見出し画像

【#創作大賞2025#ファンタジー小説部門】マァァァァァム!22話

21話はこちら

「お前変わったな!」

サクはシメに不意打ちをくらった右腹の痛みが治まってきたようだ。ゆらりとしながら立ち上がり、シメの方へと近づく。

「男と共謀して死んだふりをしたのか?」

怒りを露わに近づくサクにシメがビクっとなる。体格のいいボンと違い、シメは普通の身長だ。男のサクと比べれば対格差は明らかである。さきほどの回し蹴りはサクが油断した結果くらったもので、面と向かわれるとシメに勝ち目はない。

しかも、戦争で心がささくれだったサクは通常の判断ができなくなっていた。それゆえヒィロッポンの闇商売に手を染めていたのだ。亡くなったと思った家族が突然現れ、自分に歯向かう。男の方が女より優れていると思い込んでいるサクの怒りがシメに向かうのは当然の結果といえようか。

「だから……それはあなたの勘違いで」

サクの殺気に気圧されてシメがジリっと後ろへ下がる。

「このアマッ!」
「マァァァァァム!わあああん!」

サクの様子にケシが気づいたのだろう。母を呼びながら大声で泣き近寄ろと走って来た。

「奥さんにそれはないだろ?」

素早い動きでボンがシメの前に立ち、振り上げたサクの左腕を掴む。

「女のくせに!離せ!」

サクがわめくが、掴まれた左腕はピクリともしない。

「女とか男とうるさいねぇ!」

ボンの右腕にグググっと力が入り、サクの顔がゆがむ。次の瞬間、ボンは右膝を地面につけ片足立ちに。ズドンという音と共に、サクは地面にめり込んだ。

「あらやだ!力入れすぎた!ごめんよ奥さん!」

慌ててボンはシメを見る。

「いえいえ。助けてくださりありがとうございました」

妻として夫に情けをかけようとしているようだが。声を押さえようと必死に堪えているシメから「ククク」という声が漏れた。肩も震えている。

「マム?」

シメに抱き着きついたケシが、サクを見て不安そうな顔をした。

「大丈夫よ。ボンさんがダドと遊んでくれているの」

シメの笑顔を見てケシは安心したのだろう。

遠くから「ケシ~」と呼ばれ、また子ども達の輪に加わるため、走り去った。

「ボンさん、私が説明をするまでその人を押さえていてくださいますか?」
「あいよ!」

戦前は男尊女卑の風潮が色濃く、サクに従っていたシメ。しかし、自分に都合よく考え行動するサクに、いつも振り回されていたそうだ。自分の能力を過信して人の話を半分しか聞かず、近所や仕事先でのトラブルをよく起こすサクの後始末を、シメは常にしていたという。トラブルがあるたびに菓子折りを持って謝ってまわっていたシメ。

「内助の功ってやつだよな」

妻が夫の後始末をするのは当然とばかりにふんぞり返るサクを、世間も自分も当然と思い、甘やかしてしまったと寂しそうな顔をするシメ。

「良妻賢母って言葉に縛られていたんでしょうね」

サクは彼なりに妻も子どもも愛していたが、それも自分勝手な愛し方だったそうだ。機嫌のいい時だけ可愛がり、面倒になるとシメに押し付ける。抱っこをしている時に漏らそうものなら、シメが気づくのが遅いと怒ったという。

「ああ、だからサトとユタの時……」

洋服を汚されて激高したサクの姿を思い出し吹き出すボン。

「子どものことは女親に責任がある!」

それを聞いたボンがサクの頭をさらにめり込ませた。

「そのうるさい口は地面につけて鼻で呼吸してな!」
「ケシが生れて1年も経たないうちに、その人は徴兵されました」

狂った戦争中、全ての判断は自分だ。誰かの意見に左右され道を誤ればこの子の命は……。我が腕の中ですやすやと眠るケシの顔を見た時、シメの自我が生まれた。

「それからは女1人、子を守るために護身術を学び、戦火の中を生き延びてきました」

家が焼けてしまったシメは実家へ疎開、近所の人にサクが戻ってきた時、そのことを伝えて欲しいと頼んでいたのだが。

「このおっちゃこちょいが話し半分で私達を生きてないと思い込んで……」
「でも、生きてたんだ、良かったじゃないか!」

顔を見合わせ大笑いするボンとシメ。ボンに組み伏せられたサクは不服そうな顔をしていたが、話を聞いているうちに妻と子の無事への喜びがせりあがってきたようだ。

「うわぉぉぉ!」

ボンの手の下で大声で泣き始めた。

「実家にも協力してもらって、この人が製造していたヒィロッポンは全て回収しました。ご迷惑をおかけした複数の村にも謝罪は済んでいます。各地の病院に寄付済みです。村長さん、今までご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

深々と頭を下げるシメに村長は「いやいやそのう」と慌てふためく。よく見ると村の入り口には大きな荷車が止まっていた。

「ご迷惑をおかけした分の干しオヤチャイと干しオチャカナです」

シメの手際の良さに目を丸くするボン。

「奥さん、あんた大した女だよ」

シメは「トラブルは慣れてますので」とフフフと笑う。

「で、奥さん、この男との今後は?」

サクを押さえる力を弱め、ボンはシメに問うた。戦争が終わり、世の中はひっくり返ったのだ。男が女がと言う時代ではない。才覚のあるものが、いや、生きとし生けるものが平等に前を向いて歩く世の中となったのである。固定観念に縛られているサクなどいなくても、シメは十分にやっていけるだろう。

「……」

これまでのやりとりで薄っすらと立場がわかったのか、サクは黙っている。結婚した頃、シメは自分がいなければ生きていけない女だと思っていた。しかし、久しぶりにあった妻は自分の足で立ち、子どももしっかり育てている。好き勝手に生きてきた自分など、必要ないかもしれない……。

「この人とはこれからも一緒に生きていきます」

それを聞き驚くサク。シメを見ると慈母のような微笑みをたたえている。その瞬間、サクの目から涙が再び溢れ出す。

「こんなどうしようもない人、私しか寄り添えませんよ」

シメは地面に伸びたままのサクの頭を優しく抱きかかえ、おかえりなさいとつぶやいた。声もなく涙を流し続けるサク。

「新しい世界に合う男に教育し直してあげるね♪」
「……」

それを聞いて、あははと笑ったボンの頭にアグの顔が浮かぶ。

「アグ……」

クウウウンと声がし、足元を見るとペスがいる。ボンはピスピスと鼻を鳴らすペスの顎の下を無言で撫でた。

23話に続く

「マァァァァァム!」を最初から読みたい方はこちらをクリック♪