The Pink Panther_#1解決
●あらすじ
欲望渦巻くアジア最大級の自由貿易港湾都市新東都で活動をするタイタス・ホーガン。『新東都公安機動部隊』の生き残りであるタイタスは現在「迷子探しから要人警護、あなたのお困りなんでも解決!」を謳う万屋『ピンクパンサー』を営んでいた。
ある日馴染みの情報屋ロバートから受けた依頼。それは「サテライトを牛耳る民間軍事会社『ネクサス』が怪しい動きをしているから実地調査をして来い」という内容だった。
調査へ向かったタイタスが出逢う謎の少女エリス。彼女はタイタスが友を失った事件『聖別』を起こした超兵器『プロメテウス』と深い関係が。
都市の均衡を揺るがす陰謀に、男の過去が再び動き出す──80年代アクション映画風エンタメ小説。
#1解決
新東都港湾地区第3ブロック──。海運業者の貨物庫が立ち並ぶ区画。
「~゛~ッ!」
僅かな夕日だけが入る薄暗い倉庫。潮の匂いと機械油の入り混じる空気の中で一人の少女が手足を縄で拘束され、座らされていた。布轡を嵌められ、その顔貌は恐怖に震える。彼女は声も満足に上げられず芋虫のように身動ぎをすることしか出来ない。
「大人しくしやがれッ!」
無駄な抵抗を繰り返す少女を見かねて、脅すように拳を振り上げながら巨漢が吠える。その剛腕は肩から先が無骨な機械義肢に置き換えられており、その総身は最早人間というより破壊装置とさえ思えた。
「おい! 傷にするな? 商品だぞ」
「わぁってるァ!」
連れの痩躯にたしなめられて、やり場を失くした鋼鉄の拳骨を徐に下ろす。自分の鉄腕が人間相手には加減を許さぬ凶器であることは、当人が誰よりよく知っていた。彼が苛立ちのままに一発でも振り抜けば、痛い目にあわせるどころか商品を粗挽き肉団子に変えてしまう。
「本当はちまちま取引なんかせず、ダースでやりたいんだがねぇ? ここも警備が嗅ぎまわってる。人売りも楽じゃない……」
誰にともなく独り言ちながら、スマートパッドを操作する。画面に映されるのは暗号化された取引チャットだ。
「……あ? 圏外? 壊れたか……? いや、まさかッ!」
嫌な予感が男の脳裏を過ぎる。しかし、もう遅い。落雷を思わせるようなけたたましい音と共にシャッターが閉じる。その衝撃で舞い上がる砂埃。薄暗がりから闇へと変わる。
──反響の後に、寸秒の静寂。
唯一の灯りは手許の端末画面のみ。徐々にこの暗さに目が慣れていく。剣呑な空気の中、機械眼で暗視の利く大男の方が気付く。
「おい! ブツがいねぇ!」
「なっ!?」
痩躯の男が慌てて少女を座らせていた椅子へと光を向けた。
バッ
同時、倉庫の電灯が一斉に点く。二人揃って、眩しさに目を覆う。
「ッず……!」
遮光のため腕を上げた巨体の男。がら空きとなったその出っ腹へと刺し穿つような蹴りが見舞われた。電柱でも突き刺されたような衝撃に、男の巨躯は”く”の字に折れ曲がる。呼吸器から悲鳴じみた吐息を零したその頭部──叩き込まれるは膝蹴り。団子鼻から赤を噴出させながら大男は意識を失い地へ沈む。
「テメっ!」
痩せ男がようやく声を漏らした。理解が追いつかない。不意打ちとはいえ戦闘用の強化義肢を着けている相棒が手も足も出ず沈められた──僅か二撃で。恐怖と焦りの中、痩せ男は懐に手を突っ込み拳銃を敵影へ突き付ける。
「……は、ぁ……?」
拳銃を突き付け──拳銃を……得物を向けた、その……はずが、指先は黒鉄でなく虚空を握り込み、銃口は己の額へと突き付けられていた。まるで意味が分からない。いや、状況は理解できる。大ピンチだ。笑えない。確かに腕が一瞬軽く叩かれた感触はあった。しかし、たったそれだけで拳銃が奪われるまでの惨事になっている道理が解からない。
「タネ教えてやろうか? ”剪断力”ってやつだ。後は……まぁ、勉強しな。これからしばらく時間はあるんだ。オツトメ先で」
銃を掲げる前腕と銃身へ、左右から同時に挟み込むように力をかけることで得物を奪い取ることが出来る──それが、彼が今仕掛けた『武装解除』。
「命取りはよそうぜ? お互いさ。な?」
その男声は優しい──というよりは呆れたような疲れた声音だった。それは幾多の修羅場を潜ってきた者だけが持つ余裕を感じさせた。
「あ、あぁ……」
力ない笑みを浮かべながら、細い両手を挙げて”降参”を示す。
「よぅっし、いい子だ」
それを見て、男は拳銃の向き先をゆっくりと変えた。次瞬、乾いた音が二つ──否、三つ。短く響いた。
パパンパンッ
「こちらタイタス。状況終了。何゛?! 五月蝿くて聞こえない!? 誰? ……ってこの回線使うのなんて俺しかいないだろ! こちらタイタス! 状況終了!! ターゲットは無事保護したのでジジイんとこへ納品する! 以上!!」
タイタスと名乗った男のやり取りの裏で、声にならない苦悶の叫びを上げながらガリとデブは床を転げまわる。
「五月蝿ェッ! 骨は外した、ちょっと縫えばすぐ治るよ。逃げられないようにしただけだ。そうやって騒いでりゃ警察か警備が見つけに来るだろ。じゃあな」
痩は両足を、太は脹脛を──彼が言ったように骨は砕かずに肉だけ撃ち抜かれていた。太脹脛は兎も角として、革靴の上から両の足の骨を避けて撃ち抜いたのは偶然かあるいは必然か……。
「て、テメェ……タイタスって、まさか……!」
「あぁ~知ってるクチか……有名になってきたもんだ」
ガリガリと頭を掻いてから、男は名刺を投げつける。
「迷子探しから要人警護、あなたのお困りなんでも解決! 万屋『ピンクパンサー』」
荷の影へと隠した少女をそっと抱え上げる。少女の目には、涙と安堵とが混じった光が灯っていた。──それを認め、男は最後の言葉を添えた。
「代表、タイタス・ホーガン。ご贔屓に」
