「FIREダンジョンズ」(仕事と、転職と、投資術のファンタジー)⑤聖女にご注意!
会社員じゃない生き方がしたい。
ある日わたしはそう願ってしまった。
それが何を意味するかも知らずに。
あのときからわたしは旅に出たのだと思う。
アバターをつくり、オンラインRPG「FIREダンジョンズ」に参加した。

はじまりの町で「ゲームをクリアするまで元の世界に戻れない」と告げられたプレイヤーたち。主人公は「暗闇ダンジョン」のクリアに失敗するが、新たな仲間を得て先に進むことを決意した。
その、血まみれの女を目撃したのは、小さな町に立ち寄る途中だった。
わたし、焔ふぁいのパーティーは新たなダンジョンを目指していた。
北西の果てに、広大な霊園のダンジョンがあるという情報を得たのだ。
その地に、過去最大の衝撃が待ち受けているとは知る由もなく。
血も凍る新章が、今はじまる。
問題の人からひとこと。

「FIREダンジョンズ」のステージを、ひとつもクリアできずにいる。
この世界がいくつの階層からできているのか想像もつかないのに、だ。
わたしは100階層先まで覚悟している。光の中で出会ったゲームの創造主が、はるか先で戦っているようなことを匂わせていた。
パーティーの仲間、フルーツ(※ そういう名前です)は「せいぜい2、3階層ではないのか」と願望を言い、メイプルは「もっと情報を集める必要があるわね」と慎重姿勢を崩さない。
ひとり目の仲間はフルーツ。正体は謎だが、仕事のできないおじさん説が有力。

(風呂敷とか、綿棒とか)
果たして、正解は何なのか。
そもそも、われわれはゲームクリアの条件を知らされていない。漠然と遠くに進めばゴールがあると思っているだけ。
「FIREダンジョンズ」は、強いパーティーを作るだけではだめで、情報戦でもあるとつくづく思い知らされた。
その点、メイプルの加入は想像以上に大きな意味があった。
ふたり目の仲間は、投資系YouTuberのメイプル(中身は筋肉ムキムキのおじさん)。

