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The Pink Panther_#2談話

#2談話

「金はいつもの通りにしとくで?」
「ああ」
「改めて、ご苦労さん。茶でも飲むか? ぬくいのあるで」
 誘拐された少女を無事に両親へと引き渡した後、初老はタイタスへ労いの言葉をかけた。
「別に。大したヤマじゃなかったさ」
 タイタスは苦笑しつつ言葉を返す。そうは言うが、正義の味方めいたオシゴトは悪い気はしない。
「当たり前や。誰が鍛えた思ぅとんねん」
 白い歯を剥きながら、男はゆっくりと椅子へ腰かけた。
「なら労うほどじゃないのも分かってるだろ?」
 ふっと小さく笑う初老。今はこうして新東都サテライトの外れで『GOZゴッズ』という修理屋を営む彼だが、かつては『鋼の亡霊』なんて勇名を馳せる傭兵であった。──そして彼がタイタスの傭兵稼業の師父である。
「しっかし笑えたな、あのの顔。アンタが自己紹介したらポカンって、もうほんと、ポカンって」
 無理もない。このジジイ、堀りの深いスラブ系の顔面で「もう怖がることあらへん。ご両親が待っとる……」と大阪弁で話を進めたのだから。──大阪弁を巧みに操る理由としては、「全世界通用するから」らしい。コミュニケーションはハートだと宣うが眉唾も良いところだ。あまつさえ「ワシ、安藤礼華言います。よろしゅう」なんて名乗るのだから、そりゃポカンともしよう。稚児が聞いても偽名ウソだと思う。当然ながら、偽名なのだが。
「アンドレイ・ミハイロヴィッチ・カールソンなんて名乗られても覚えられへんやろ」
 ぴしゃんと膝を叩くその音は固い。何せアンドレイの両脚は鋼の義肢だ。
「いや、アンドレイだけ名乗れば覚えてくれるよ」
 確かに日本人はカタカナの名前が苦手だけれど……。
サテライトここで本名名乗る奴のが珍しやろ」
「んなことねぇよ。……いや、裏ならそうか」
 『サテライト』──正式名称、『新東都』。旧・東京湾の広域埋立によって10年前に誕生した国家主導の経済特区。表向きは「アジア最大級の自由貿易港湾都市」として、神経細胞ニューロンを用いたAI産業・兵器を中心とした重工業開発・人体実験を含む医療研究・最先端フィンテック等々のグレーゾーンな技術の実証実験が許される「管理された混沌」として発展を続けてきた。
 それが表の顔。──ひかりがあればかげもある。
 実際のところは国家による監視体制の限界は早々に超え、利権の巣窟と化した無法都市だ。住民の大半は難民や貧困層・脱法企業関係者・犯罪者で構成されており、世界中のアウトローが流れ着く裏社会の巣窟となっていた。
 警察も存在するにはするのだが……基本的には居るだけだ。2年ほど前までは『新東都公安機動部隊SPS』が存在していたが、権力闘争の果てに解体。
 現在、実態としては民間軍事会社PMC最大手の『ネクサス-Neutral eXternal Urban Solutions-』が治安維持を担っている。
「大見栄切ってタイタス・ホーガン名乗る日本人イエローが何言うとんねん。笑止千万ちゅうもんや」
 そんな裏社会で生きるのだから偽名コードネームは必要だ。割れて困るものも多い現地人種なら殊更。……俺はあまり無いけれど。
「それを言われちゃ……いや、あんたが考えたんだろ」
 タイタス・ホーガン──本名、夏来剛なつきごう。彼は幼少期に飛行機事故で両親を失い、見知らぬ土地で天涯孤独となった。そんな彼を拾い育てたのが『鋼の亡霊』時代の安藤礼華……もといアンドレイだった。彼は持てる技術のすべてを剛へ教えて、生きる力を身に付けさせた。甲斐あって、今こうして彼は生きている。そして、今のサテライトで仕事をする上での身元と名前も安藤礼華の手によって用意されたものだ。
 ──彼には感謝をしてもし尽せない。
「ところで、あの子は元気か?」
 安藤礼華はタイタスの傍へ置かれた風俗店カラーケバケバドピンクの大型無人航空機ドローンへ視線をやりながら問うた。
「ああ。たまには飲みにでも連れてってやってくれ。リュドミラも喜ぶ」
「行きたい気持ちはあるんやが、手ぇのかかるのがるからなぁ……お前がリードを握っててくれるんなら喜んで行くけども」
 困ったように曖昧な笑みを浮かべる。
「何? 今”難しいお年頃”ってやつ?」
