スノッブと上品と下品と矛盾を抱える私と……
急激に、疲れてしまった。
初めて「不登校」というものと私が付き合うことになった長男が高校を卒業した。
その間、ほかのきょうだいが立て続けに不登校と再登校、卒業、入学と繰り返してきた我が家だけれど、長男の卒業で、今まで感じないでいようとしていた緊張の糸が、プツンと切れたのかもしれない。
突然、疲れてしまった。
noteにアウトプットすることで、幼少期から溜め込んできた怒りやモヤモヤがずいぶん軽くなって喜んでいたのだけど、半年くらいほぼ毎日アウトプットしてきたら、今度は自分が急に空っぽになったような気になった。
匙加減が難しい。
少しnoteを休むことにしたのは、疲れに戸惑ってしまったからで、頭と体と心がバラバラになるような錯覚まで起きている。
口を開くと「疲れた」しか出てこない。
よろしくない。
と言いつつ、たった2日休んだだけでもう我慢できずにまたnoteを書くことにする私。
noteにとりつかれている。
心に隙間ができると、もともとむつかしく考えるのが好きだった私の性分がムクムクと頭をもたげてくる。
フォロワー様へ。
ちょっと重く暗い内容になりそうなので、元気のない人はこのあたりで読むのをやめたほうがいいかもしれません。
目次まで作ってしまいました。やめるなら今です。
スノッブ【Snob】
スノッブという言葉を初めて聞いたのは、大学生の頃。
ちょっとホームステイに行ったからと少しフランスにかぶれていて、フランスへの旅やパリでの生活などいろんなエッセイを読みあさった。
そのなかの一冊に、この文字があった。
もともとスノッブとは、「上品ぶる」「上流階級のまねごとをする」人を揶揄した言葉らしい。
フランス語圏では、人と違うことを好んだり、おしゃれの感度が高い人を指すこともあるらしく、その場合はファッション誌などで「憧れのスノッブ」となるのかもしれない。
当時の私はどちらの意味も含んでこの言葉をいたく気に入って自分のものにしたかったけれど、気持ちばかりとんがって、大変な臆病者の私には、憧れしかもてなかった。
なぜスノッブに憧れるのだろうか。
スノッブという言葉に、本当の上品さからは離れた、でもちょっととんがった、はすっぱな人のイメージがあった。
心のなかの通りに生きればはすっぱな人になれたかもしれないけれど、臆病な私はおとなしくてやさしげな人を演じて、そのまま大人になってしまった。
はすっぱな人には、「自分」の軸をしっかり持っているように見えて、憧れがある。
上品と、上品ぶるのと、下品
私の祖父母は、父方も母方も代々続く◯◯家の分家とかで、世が世なればあなたはおひいさまよ、などと言われたものだけど、世が世ではないのでおひいさまになりようもなく、ただの一般庶民である。
特に母方の祖母は、たしかにその誇りや根っからのお嬢様育ちらしいおっとりさがあって、世が世なれば、なのだなぁと思ったりもした。
どちらの祖父母も足を崩した姿を見たことはなく、いつでも姿勢は良く、人前で歯を見せて笑うことも、あからさまに不機嫌になることもあまりなかった。
父方の祖母は、朝食はクッキー、夕食には必ずワインとチーズと牛肉を摂り、90歳までタイトスカートにピンヒールで街を闊歩していた。
屈託のない笑い、毒舌、にじみ出る品の良さ。
物事に動じず、小心者のしょの字もなかった。
でも一方で、父方の祖母は足の悪い人や病気のある人をとても低く見ていて、さらに、孫も含めて飲食店で働く人への尊敬は皆無。
母方の祖母は、かなりおおらかな少女のような純真な人だったけれど、いただきものにはケチをつけ、年代もあるとはいえ、人種差別や人への差別を隠そうとしない人だった。
たしなめられてすぐ反省するのは、育ちの良さから来る素直さとか純真さゆえなのか。
差別とか毒舌とか人への優越感を隠そうとしないのが上品さならば、そんなものは要らないと、私は小さな時からちょっとひねた見方をしていた。
もはや下品とどう違うのだ。
足を崩した素朴な生活でも、人には感謝し、分け隔てなくあるのが本当の上品ではないのだろうか。