(力いっぱい殴る)
投資家グループのリーダーだっただけあって、この世界のことをよく知っている。
先日も、びっくりすることがあった。
プルルルル。
電話のような音?
「おっと、あたいだな」
リュックからカタツムのような形の機器を取り出した。
「これは?」
「知らないのか? アイテム、でんでんでん虫。通信機だ」
また、際どいものを。創造主め……。
メイプルが電話にでると、「おお、おまえか?」
だれだろ。
メイプルはしばらく会話を続けたあと、「あ、コインなくなる。またお金が溜まったらな」と言って切った。
携帯電話なのに、コイン入れるんだ。
わたしとフルーツに向き直る。「おまえたち、ジョンとシェーンが生きていた!」
だれだー!
あのときの暗闇ダンジョンに生き残りがいたらしい。
つまり、投資家グループの仲間。
暗闇ダンジョンの激闘はこちらをお読みください
メイプルは涙ぐんでいた。
「あいつらは今、新しいパーティーでうまくやってるらしい。おかげで貴重な情報が聞けた」
ひとつは、仲間選びに関すること。
「得意なことの民」。彼らは非常に優れている。
パーティーにひとりいるととても助かるそうだ。
【解説コーナー】
FIREダンジョンズのプレイヤーは大きく3つの分類に分けることができる:
1)投資の力でFIREを目指すグループ
2)得意なことに特化してFIREを目指すグループ
3)好きなことに特化してFIREを目指すグループ
メイプルは「次の仲間は、得意なことの民で決まりだ」と言った。
パーティーは4人まで。最後のひとりの選択は、この先の運命を決定づけるくらい重要なものになる。
逆に、危険なのは「好きなことの民」。
協調性がない。ほとんどの者は仲間との連携がうまくいかず、モンスターに倒されてしまった。だが、生き残りが馬鹿みたいに強い。
中には、山賊のようになってしまったプレイヤーもいるらしく、真偽は不明だが、……プレイヤー同士の殺しも発生したそうだ。
「そんなことをしてなんになる?」
フルーツが義憤に駆られた声を出す。
「合理性はあるんだ」メイプルが冷静に返す。
「プレイヤーが消滅すれば、経験値や能力は消えてしまう。しかし、形のあるアイテムと武器は残る。たとえば、ふぁいが消えるとする。コンサルの魔法は消えるが、物書きの剣とお金の盾は地面に転がることになる」
「なるほど、それを奪うと」
「持てるアイテムに上限はあるがな。お金に換えることだって可能だろう」
「…………」
そういう会話をしていたがために、あの光景がよけい鮮烈なものに見えた。
現場は、あるダンジョンに向かう途中の道。
ジョンとシェーンから聞いたもうひとつの情報は、新たなダンジョンに関するものだった。
幽霊の出る大きな霊園がある――と。
そこは、わたしたちのいる場所からそう遠くなかった。
◇ ◇ ◇
霊園ダンジョンに向かう途中に小さな町がある。
わたしたちはそこでひと晩過ごしてから、ダンジョンを攻略する計画だった。
町までは、きれいにならされた土の道があったが、あえてそこを使わず、左右の一段低くなった林の中を歩いた。
見晴らしのいい道の上でカイシャイーンに狙われたらたまらない。
プレイヤーたちはみんな最初の一本道でカイシャイーンに襲われている
ふと木々の切れ間があり、そこから道を見上げたとき、立ち尽くす女の姿が目に入った。
若い、銀髪の女。
表情が消えている。
彼女を幽玄に、そして異様に見せていたものは、彼女が浴びている大量の血――。
一瞬ののち、血液は光の粒子となって消えた。
あれは……、誰の?
「行こう」フルーツが駆け出していた。
「バカ、待て」メイプルが止めるもすでに遅し。
道のうえで3対1で向き合う。
わたしは呼びかける。
「あ、あの……、あなたは?」
そのとき女の顔にようやく生気が戻った。
物書きの剣に手をかける。メイプルも拳を握っていたと思う。
女の表情に色がつく。
じわっ。
涙……?
「うわーん。元の世界に返してくださーい! こんなところにいたくないでーす。さくらさーーーん」
拍子抜けしてしまった。
どう見ても、邪気のない普通の女子だった。
フルーツが駆け寄る。
「大丈夫です、お嬢さん。われわれと行きましょう。近くに町があります」
隣のメイプルを見ると、彼女は渋い顔をしていた。
警戒心を解いていない。
◇ ◇ ◇
町に明かりは灯っていたが、人の姿はなかった。
この世界ではよくあることだ。
今晩は町の宿屋で休憩をとることにした。
ちょうど部屋が4つある。
その一室に4人が集まる。
事情聴取のようになってしまったのは、あの状況では仕方ないだろう。
彼女の名は、シノ(本名:篠原ひろ子)。25歳女子。会社員。好きな先輩は桜宮ひとみ(29歳独身)。
聞いてないのに、個人情報までしゃべってくれる(他人の情報まで)。
「FIREダンジョンズ」がなんのゲームかわからないまま登録してしまったらしい。
「だって、SNSのおすすめに出てきたから」
「よくわからないものをインストールするんじゃない」
「ひぃ」
メイプルは彼女に厳しめ。
アバターの背格好は似ているが、メイプルは厳しい投資の世界で生きてきたおじさんだ。経験値に差がありすぎる。
「あんたは知らないかもしれないが、FIREダンジョンズに挑むプレイヤーは大きく3つに分けられる。投資家、得意なことの民、好きなことの民。あんたはどれに当たるんだ?」
「えーっと、わたし得意なことも、好きなことも、そんなにないですから、投資家、ですかね?」
「どんな投資を?」
「ええっと、たしかS&〇500です」
「ほう。どういう理由で?」
「あのですね、職場の先輩と投資の話になったときに、先輩が5年前に観たらしい動画の話を聞いたんです。YouTuberのあっちゃんが『〇&P500だけ買っておけばいい』って言ってたって聞いて。先輩はめんどくさいからやらないそうです」
「おまえ、なんも考えてないやないかいっ」
「ひいぃ!」
「まあまあ(たしかにひどい……)」
「あたいは、絶対にこいつ仲間にしないからな。おまえたち、パーティーに入れようって言い出しそうだから先に言っておくけど」
「そんなこと言わずに。そうだ、武器を見せてもらいましょうよ。最初わたしにもそうしたでしょ」
「シノ殿」フルーツが促す。
「はい」シノが空中に四角を描くと、そこにメニューが表示される。
項目から「武器」をクリックした。
――武器はゲームの設定時に選ぶ。
複数選ぶこともできるが、数を絞ったほうが強力な武器を選択できるため、多くのプレイヤーは自分の信念に合ったひとつの強力な武器を選ぶ。
わたしは3つ、フルーツは10個選んでしまったのだが、それは特殊なケース……。
フルーツの武器が見たい人はこちらを
彼女はどうだろう。
武器は――ひとつだった。
・回復の魔法
回復の魔法……?
「これってすごくないですか!」
思わずわたしは叫んだ。メイプルも驚いた顔をしていた。
そうか、回復系の魔法もあるんだ。
でも、「よく選択できましたね!」
普通は無理だ。
これから未知の冒険に出ようとするとき、普通なら自分を守るための武器を選ぶはずだ。他人を優先するような選択をするなんて、ちょっと信じられない。
「えへへ、わたし普段から人に助けられてばかりいますから。ゲームの中では、わたしが助ける側になりたいなって」

