The Pink Panther_#4相棒
#4相棒
新東都金融地区第5ブロック。金融会社のビルやデータセンターこそ多いが、第1~4区に比較すると住宅マンションも多く立ち並ぶいくらか庶民的な区画だ。ぽつぽつと飲食店もあり、それらの屋根や屋上に建てられたデジタルサイネージのほとんどにはダンディな中年男性が拳を掲げて『ネクサスと共に──』と謳っている。サテライト最大手PMCであるネクサスの顔、ウォルト・渡部の写った広告だ。それを掲げることで小金が稼げる上、「平和モットーに共感です」というポーズまで取れるというので、種銭のある小金持ちはこぞって家にまでサイネージを設置している。そんなウォルトだらけの街に建つ、小さなウォルト無しアパート。その一棟がまるごとタイタスの居城であり万屋ピンクパンサーの事務所だ。
「そこのあなた!」
ドローンを担いでちんたらと歩いていたタイタスは女に声をかけられた。えらい気合の入ったハリキリガールだ。「お、逆ナンか?」なんて思い振り返ると──。
「警察です! こんな時間に無人航空機を持ってどうされたんですか? お話をお伺いしたいのですが!」
黒髪ショートの新人婦警の職務質問とは……俺もツイてるね。
「ええ。構いませんよ。あ、でも先に手帳を見せてもらっても……?」
猫かぶりで訊ねる。
「はい! 敷島美空巡査です!」
元気いっぱい、取り出した警察手帳を掲げる。
(……!?)
耳を疑い、目を疑い、警察手帳と彼女の顔をタイタスは幾度も確認した。
(敷島、美空……? いや、まさか…………)
敷島巡査はタイタスの僅かな動揺による瞳の揺らぎには気付いていないらしい。しかしタイタスの一挙手一投足を観察している眼──それはまるで、かつての”あいつ”の眼だった。だが、目の前の彼女は明らかに経験の浅い新米巡査──声も態度もどこか真面目過ぎて、ぎこちない。
「……へえ、敷島さん、ね。ありがとうございます。いや、こんな街だ。偽物だったら怖いななんて思って。疑ってすみません」
抱えていたドローンを地面に置き、タイタスは平静を装いつつ丁寧に応対する。裏稼業をしている手前、本物の正義屋さん相手の立ち回りも当然弁えていた。
「っと……俺はこういう者です。迷子探しから要人警護、あなたのお困りなんでも解決! 万屋『ピンクパンサー』! ってやらせてもらってます。万屋……まぁ、何でも屋ですね。事務所がすぐそこなんです。今は仕事帰りで」
名刺を手渡して、「測量仕事があった」なんてテキトーな嘘八百を並べながら悪目立ちする色のドローンを指差す。
「ホーガンさん。登録番号を調べても?」
「どーぞどーぅぞ」
盗難を疑っているのだろう。仕事に実直。そんな様子も”あいつ”を想起させる。
「ありがとうございます! 確認が取れました。お仕事お疲れ様です!」
「婦警さんも、お疲れ様。……けど、こんな時間にちょと珍しい物担いで歩いてる奴見つけたからっていちいち声かけてたら身が持たねーぞ? 新人さん」
そうは言いつつも、俺を嗅ぎ付ける嗅覚は称賛に値する。
「……任務ですから!」
一気に砕けた調子で語りかけた俺に一瞬目を白黒させたが、変わらず毅然とした態度で身を正す。
「私はまだまだ半人前ですが、こうして街の治安維持に関わってる実感があるだけで、やりがいを感じてます。いつか──兄みたいな立派な警官になりたいんです」
くすぐったくなるような真っ直ぐな言葉。だが、だからこそ危なっかしい。老婆心が湧いてくるのは、この小骨の引っかかりのせいだろう。
「へぇ……お兄さんも警察官なんですね?」
覚えた疑念を探るため、問いかけた。
「はい。兄は……2年前に殉職してしまいました……」
眩しかった彼女の表情が一気に暗くなる。
「ッ……! それは、デリカシーに欠きました。申し訳ない」
申し訳ないとは本気で思ったが同時、それ以上に疑念が確信に変わったことで胸中のザワツキは膨れ上がった。
(敷島…………)
敷島圭太郎──。俺のSPS時代の唯一の友人である。そして彼女、敷島美空の兄だろう。年の離れた妹がいるという話を彼から聞いた覚えはあったが、合点がいく。
「ひったくりー!」
タイタスが感傷に浸っていたところで、悲鳴が聞こえた。
単車に二人で乗り、後ろの奴が女性から鞄を奪い取っていく場面がまさに起こっていた。いや、警官の居る傍で馬鹿なマネするなんて……という気持ちは当然湧くが、新東都での警察官の舐められっぷりを表す日常風景であるとも言える。
「タイタスさん、少し離れていてください──」
いや、帰らせてくれよ……なんて思ったが、新米巡査に言われるがまま大人しく従う。
刹那──敷島巡査はホルスターからリボルバーを躊躇なく抜き放ち、発砲。
おいおいココはいつからテキサスになったんだ? とタイタスが驚いた次瞬、鏘然鏗然大きな音を立てて二輪車は大回転の横滑り。そして、更に驚くべきことに、前後ともタイヤに大穴が開いてバーストしていた。
