【#創作大賞2025#ファンタジー小説部門】マァァァァァム!12話
ザラついた不快な声の方へボンは厳しい視線を向ける。ビクリと身体を固まらせ、子ども達は荷車スレスレの体制を保つ。ペスは小さな尻尾をピンと立て、ウウウと唸りながら子ども達に寄り添う。
「随分と可愛らしいボデーガードをお連れだな」
そこにはニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる男どもが十数人立っていた。
「大人しく荷車を置いて立ち去り……ん?あんたぁ、よく見ると美形だな」
無言で睨むボンの顔を見てリーダーらしき男がニヤリと笑う。怒りを表情に浮かべるとボンの顔は上気する。冷静な人間ならば、それが危険であると察せられるが、戦争の狂気に晒された常軌を逸していると、それを魅力と勘違いしてしまう気の毒な者が「たまに」いる。
無精ひげを生やし、無造作に髪の毛を束ねた男はまさしくそのタイプだった。彼の中には自分は誰にも負けないという理由なき自信が巣食っている。頭ではなく筋肉で物事を考えるタイプなのだろう。筋肉で良いことを考えれば、戦後のヒーローにもなれるだろうに。ボンは虚しさのあまり、ため息をついた。
戦地から帰った当初、ほとんどの者は生き延びたことに喜びを感じるだろう。家族との再会を喜び、真面目に生活を送る者は多い。例え、家族に出会えずとも、愚かな戦争への後悔を胸に、平和への気持ちを新たに動き出した者をボンは数多く見ている。そういった姿を見るたびに、この国は大丈夫だと思えていた。
しかし、その正常な感覚から零れ落ちる人間が一定数おり、それらの殆どは野盗へと身をやつす。無政府状態の今、まともな職を得ようと努力せず、自分達の利益のみを優先する人間。彼らは心が麻痺したままなのだ。彼らは男手のない村を襲い、生きるための糧を攫う。彼らの暴力を前にした時、正直に暮らす人々は黙って耐えるしかない。
無精ひげをなぞりながら、リーダーと思しき男はニヤニヤとボンを見つめる。子どもを守ることだけを考え、睨みつけるボンの姿は、母親らしさで溢れていた。それが彼の気持ちを余計に高ぶらせる。大柄なボンに対しての警戒心が段々と薄らぎ、リーダーは目の前の女を御しやすい存在と勘違いしてしまう。子ども達の目に浮かぶ、ボンへの絶対的な信頼感に全く気付かず、男はボンに話しかける。
「俺達と行動を共にした方が得だぜ!子どもは傭兵の卵として、犬は番犬代わりとして育ててやるよ」
「お断りだね」
すっと鍬を抜くボン。
「おっとぉ、鍬はオヤチャイ狩りに使うもんで人に使ってはいけないぜ?」
「わかってるよ!!!」
叫ぶなり野盗めがけて鍬を投げるボン。ものすごいスピードで飛んでくる鍬に慄き野盗どもは頭を抱えしゃがみ込んだ。
「な、なにしやがる!」
「見ての通りオヤチャイ狩りだよ!」
そう言われて落下地点を見ると、大きな鍬の下に十数匹のオヤチャイが蠢いていた。ボンの狩りにしては珍しく、オヤチャイどもはまだ生きている。鍬の下からよじよじと這い出たオヤチャイどもは、すぐ近くにいる野盗達をキッと睨みつけた。俺達を攻撃したのはお前らか?オヤチャイの怒りは野盗達に向けられる。
「ウガガガガガッ」
怒り狂ったオヤチャイは野盗めがけて飛びつく。足、手、頭。衣服から出ているところ全てを齧られ、野盗達は悲鳴をあげた。攻撃されたことでオヤチャイの怒りはすさまじく、攻撃力は通常よりも高い。
「ひぎゃぁぁぁ!」
慌てふためく野盗達を見て子ども達は歓声を上げた。
「マァァァァァム!」
その声に応えるかのようにニヤリと笑い、ボンは吹き筒を咥え上を向く。
「マム?」
「上になにもいないよ?」
「ないよ?」
「いるいるオチャカナ!」
ユタが丸い目を大きくして空を指さす。その瞬間、ボンはものすごい肺活量で吹き筒用に改良された釣り針を連続で飛ばす。
ストストストッ!
しばらくして、なにかが落ちて来た。
ヒュウゥゥゥ……
その音を聞きユキが叫ぶ。
「爆弾だ!」
戦時中に聞きなれた爆弾の音に酷似していたのだ。ユキは咄嗟に弟達に覆いかぶさった。ゾウはガタガタと震え、サトは今にも泣きだしそうだ。2人もまた、爆弾が降り注ぐ中を逃げた記憶が蘇ったのだろう。ただ、ユタはボンの背中に括りつけられていた赤ん坊だったので、その記憶がない。兄達の隙間から顔を出し、空を指差しながら叫ぶ。
「ちゃうの!オチャカナよ!」
「驚かせて悪いねぇ」
ボンが優しくユキ・ゾウ・サトを抱きしめる。ようやく震えが止まる3人。野盗なんて眼中にないと背中を向け、堂々と子ども達にほおずりしている。
「こ、この女……!」
暴れるオヤチャイからなんとか逃れたリーダーが、ボンに襲いかかろうとした。
「俺はな、一個連隊を率いて戦地を駆け巡り……」
そう喚いた男や他の野盗の上に、今度はオチャカナが何匹も降り注いだ。全てが大型のオチャカナで、軽い傷を受けただけの元気な状態。上空のかなり安全な位置を浮遊していたのに、下から釣り針を打ち込まれたため怒り狂っている。
「ぎゃあああああ!」
オヤチャイとオチャカナから挟み撃ちの攻撃される野盗どもは、さっきの威勢はどこへやら悲鳴をあげ逃げ惑う。
「た、たふけて!」
「さてと、そろそろいいかね」
ボンは呟くと、鍬をブゥゥゥン!吹き筒をストストスト!と器用に使いこなし、全てのオヤチャイとオチャカナを仕留める。野盗に食いついていたものは、全てボンにより仕留められた。それらを手際よく子ども達が荷車へと運ぶ。全てが終わった頃、野盗どもはボンによって縛り上げられ、荷車の後ろに繋がれていた。
「百戦錬磨の俺達が女子どもに」
そう言って泣く野盗に向かいボンが吐き捨てるように言う。
「馬鹿げた非日常を女子どもは生き抜いているんだよ!思い上がった男どもが勝てるわけないだろ!」
ただ、ある意味、おまいさん達も戦争の被害者なんだけどね、と悲し気にボンは呟くのだった。
📚📚📚
次の村で野盗を引き渡した後、大量の干しオヤチャイとオチャカナで沢山の本を買い込んだボンは、子ども達にこう言った。
「いいかい?こういう大人にならないために本はしっかりと読まないといけないんだよ」
子ども達は神妙な顔で頷きながら、嬉しそうに本を受け取った。
