この年にして、ようやく思春期が終わろうとしている
先日、父方の祖母について書いた私の記事を紹介してもらった。
自分の書いたものが別の視点で書かれていて、目からウロコが落ちたような気持ちになった。
ああ、私はそう感じていたのか、というような。
とてもうれしくて、ありがたいと思った。
その記事は、RYOJIさんが書いてくださった、こちら。
RYOJIさんは、どんな人も、特に社会的に声を上げにくい人がこぼれてはいけないというふうに、大事に大事に人を見ておられる、と私には感じる。
そのためには膨大なエネルギーが必要だと思う。でも立ち向かう。だからRYOJIさんの強く優しく厳しい言葉にはいつも引き込まれる。
今回は、ご自分のおばあさまとのことを書かれた。
おばあさまはたった1人の祖母であり、自分は1人の孫だった。
その事実がすべてであり、でもその事実がとても痛く深く心に刺さっていて、同時に、深いおばあさまの愛情がRYOJIさんの奥底に、確かに横たわっている。
10回くらい読み返して、そういう感想を抱いた。
簡単に理解してはいけないような、そういうおばあさまとのことが書かれていた。
私は自分の祖母とのかかわりを書き、RYOJIさんはそこからご自分の話に広げてくださった。
そのことで、私は再度、祖母とのことを考えた。
父方の祖母への感情はだいぶ変化してきたので、祖母への怒りや憎しみすらあった言葉を書き連ねた初めてのnoteの記事は、有料にしてしまった。
お金が欲しくて有料にしたのではなく、あまり簡単に読めないほうがよいと思っての有料化であった。そのときの感情はうそでないので消しはしないけれど。
いま、あの感情はだいぶなくなっていて、やはり気軽に読めないようにして良かったと思っている。
確かに私は祖母の孫で、祖母への苦手意識やどちらかというと「好きではない」気持ちも多分にあったけれど、もしかしたら同類嫌悪の類で、私の中にもある「黒い塊」のようなものを隠そうとしていたに過ぎなかったのかもしれない。
そういうことがこのところ、祖母への怒りや憎しみみたいなものが消えると同時に、はっきりわかってきた。
ここにきて私は、自分のこと、つまり汚い感情や見栄っ張りなところも、それから抱え続けている差別意識のようなものも含めて、やっと「それも含めての私」だと、受け入れられるようになったのかもしれない。
「黒い塊」をないものと思いたくて、長いこと封じ込めてきたのだ。
noteでずっと向き合ってきたいろいろな感情や出来事を通して、その封じ込めている「黒い塊」も、私を形作る大事なものであると、ようやくわかってきた。
以前、人を見下す祖母の態度などを書いた記事「スノッブと上品と下品と矛盾を抱える私と」をあげたとき、フォローさせてもらっているさくら餅さんがコメントをくださった。
世が世なら…の家系に生まれた事は、ゆるさんにとって、やっぱり財産じゃないでしょうか。ほとんどの人は「家柄」と呼べるようなものはないですから。
それでも、上流社会の中に溺れることなく、少し離れた視点を持って「品格とは何か」を考え、考え、もがいたことは素晴らしいと思います。
自虐的に書いた「家柄」とか「品」に対して、肯定してくださった。
これもまた目からウロコで、高校生の頃から腹が立って仕方のなかった自分の一部を、自分で初めて肯定できたような気持ちがしたのだった。
祖母との関係は、祖母が亡くなって、しかも1年半もたってから、いま大きく変わろうとしている。
その変化を、私は受け止めようとしている。
結婚前、よく夫に「ゆるは、思春期だなぁ」とからかわれた。
夫は18歳の頃の父親の病気と死を通して、精神的に成長したと自分で言っていた。
その経験がなければ、自分だけで生きているように感じている人間で、変わらないままだったと思うと。
私はたぶん、祖母のいろいろを自分のなかにも認めて、それも私だと受け止められるようになったいま、やっと、思春期が終わりに近づいたのではないかと思う。
長い反抗期だったのだ。
私はずっと、幼いままだった。
このところの祖母にまつわる投稿と、それに対して反応してくださるフォロワーの皆様のおかげで、目からウロコどころか、目の前の大きな丸太が取れたような、そんな心持ちでいる。
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