「いや、そういうんやぁないけど……むしろガキ過ぎる」
「まぁ、アイツはな……」
 タイタスも曖昧な表情をたたえた。丁度その時。
 ドタドタドタッ!
「ヤベ……噂をすればだッ。俺帰るわ!」
 タイタスは荷物を抱えて大慌てでGOZの工房を出ようとする。
『アタシは! お前が! 好きだ~!』
 突然の告白と共に工房のモニターがパッと立ち上がった。画面にはタイタスが,,,,,愛を叫びながら、くねくねと妙ちくりんなダンスを踊り狂っている動画が流れ出した。大昔のディープフェイクみたいな低い精度なのが却って腹立たしい。
「クソっ! 足音はフェイクか!」
『わはは~見ろこの手作り感ヌクモリティ溢れるアタシの愛の結晶。テキトーにやっても綺麗に出来ちゃうからガビガビにするのに手間がかかったんだよ。アプリデータあげるから使っていいよ』
「ロバート! テメ俺の声で喋るな! 後、そのキモい動きも止めろ! てか、いらねーよッ!!」
 自分で聞こえる普段の──頭の反響と同時に聞こえる声と、録音で聞く声との差で言いようのないザワツキを覚える。どうにも変な感じがする。
アネさんに送っとくね』
「いらねーっつの」
『仕事の連絡と一緒に送っといた』
「だァもう、せめて分けろよ……お?」
 人の気配がし、モニターの横の鉄戸がギィと開く。生身のロバートが顔を覗かせた。
「やぁやぁ夏来~」
 その手にはホットミルクだろうか、湯気の立つマグカップ。彼女の目はとろんと半分眠っていた。
「お前……なんて格好してんだ。ジジイの趣味かぁ? 後、そっちの名前で呼ぶな」
「命の恩人を異常性犯罪者みたいに言うな」
 年端も行かぬ女が胸のザックリ開いたオーバーサイズなシャツ一枚で出てきたんだ。同棲する男の影響を疑おうというものだ。
「はぁ? リュドミラねえさんのおさがりだよ。可愛いだろ?」
 ロバートは言いながらくるりと回って見せた。サイズの合わなさから一瞬、安藤の物を勝手に着ての俗に言う”彼シャツ”的なものかとも思ったが、確かによく見ると左前レディース──それも中々に上等な代物だった。そしてサイズの合わなさが故、出会った頃より成長した蜜柑ほどの膨らみが見えてしまいそうになっており……良くない気持ちになる。
「──胸のボタンを閉じろ」
「そうしたら良い男が誘えないでしょ?」
 クイと胸元を更に広げて言う。よせ、先端が見えそうだぞ。
「ワシが靡いとるか?」
「俺が靡いてるか?」
 野郎陣の声が重なる。引きこもりのガキが何言ってやがる。
「…………じゃ、アタシは寝るから。おやすみ~。タイタスばいば~い」
 潮目が悪いと見たか、無駄にセクシーな服装の引きこもりは再度自室に引っ込んでいった。どうやら眠いのは本当らしく、眠気が顔に溢れていた。まさかアレ,,を作るのに寝る間を惜しんだとでも言うのだろうか? ……そんなまさか。
「何だったんだよ……」
「愛されとるんやろ……知らんけど」
「ペットに向けるタイプのな」
 彼女はロバート馬場……というハンドルネームの情報屋だ。元はサテライトのスラムで屑漁りをして組んだパソコンを売ったり、そのパソコンジャンクでクラッキングしてキャッシュをくすねて暮らしていたらしい。だが4年ほど昔、サテライトのサーバーへちょっかい,,,,,をかけて、あわや世界経済崩壊だいさんじ……お痛が過ぎたわけだ。そんな彼女を捜し出して締め上げたのがこの俺。夏来剛だった頃のタイタス・ホーガン。
 何故って──?
国家の犬SPSは辞めたっつーの」
 元新東都公安機動部隊隊員SPSのエージェントだったから。特務オツトメで彼女を逮捕したわけだ。そのときのロバート……本名、秋山博あきやまひろが12歳、動機は遊び半分ってんだからさぁ大変。裁こうにも難しく、手放ころすには惜しい若き大天才。手綱を着けましょうということで、信頼できる安藤礼華を名乗る異常者オヤジへ管理を任せたわけだ。
「何で懐かれてんだか……」
 相棒リュドミラのことは「姐さん姐さん」と慕っているし、オヤジにはまだ(比較的)普通に接しているらしいが、俺には異常に手の込んだダル絡みを見せる。理由は分からない。……まぁ、なんだかんだ言って賑やかなのも嫌いじゃない。
 そう思いながら、タイタスはコートを翻し工房を後にするのだった。

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