ならば祖母たちは、まさに「スノッブ」ではないかと、言葉を知ったばかりのときに思った。
夫との出会い、宮本百合子
そうは言いながらも祖父母のことは「おじいちゃま、おばあちゃま」と呼び、おじおばは「おじちゃま、おばちゃま」であり、私はそれが当たり前のように育っていた。
大学の卒論で、宮本百合子の『伸子』を題材に、女の自立などに触れたけれど、実際のところ、なに1つ宮本百合子のことを理解しないまま卒業した。
ただ、上流階級の生まれであり、寄付を「ほどこす」ような家柄や教会の人々に強い違和感を抱き、離婚を経てから共産主義や女性自立運動に目覚める若き日の宮本百合子には共感した。
すこーしだけ、私もその思いがわかるように感じたのだ。
だからこそ、彼女に惹かれて題材にしたものの、ずいぶん私に寄せて矮小化した卒論になった。
夫は、共産主義の運動家としての宮本百合子を知識としてもっていて、のちに配偶者となった宮本顕治のことも尊敬していた。
私が卒論で宮本百合子を扱ったと知り、とても感激していたようだった。
出会ったころ、夫は私の「◯◯ちゃま」呼びを「ちゃまちゃま文化」とたいへんバカにした様子で大笑いした。
この時代に!「ちゃま」!と。
祖父母を「おじいちゃま」「おばあちゃま」と呼ぶ人は多いでしょう。
そう言っても夫には通じなかった。
すべての人が生まれも育ちも職も平らかで、同じ土壌に立つ。
夫の根底にはそのような思いがあるようだった。
(※共産主義者というわけではない)
すばらしい考えではあるけれど、私自身の生まれを全否定されたような気持ちになり、たぶん、いまだにその傷はのこっている。
共通の知人に「おれの女房は裕福な実家に反抗心や反骨心をもって、家を出たんだ。宮本百合子みたいでしょう」などと言ったらしく、とても恥ずかしく思ったことがある。
当時の夫はまだ、私のことを少し「すごい人」と勘違いしていたようだった。申し訳ない。
宮本百合子のような気骨もなく。
本気でなにかに取り組んだこともなく。
実家から支援を得ていた私には、宮本百合子の名前を少しもかぶせてはならない。
ものすごく強い女性なのだ。畏れ多い。
宮本百合子(1899〜1951) 18歳で『貧しき人々の群』を発表し天才少女と注目された。米留学後結婚したが離婚、その経緯をまとめた『伸子』を発表。その後ソ連を訪れ日本共産党に入党。宮本顕治と結婚。再三検挙されながらも執筆活動を続けた。戦後は『歌声よ、おこれ』を書いて民主主義文学運動の出発を宣言、『播州平野』『風知草』『二つの庭』『道標』などを書いた。日本の左翼文学・民主主義文学、さらには日本の近代女流文学を代表する作家の一人である。
品とはなんだろうか?矛盾を抱える私
品よく生きたい人、上品ぶるスノッブ、どんな状況でも品位を保つ人、でもそもそも品って、なんだろう。
その昔、私が通った中学の目標の一つが「気品あふれる生徒」で、当時PTAの役員をしていた母が「気品あふれるって、なんですか」と先生方に息巻いていたのを思い出す。
気品ってなに?
なんだろう。
私のなかにある上品への憧れ、スノッブへの憧れ、下品への憧れ、どれにもなれない現実。
お金の力に頼りながら、なにが反骨だ、なにが平等だ、と思う。
現実と理想の生活に乖離があるのは子どもが4人を越えたあたりからもう諦められるようになったのに、いまだ心の中については、矛盾に満ちた感覚を持ち続けているから、身体がバラバラになるような心持ちになる。
いつか心底リラックスして、ありのままの自分を受け止められる日が来るのだろうか。
何はともあれ、安眠がほしい
また夜中に要らぬ考えごとをしてしまった。
夜の不眠は長らく続いていて、きっと、矛盾に満ちた明日が来るのが少し怖くて、それでよく眠れないのだろうと思う。
やらなければならないことがあると、夢遊状態になって夜中に声を出して跳ね起きてしまう癖も、まだ抜けない。
いま私に一番必要なのは、なんにも考えずに布団に沈める安眠かもしれない。
