ。

しかし。
順風満帆にはいかないのが世の常だ。
私はこのあと、とあるイベントの初日、自分の全てを否定されたような気持ちで、泣きながら人混みの中を帰ることになる。スポットライトの当たる場所から、一瞬で冷たい日陰に突き落とされたあの日。その胸を抉るような痛みが、私を本当の意味で強くしてくれた。次回はそのお話。
人生はそんなに、甘くない。
でも、あきらない人に、人生は希望をくれるものでもある。
<つづく>
執筆後記
毎週連載しているこの人生の物語お読みくださっている皆さん本当にありがとうございます。前回の記事はありがたいことにノートの公式の注目記事にピックアップしていただけたことで、いつもよりもたくさんの方にお呼びいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます。
今日は、無名のブランドが、どんなふうに集客するのか、そしてどのようにして人だかり(人気な雰囲気)を作ることができるのか、というのを、物語を読みながらテクニックも学んでいただけるような内容として書いてみました。何百とあるブランドの中で目立つためには、良い商品を作ることよりも、仕掛け、を作ることが非常に重要で効果がある手法だと思っています。
無名ブランドが「行列」を作るために。この記事でご紹介した3つの戦略
世界観を「視覚化」する
ただ作品を並べるだけでなく、モデルやプロの手を借りてブランドの「顔」となるビジュアルを作りましょう。その一枚の写真が、価格以上の価値を伝えてくれます。お客様にとっての「こうなれる」「こういうブランド」を直感的にイメージしてもらえるようにするのが目的です。これがブランディングの、一丁目一番地。イベントでは「商品を売る」のではなく、「空間を作る」
何百ものブースが並ぶ中で、お客様の足を止めるのは「商品」の前に「空間」です。たった1万円のパネル投資のように、「視線を奪う仕掛け」は最高の広告になります。小さな成功体験を積み重ねる
いきなり大きな舞台を目指すのではなく、まずはオンラインで反応を見ましょう。小さな「売れた!」という事実が、次の大きな挑戦への自信とガソリンになります。その後、実際に対面イベントで手応えを探りましょう。購入に至らなくても、さまざまな情報をお客様からいただけます。
少しでも参考になりましたら幸いです。
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毎週土曜日に、エッセイを更新していて、この記事の連載、人生の物語は毎週火曜日18時に更新しています。
また来週、お会いできましたら幸いです。
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