「なっ! ……アンタ、一発しか撃ってなかったよな!?」
早撃ちかとも一瞬疑ったが、手中の拳銃弾倉の様子を見るに撃ったのは音の通り一発。
「はい。弾をみだりに撃つと報告書でややこしいので。あ、二人とも軽傷ですね。良かったぁ。確保してきます」
自慢げに語るわけでもなく、さも当然のように言って少女警官はトットコと現行犯逮捕へ向かう。
(SAKURAの一発でタイヤ二本をブチ抜いただって──? そんなの、まるで……)
「兄貴譲りか……」
●
ちょっとした想定外はありつつタイタスが居へ帰りつくと、同居人が見ているのだろうニュースの音が聞こえた。
『──づいてのニュースです。昨夜未明、世界最大級の自由貿易港湾都市、新東都の旧湾岸第6ブロックにおいて、違法サイバーウェア密造グループが摘発・制圧されました。ネクサス社が誇る強化歩兵”Augmented Tactical Limb And Synapse”で構成された治安部隊”ティターンズ”がグループの拠点を制圧したと発表がありました。映像はネクサス提供のドローン映像です』
高度な義肢技術の果てに人体の強化改造技術を生み出したネクサスは、その施術を受けた強化兵アトラスを作った。そんなアトラスが常人離れした八面六臂の大立ち回りを繰り広げる様子の空撮映像が流れる。それはともすればR15且つ暴力的な映像だが、「これは正義の鉄槌である!」とばかりに堂々報道されていた。
『ご覧の通り、安全を最優先とした精緻な作戦により、民間人ならびに貨物への物的被害などは出ていないとのことです。治安維持の最前線に立つ彼らティターンズは都市の平和を守る象徴として、国内外から高い評価を受けています。また、ネクサス代表取締役社長のウォルト・渡部氏よりビデオメッセージを頂いております』
画面がアナウンサーから、白を基調とした立派な社長室へと切り替わる。泰然と現れた銀の揃えに身を包んだ黒髪の男。ウォルト・渡部。
『今年開発10周年を迎える新東都、サテライトは素晴らしい国家プロジェクトであり、世界を繋ぐ架け橋です。──であると同時、異文化の集まる不安定な、世界の縮図です。だからこそ美しい。そんなサテライトを守りたい。皆さんの生活を守りたい。我々はあなたの味方、悪の敵。サテライトの明るい未来はネクサスと共に──』
そこでテレビはプツリと消された。
「何が『サテライトの明るい未来はネクサスと共に──』よ。プロパガンダね、しゃらくさいわ。」
真っ黒の画面に向かって渋い顔で文句を垂れているのが、タイタス・ホーガンの同居人。
「そんな顔してたら綺麗な顔に皺が出来るぜ?」
「おかえりなさい──随分な挨拶ね」
レッドブラウンの長髪を揺らして向き直る彼女がリュドミラ・クズネツォフ。タイタスの助手。ちなみに本名だ。
「コイツ、ドックに挿しとくぞ?」
「コイツじゃないっていつも言ってるでしょ? 『防人くん』! 『ドックに挿す』じゃなくて『ベッドでお休み』! 貴方ももっと可愛がりなさい? 相棒なんだから」
防人くん──。俺が持って帰ってきた、リュドミラお手製の大型ドローンの名だ。ダサい……訂正、妙な名前だと常々思ってはいる。いるが、異邦人らしい少々歪んだ日本観を好む彼女が喜んで付けた名前だ……皆まで言うな。そして、我が子のように盆栽の如く大事に大事に魔改造を繰り返している故か、不敬な機械扱いに厳しい。ドローンのボディカラーをこんなソープランドも真っ青になるような蛍光桃色にする方がよっぽど機械虐待だと思う。
そんな彼女が充電ドックをベッドと呼んであげる気持ちそのものは俺とて分からなくはない。分からなくはないが、充電は休眠であると同時に食事な気がする。ベッドで飯を食う行儀の悪い子になってしまうんじゃ、それなら割り切って船のようにドックと呼んでも良いんじゃ、と気になっているが……怖いので訊ねたことはない。
「分かった、悪かった。防人くんは今回も活躍してくれた」
先の倉庫での誘拐事件で電波干渉をしてくれたのは防人くんだ。一般回線へ妨害周波数を当てることで通信障害を起こしたらしい。あれが無ければ、取引相手まで現れて多勢に無勢……骨の折れる任務になっていただろう。
「ありがと。おやすみ」
そう一声かけてタイタスは防人くんを充電ドック、もといベッドへと置いた──寝かせた。接続ポートがカチリと音を立て、機体のLEDが優しい緑色に点滅する。それは無言の挨拶かもしれないし、ただの充電反応かもしれない。が、こういう時に水を差すと彼女は本気で拗ねる。彼はそっと黙っておいた。
「そうだ、タイタス。ロバートから依頼が来ていたわよ。」
「っと、そうだった。あ! 変なアプリも来てたろ? そっちは開くな。ウイルスだウイルス」
「ああ、貴方のアバターが躍るやつね?」
「開くな開くな! すぐにアンインストールしろ。そんなもの」
未知のアプリを開くなんてリテラシーに欠いてるんじゃないのか?