……聖女。
最初は、本音を言うなら、ちょっと馬鹿っぽいと思っていた。
しかし、わたしの中で何かが溶けた。
「僧侶みたいでいいじゃないですか! 僧侶はパーティーに必須でしょ」
動揺を見せつつも、メイプルは「もうひとつ聞かせてくれ」と言った。
「単刀直入に言う。あたいたちは、おまえが返り血を浴びているのを見た。誰を殺した?」
「あれは、わからないんです」
「わからない?」
「目の前に突然、お化けみたいなモンスターが出てきて、パニックになりました。それで気づいたらああなっていました」
わたしが口を挟む。「ああ、ここ霊場のダンジョンが近いから。そこから来たんじゃないかな」
「……わかった。夜も更けてきた。いったんお開きにしよう」
メイプルの言葉にほっとする。
「それでは、おれがシノ殿を部屋まで連れて行こう」フルーツが言う。「あっちゃんの話興味あるんだけど、ちょっとだけ教えてもらっていい?」
「あ、はい……」
そう言ってふたりは部屋を出ていった。
……………………
わたしとメイプルのふたりっきりになる。
足音が遠ざかるのを確認してからメイプルはこう言った。
「あの女は嘘をついている」
「えっ、そんなふうにはとても……。裏表のないいい子ですよ?」
「馬鹿とも言うがな。特に、投資に関しては救いようがない。まあ、それはいいんだ。言動が一致している」
「それなら」
「問題はモンスターの話だ。この世界で一体でも弱いモンスターを見たことがあるか?」
「それは……」
「これまで戦ってきたモンスターを思い出してみろ。あの強力な敵を回復魔法でどうやって倒す? あいつは本当は好きなことの民で、誰かから奪ったアイテムでプレイヤーを殺ったんじゃないのか?」
「そ、そんな……」
「信じるな。疑え。考えることがあたいたちの武器だ」
「まさか、あの子に限って。他人のための魔法を選ぶ人が……」
「裏の顔があるかもしれないだろ? 二重人格かもしれないだろ?」
そのときだった。
ぎゃーーーーーっ!!
闇を切り裂くような悲鳴。「急ぐぞ」
バリーン!
窓の割れる音。
バーーーン!
メイプルがドアを蹴り開ける。
部屋は真っ暗。
誰もいない。
「窓の外!」
視線をやる。
窓の外で、シノがぽつんと夜空を見上げていた。
月明かりがその姿を照らす。
彼女はあのときの表情をしていた。
そして――べっとりとした血がその顔を覆う。
ま、まさか。殺ったのか。
返り血が光の粒子となって消える。
フルーツーーーーーーーーーーーっ!

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