【#創作大賞2025#ファンタジー小説部門】マァァァァァム!4話
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「鍬はオヤチャイ狩りの道具だよ!」
ボンは兄ヤスに向かって怒鳴る。
「俺はオヤチャイに投げたぜ」
見てみろとばかりにクイっとアゴをあげるヤス。その自信満々な様子を見た兄嫁が夫が投げた鍬の下を覗く。しかし、鍬の下にオヤチャイはない。
「な、なにも……」
「そんなことあるかぁぁぁ!」
ドスドスとヤスが近づき重たい鍬をガッと持ち上げるが、本当に何もなかった。ボンがため息をつく。
「ほ、本当にお前達の間をオヤチャイが走って……」
「ああ、信じるよ」
そう言いながらボンが指をさす。その方向を見るとユタがキャッキャと笑いながらオヤチャイをつかんだり引っ張ったりしていた。ヤスが投げた鍬をオヤチャイ避け、逃げたのだ。それをユタが捕まえ遊んでいる。さっきまでボンの襟首に掴まっていたはずなのに。
「まだ3歳になったばかりだけれど、ユタはオヤチャイ狩りの才能があるねぇ」
と誇らしげに笑うボン。
「アニキはノーコンだからオヤチャイ狩りはよせっていつも……」
「うるさい!うるさい!うるさい!」
激高したヤスがボンにつかみかかる。ひょいと避けるボン。
「逃げるな!」
家族の前で痛いところを指摘され、ヤスは怒り狂いボンを追いかけまわす。
「やめろ!アニキ!この前だって!」
ボンの一族はみな巨漢だ。兄のヤスはボンよりも一回りも大きい。気も荒いため、昔から兄妹げんかがよく起きた。それを止めるのが父親なのだが、子ども達は言うことを聞かない。そのうち堪忍袋の緒を切らした父親が暴れ、家が破壊……ということが何度もあった。
よく壊れる家として大工とはすっかり仲良しに。ボンもヤスも余った木切れでオモチャを作ってもらった記憶が……なんて昔話に思いを馳せている暇はない!大きな体の大人2人がけんかとなれば、周囲への被害は膨大なものになる。そう考えたボンが、被害を最小限に抑えようと逃げているのだが。
ヤスはブンブンと鍬を振り回す。それをひらりひらりとボンがかわしていく。すると、ヤスは更に頭に血が上り……。ボンの鍬もかなり大きめだが、ヤスのはそれをワンサイズは上回る大きさだ。男である自分がボンと同じ大きさなのが許せないヤスは、巨大な鍬を使うようになった。そのため、鍬はものすごく重い。
ブゥン!
小柄な兄嫁より重いのではないかと噂される鍬が空を切る。ボンでなければ当たっていただろう。それをボンは何事もなく避けている。少しずつ、家から離れながら。世話になっている家が破壊されては申し訳ない、という気持からボンは兄を家から離れた場所に誘導しているのだ。
「がぁぁ!」
吠えるヤス。段々と大きく重い鍬が負担になり始めたようだ。いくら力自慢のヤスでも長時間鍬を振り回し続けるのは難しい。今のヤスは、意地で鍬を振り回している状態だ。ボンがいるいない構わず大きく振り回している。周りも見えていない。
「これが最後だ!」
ブゥゥゥン!!!
その最後の一撃の先に、ヤスの息子がいた。他のみなは頭を下げたり、遠くへ避難していたのに、巨漢同士のけんかに慄き、固まっていたのだ。甥っ子は、恐怖に支配されたまま目を見開き、その場に立ち尽くすしかなかった。
「キャアアア!!!」
兄嫁が叫ぶ。子ども達は顔を伏せたその時。ボンがシュッと甥っ子に近寄り、素早く抱き上げる。そのまま、ヒュンと飛び上がり、ヤスの鍬の上にストンと降りた。
ドシュッ!
ボンが乗った鍬は、彼女の重さでグサっと地面に突き刺さる。
「いい加減にしろ!アニキ!」
ヤスを怒鳴りつけるボン。ブルブルと震える我が子をボンの腕の中に見た瞬間、ヤスは冷静になった。兄嫁がボンの元へ走り寄り息子を受け取る。
「すまん……」
ヤスが兄嫁に謝るが、彼女は一言もしゃべらない。
「許しておくれ」
巨漢ばかりの家で育ったヤスは小柄な女性に憧れを抱いていた。自分が守りたくなるような娘がいいと父親に訴え、小柄な女性を嫁に向かえた。それが兄嫁だ。彼女は、か弱く大人しくヤスに逆らったことがない。そしてヤスも兄嫁を叱ったことがない。相思相愛の夫婦だった。
「怪我はなかったかい?」
ボンが甥っ子の様子を尋ねると、兄嫁がすっと立ち上がった。
パチン!
