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祖母が家に来る日〜『源氏物語』と祖母と私

父方の祖母から、谷崎潤一郎訳の『源氏物語』初版本をいただいたのは、いつのことだったか。

薄青色の布が張られた、別冊を含む6冊の『源氏物語』。
谷崎潤一郎の妻である松子が題字を書いたという各帖ごとに色のついた薄紙をめくると、谷崎潤一郎の訳した色気のある物語がはじまる。
壊れてしまわぬようにと、滑らかな紙に手を添えてそっと頁をめくると、心が浮き立つ気がした。


父は私が小5の時に家を出て、高2の時に正式に離婚した。

母は、父が家を出ても、ずっと変わらずに祖父母の顔を見に行き、話し相手になり、祖父の介護をヘルパーさんと共に行い、祖母を助け続けていた。

私が高3の時に祖父が亡くなっても、その後父が亡くなっても、祖母が東京の介護付き老人ホームに入居するまで母は毎週変わらずに、ひとり暮らしの祖母を訪ねていた。

私が祖母の家に行くのは時々。

祖父母の家は、シンという音がするほどに静謐で、ガラスだけでできた玄関の重い扉を開けると、玄関ホールの端に、祖母が大事にしていた西洋人形が椅子に腰掛けていた。

コンクリートの打ちっぱなしの壁には、その人形が祖母により描かれた巨大な油絵が飾られていた。
玄関と同じ重いガラスの内扉。

空気を動かすようにその重い扉を開けると、いつでも整頓され、ちりひとつ落ちていないようなリビングがあった。

リビングの、障子を挟んだ廊下には、祖母のコレクションである文学全集のびっしりと入った本棚が置かれていた。

祖母の家には、いつも変わらない静かな、圧さえ感じるような厳かな空気がいつも流れていて、訪問はいつも、緊張を伴うものだった。

祖母はいつも、整えた笑顔で「あら、いらっしゃい、ゆるちゃん」と迎えてくれたけれど、温かみを感じたことはほとんどなかった。

祖父が亡くなると、弔問のお客様のお茶を出すのと、いただいた花の手入れをするのは私の仕事であった。そしてそれは有償だった。

孫が花の手入れをするのにお金を払うというのが、実に祖母らしい。

だから私もいただいたお金の分はきちんと働き、花の手入れをし、部屋の掃除をした。

それが終わると、祖母とクッキーをいただきながら、ポツポツと話をした。最近読んだ本、きょうだいのこと、お客様のこと。

本を読んでいるのが、祖母にとってはなによりうれしいようだった。

そのころ、私がよく読んでいたのは山本周五郎の江戸人情物で、祖母はもちろん既に読んでいて、私の感想を顔をほころばせながら聞いていた。

母が来ると祖母は、祖父がやっていた会社の話を真剣な顔でし始めて、私の小説の話を聞いていたときとは表情がガラリと変わった。

実業家を支える鉄のような人でもあり、文学を愛する少女のような人でもあって、きっとどちらも祖母の根幹だったのだろう。


そんな祖母が、祖父と共に何回か我が家にも食事をしに訪ねてきた。

祖母はニコニコと玄関に立つのだけど、祖母の家の静謐な雰囲気も少し漂っていて、祖母の周りにだけ、冷やっとしたあの玄関の空気がまとわりついるようだった。

祖母のために母は朝から料理や掃除にいそしみ、テーブルには腕によりをかけた手料理や取り寄せた高級な食材が並んだ。

いつも緊張感の漂う会食で、それでも私以外のきょうだいは言葉を選びながら祖母からの質問に答えていて、私ばかりは使い慣れない敬語に四苦八苦しながらしどろもどろに答えたりした。

隣に座る祖父は何も話さず、ニコニコとそこにい続けていた。小柄なのに、背筋がピンと伸びた祖母の存在感は、圧倒的だった。

祖母にとって会食は、主に母と会社のことや友人のことなどについて会話するのが目的だったようで、途中から祖母は私たちに対する張り付いた笑顔をやめて、真剣に母といろいろ話し始める。

その瞬間はいつもほっとして、それからはゆっくりと母の手料理を静かに口に運んだのだった。

紅茶やお菓子をいただいて少ししてから、また祖父母は自宅へと帰っていった。

祖母が玄関を出た瞬間のほっとした空気。

私は祖母に対して、緊張と敬語での関係しか覚えておらず、時折、文学の話をしたときや、祖母が毎日作っているというせん切りのサラダの作り方を教えてもらったその瞬間だけをふっと思い出す。

おととし104歳で亡くなった最後は、寝たきりで終始ぼんやりとした雰囲気で、私が一度行ったときはほとんど寝ていて話ができなかった。

それでも本は最後まで読み、従姉妹が差し入れたチョコレートを食べたりして、ゆったり過ごしていたらしい。

母が病室にいくと、たくさんいる私の子どもたちの一人ひとりについて尋ね、ゆるちゃんは元気かしらと気遣ってくれていたらしく、覚えてくれていたのだと、その明晰さに驚いた。

祖母は最後まで祖母のままで、凛として亡くなった。

祖母が亡くなってから1年半がたち、久しぶりに『源氏物語』の頁をめくる。
きっと何度も読んだのであろう祖母の顔が浮かんだ。一緒に読んでいるような心持ちになる。

祖母がもっていたどんな宝石や高価なバッグよりも、谷崎潤一郎の『源氏物語』をいただけたことは、私と祖母の関係にはとても大事だった。

祖母が亡くなっても涙は出なかった。でもなぜだかこの文章を書きながら、涙があふれる。

最後まで祖母とは緊張した関係のままで苦手な人ではあったけれど、もしかすると、私は祖母のことを思い違いしていたのだろうか。

こんど、文学全集ごと残してある祖母の家を訪ねて、あの重い、静謐を絵に描いたような玄関を開けてみよう。

私と祖母の関係は、これから始まるのかもしれない。

学校帰りにこの階段を降りて、祖母の家に通った

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