「大丈夫。あの子が寄越すものはいつだって有意義よ? それより、任務が急なのだけど……問題ないかしら?」
「急って?」
「明晩」
「そりゃまた。いや、行けはするけど……内容は?」
「ネクサスがこのところ怪しい荷動きを繰り返しているから、それを調べてくれって。お上から情報を頼まれて、その調査をうちに回したといったところね」
クラッカーから足を洗った──洗わされたロバートが行っているのはサテライトの、つまり国家直属の情報屋。灰色な動きが多いこのサテライトで真っ黒な動きをしている企業や団体の情報を掴み、国へ提供する仕事をしている。
「構わないけど、何がそんなに怪しいんだ?」
ネクサスはサテライト一、否──今や世界一の民間軍事会社。白なり黒なり、どれにせよ荷動きもそれなりにあろう。
「それが社長、ウォルト・渡部主導のプロジェクトらしいの」
「へぇ……」
ちろり、タイタスは唇を舐める。獣が舌なめずりをするように──そいつぁなかなか興味をそそる話じゃないか、と。
「そこまではあの子も調べが付いたけれど、後は実地で調べるしかないらしいわ。何も無いなら無いで良いみたいなのだけど、一応調べたというポーズが大切なのよ」
「そりゃそうだ」
ヤバい情報が掴めればそれで良し。調べたけど空っぽでした、あるいはただの備品でした……それならそれで。情報を上へ上げることが大事なのだ。後の事はお上に任せる。
「あら……? 前金が入ってるわ」
「いくら?」
リュドミラは人差し指を立てた。「1本」と。
「ワオ」
前金で50とは想定以上だ。お上もネクサスのきな臭さには常々業を煮やしているのがうかがえた。
「こりゃ断れねぇか。得物の整備しとかないとだ」
様子見の予定だけ……何も無いなら無いで構わないが、備えあれば憂いなしというものだ。
「港湾地区の物流ターミナルね。日中にGOZの使いとして下見をして、そのまま潜入……が無難かしら?」
リュドミラはそう言いながら、壁に埋め込まれたホロディスプレイを操作する。空中に立ち上がるのはロバートが提供してくれた、ネクサス管轄ブロックの簡易3Dマップ。搬入ルートや監視カメラの配置などの情報がまとまっていた。
「流っ石、こっちの仕事は……」
認めたくないが、あの少女は一流だ。普段はただのギークガールだってのに。なんて苦笑しつつ、タイタスは地図の一点に視線を留めた。ターミナル北側の一角。警備レベルが異常に高い。
「ここ、地下があるのか?」
地震大国の埋め立て地でよくやるぜ、なんて思いながら訊ねる。
「ええ。クロノス倉庫と呼ばれてる部分。通常の搬入出データがまるで引っかからない。記録が意図的に消されてるわけでもなく、最初から存在しないように処理されるブロックね」
「お前も流石に詳しいな」
「──昔取ったナントカよ」
吐き捨てるように言う。彼女はタイタスと同じ、SPSのエージェントとして2年前まで活動をしていた。それもネクサスの技術スパイとして。今絶賛大活躍中の強化人間アトラスの技術を確立させた安藤礼華の弟子兼部下、リアクターの開発を真面目にしながら得たネクサスの情報をSPS、つまり国家にも流す、なんていう精神の滅入る仕事をしていた。だからネクサスの管理区域に詳しいのだ。
「偽造の身分証とかは私が準備しておくわ。それから、あなたの躯体の調整もしましょう?」
そう言って、彼女はタイタスの衣服をするりと脱がせた──。