鍬を振り回したのはヤスなのに、なぜかボンを叩く兄嫁。
「え?」
非力なので、蚊に刺された程度でしかないが、ボンは目を見開き驚く。ヤスも自分が叱られるとばかり思っていたので、口を開けてポカンとしている。
「もう!あなた達が来てから、いつもこう!危なくて!危なくて!危なくて!!!」
ワーッと泣き出す兄嫁。ボン達が疎開してきてから、度々起きる兄妹げんかに嫌気がさしていたようだ。顔を両手でおおい、泣き続ける兄嫁をどう扱っていいかわからないヤスは、ひたすらオロオロ。
「悪かったよ。でもこの騒ぎも今日で終わりだ」
ボンの言葉に兄嫁が驚いて顔を上げる。
「今日は子ども達を迎えにきただけだ」
「マム!」
それを聞き喜ぶ子ども達。オヤチャイで遊んでいたユタは、スルスルとボンの首元まで上る。
「ちゅっぱつしんこー!」
行く気満々の様子のユタを見て兄達は笑う。
「アグを見かけたと聞いた場所は誰もいなかった」
ユタを襟首に、両肩にユキとサト、ゾウを抱きかかえるボン。
「今後、小さな病院をまとめ、きちんと手当ができる病院にするそうだ。そこで、アグの病院も移転されたんだとさ。そこはここからとてつもなく離れている。だから子ども達は連れて行くしかないと思ってね」
世話になったね、と言うとボンはノシノシと去っていく。
「ボン!干しオヤチャイは持って行かなくていいのか!」
ヤスが慌てて声をかける。兄妹げんかばかりの間柄でも、妹のことは可愛いらしい。
「それは取っておきな!アニキはノーコンだから!」
なにをー!と言うヤスにガハハと笑い声で返し、立ち去るボン。暫くヤスは家族と共にボン達が消えた方向を眺めていた。
「なあ……どうしてユキ達に食事をまともに与えなかったんだ?」
兄嫁にヤスが訪ねる。男が細かいことは言うまいと家のことは兄嫁に任せていたのだが、ボンの子ども達への仕打ちは気になっていたのだ。
「食事は与えていましたよ、必要最低限。でもね」
この狂った世の中、父親がいない子どもは自力で生活できる術を見つけなきゃいけないんですよ、と兄嫁はつぶやいた。
「そのためには小腹くらいは自分で満たせないと」
「それにしても餓死しかかるまで与えないのは……」
「それは計算外でした」
「え?」
「ユキちゃん、自分の分を全部、弟に上げると思わなくて」
「そうだよ!ユキが勝手にそうしてたんだ!」
憤る息子達。食事を与えているのに、長男は母親がいない間は弟達にひもじい思いはさせないのが務めと、ユキは勝手に自分の食事を分け与えていたのだ。そのことを知っている息子達はあえて、自分のオヤツをユキの弟達に与えなかった、というのが今回の意地悪の真相。ユキよ、健気ではあるが、それ、空回り過ぎだ……とヤスは膝から力が抜けていくのを感じた。
「ところで……今後のオヤチャイ、どうしよう?」
ヤスがポツリとつぶやく。これまではボンがオヤチャイ狩りを一手に引き受けてくれていた。ボンにノーコンと言われ、激怒したヤスだが、自分に鍬をコントロールする力がないことを十分わかっているらしい。名狩人のボンがいなくなった今、我が家の食糧事情が気になり始めたようだ。
「ああ、大丈夫ですよ」
兄嫁は家の横に立てかけてあった小型の鍬を手に取り、横をちょろちょろと走るオヤチャイに向かってシュッと投げた。
「……!」
表情ひとつ変えずに鍬とオヤチャイを手にする兄嫁。
「い、いつの間に……」
驚くヤスに兄嫁は微笑む。
「鍬はね、重ければいいってもんじゃないんですよ。あなたも少し鍬を軽くしたらコントロールしやすくなりますよ」
そう言いながら家の中に入っていく。
「世の中がひっくり返ってから、女は強くなったなぁ」
とヤスはつぶやく。そうしてにっと笑った。
「うちの嫁は最高だ!」
5話に続く
