The Pink Panther_#8日常
#8日常
あの日の商業地区倉庫街での出来事はネクサスの新兵器の実験中に発生した局地事故として処理された。ネクサスの管轄にあるのだから、新東都ではそうなるまで。極々自然のことだった。サテライトに住む者たちは、あえてそれ以上の詮索はしない。知ったところで変わらぬ日常があるだけなら、虚構の幕を一枚貼っておく方がずっと平和だ。そして、強ち嘘でもないとなれば、0を1にするよりも容易に1を10とする虚像は塗り固められるのだった。
あれから数週間が経つ──。
サテライトは特に何も変わることなく、以前と変わらぬ掃き溜めのような混沌を保っていた。混迷と泥濘じみた欲望が渦巻く末法の街。
──となれば、ピンクパンサーもまた日常に戻る。
蒸し暑い夜。新東都商業地区歓楽街は裏通り。雑居ビルの一室──怒号と悲鳴、そして数えきれない銃声が鳴り響いた。
「ケッ、用心棒ってのは口だけかよ」
一団の頭目らしきスキンヘッドが女の死体を蹴り飛ばした。
屍山血河のそこは、数十秒前までは賭場であった。勿論、非公営──裏カジノと呼ばれる類のそれである。
「このザル警備でよく今までこんなシャバい真似出来てたな……」
彼らの手には7.62mm自動小銃……の安物。おもちゃを振り回した高揚感に駈られて目は血走り、周囲の血飛沫に陶酔したように鼓動は早鐘を打つ。
壊れたギャンブルテーブルには、砕けた血濡れのチップの山に割れたグラス。酒と硝煙と鉄の入り混じった独特の空気が充満していた。
「金庫は床ごと引っぺがせぇ。勘定は後だ。とっととずらかるぞ~」
そこへ、ゆっくりと足音が近づいてきた。
「っと……パーティーに遅れちまったな」
武装強盗達が振り返ると、扉の影からスーツの男がゆらりと現れた。
「楽しそうだな。俺も混ぜろよ」
そう言ってニヒルな笑顔を見せたのは、タイタス・ホーガン。今日も今日とて、お仕事の時間だ。
笑いが起きた。「誰だテメェ?」、「用心棒の残りか? それとも客か?」、「迷子センターなら他所を当たりな!」口々にテキトーな事を喋り出す。聖徳太子もビックリだ。
そして強盗達が一斉に銃口を向ける――が、それより先にタイタスは動いていた。ドッと彼が蹴り飛ばしたチップの箱が床を滑り、テーブルの脚に当たって炸裂する。仕込まれていた閃光弾が爆発し、白い閃光が部屋を満たす。
銃声が乱れ飛ぶ。だが、タイタスの姿は既にそこには無かった。
一人目の喉に肘鉄を叩き込み、抉り取る。二人目は足元に滑り込んできた破片に蹴躓き、その下がる頭をタイタスの膝が出迎える。仰け反り宙を舞うそいつを足場に蹴り上がり、吊るされたランプシェードへと猿のように次々飛び移りながら鉛弾を躱してカウンターの影へと飛び込む。
「馬鹿が。袋のネズミだ!」
スキンヘッドが「ドゥハハ!」と勝ち誇ったように豪快な笑いを飛ばす。
そんな折、強盗団の一人が疑問を口にした。
「何か聞こえねーか?」
「あ?」
確かに聞こえる……。甲高い風切り音。
クィィィィィイイイイイイインンンン──
窓の外から聞こえた音の正体──迫り上がってくるのは赤と青の警告灯を明滅させる大型無人航空機『防人くん弐型』。その名の通り、先の事件で大破した防人くんの名を継ぐ新型である。──曰く、『Mk-Ⅱ』でも『二型』でもなく『弐型』と書くのがミソらしい。愛情にとやかく言うべきではない。
そんな防人くん弐型に膝立ちで乗る人影が一つ。スイスはB&T社のアサルトカービンを担いだ女。
「大人しくしてくださいッ!!」
肩へ銃床をあてがった射撃姿勢を取りながら、モーター音にも負けない気合の入った声を轟かす、警視庁は新東都派出所所属巡査兼タイタス・ホーガン新米助手、敷島美空。コードネーム、”K”。
「はッ! アマが!」
笑止、と一斉に銃口がカウンターのネズミから窓の向こうを飛ぶ女へと向きを変える。しかし、彼らの引き金が圧されるよりも先に外から炸裂音が幾つも谺して、次々に彼らの手から小銃が弾き飛ばされていった。皆一様に痛烈な表情を湛え、あまつさえ気絶する者さえ居た。
美空の射撃は百発百中──リュドミラ謹製の低致死性ラバー弾で的確に強盗共の腕や肩、手や胸や頭を狙い撃ち無力化した。金属製の弾頭よりも遥かに軽量であり真っ直ぐ放つことさえ困難なそれを、あまつさえホバリングするドローンでの膝射姿勢という不安定な状況でも正確に標的へ命中させる驚異的な射撃精度でタイタスの仕事を大いに手助けする。
「K、連絡を頼む」
「了解です!」
防人くん弐型に乗った美空はブゥゥンと上昇して夜の空へと消えていく。正規の後始末を任せるため、警察へのパイプが彼女の大きな役割であった。
「……こぉうなりゃ諸共だァッ!」
気でも狂ったかのように、小型のプラスチック爆弾を懐から取り出すスキンヘッドの男。やけくそも良いところ。そうまで逮捕されたくないか……。
「させねぇ!」
タイタス・ホーガンはカウンターから飛び出し、壊れたテーブルを滑り、爆弾へ手をかけた──
「エリス!」
名を叫ぶ。そして起こるのは同調──。アトラス0型タイタス・ホーガンという銃口を通して、T.P.S.-βエリスのEMP攻撃を発射する。
ビープ音を上げて静止した破壊装置。
「……間に合ったか」
「……」
奥の手だったらしく、打つ手なしと力なく崩れるスキンヘッド。
「こちらタイタス。状況終了。後の事はKに任せたので……っと、もう来たか流っ石お巡りさんは暇だったらしい。帰投する。以上」
近付いて来るパトカーのサイレンと赤色回転灯を認め、通信を切った。あの事件以後も変わることなく、サテライトではネクサスが主だって治安維持活動をしている都合、警察官様はいつも大忙しだ。
「お、お前……タイタスって、まさか……!」
口角を僅かに上げてタイタスはスキンヘッドに名刺を投げつける。
「迷子探しから要人警護、あなたのお困りなんでも解決! 万屋『ピンクパンサー』」
踵を返して数歩、思い出したように足を止める。
「代表、タイタス・ホーガン。ご贔屓に」
