第2回:日本でDeSciを阻む二つの壁 ― 証券性と大学組織の理解
世界では急速に広がる分散型科学「DeSci」。研究者がDAOに参加し、トークンを通じて資金を集める仕組みは、研究資金の新しい選択肢として注目されている。だが日本では、具体的な事例はほとんど見られない。その最大の理由が「証券性」と「大学の理解」という二つの壁だ。なぜ日本では進めにくいのか。制度や慣行のどこにボトルネックがあるのか。須藤さんに詳しく話を伺った。
証券性という最大のハードル
---前回オンラインでお話をお伺いしたときも「最大の課題は証券性」と強調されていました。改めて詳しく伺えますか。
須藤:私は法律やWeb3の専門家ではないので、誤解があれば訂正していただきたいのですが、日本でDeSciをやろうとすると、まず「証券性」という大きな壁にぶつかります。研究に資金を入れて成果が出れば戻ってくる仕組み、つまりリターンを期待させる仕組みになると、金融商品取引法に基づいて「証券」とみなされるのです。
重要なのは「収益的な期待を持たせるかどうか」です。金銭を直接出資するか否かにかかわらず、仕組みの中で「リターンが返ってくる可能性がある」と感じさせれば、証券性があると判断されるリスクが高まります。
--- DAOでトークンを配布すること自体が問題になるのですか?
須藤: トークン自体が問題というより、その性質や設計次第です。もし支援者に渡すトークンが「将来の利益配分を受けられる」「価値が上がるかもしれない」という暗示を含んでいれば、それだけで証券性が問われます。ですから、研究DAOがリターンを伴うモデルで動こうとすると、ほぼ確実に規制の対象になります。
金融庁は近年、トークンを巡る規制を明確化しつつあります。投資家保護の観点からは重要ですが、DeSciにとっては柔軟性を奪うリスクも大きい。特に研究という不確実性の高い領域では「投資リターンを約束する」形はなじみにくく、そこに法規制が加わると実装の難易度は一気に上がります。
「打開策」としてのクラウドファンディング的アプローチ
--- そうすると、日本でDeSciを展開するのはほぼ不可能に思えてしまいます。何か突破口はあるのでしょうか。
須藤:完全に不可能ではありません。工夫すれば「打開策」はあると思います。例えば「直接的な金銭的リターンを約束しない」仕組みです。
具体的にはクラウドファンディング型に近い形が挙げられます。研究者が「こういうテーマに取り組みたい」と提示して、支援者は「応援」という形で資金を出す。その見返りは「研究の進捗報告」「感謝のメッセージ」といった非金銭的なリターンにとどめる。これであれば証券性のリスクは低くなるはずです。
--- なるほど。既存の研究クラファンに近いですね。
須藤: そうです。「ReadyFor」や「アカデミスト」のような研究クラファンがすでに存在しています。あれらのサービスは支援者が「リターンを期待する」というより「応援したい」という気持ちで成立しています。研究者が近況報告を発信することでコミュニティが形成され、それがまた次の支援につながる。これはDeSciに応用できる要素です。
ただ、本格的に拡大するなら最終的には「証券性を認める」方向に進む必要があると思います。つまり、企業の投資や本格的な資金循環を呼び込む段階では規制と向き合わざるを得ません。その意味では、クラファン型は「導入フェーズ」として有効ですが、ゴールではない。他にもアイディアは考えられますが、日本では大学・研究者が金銭的リターン要素を持つトークンを直接やり取りするというのはかなり先になると想定しているので、いかにそこを避けた仕組みを作るかがポイントです。
知財活用の難しさと「一時利用」の発想
--- 海外では特許ライセンスや知財分配をトークン化するというスキームも耳にします。これについてはどうお考えですか。
須藤: ライセンス収入を直接分配する仕組みは、証券性に直結しますので難しいでしょう。ただし「一時的な利用許諾」という仕組みなら可能性があります。
2015年に内閣府の方で「出島構想」というプロジェクトがありました。これは今で言う規制のサンドボックスのような発想で、「ビジネス利用前の段階で知財を一時的に試用できる環境をつくる」というものです。研究素材を使うとき、いまはMTA(素材移転契約)などの複雑な手続きが必要ですが、それをもっと簡素化して「まずは気軽に試す」ことを可能にする。この発想は今も有効だと思います。大学が持つ特許を一定期間無料開放する取組も今までに例がないわけではありません。
もしトークンを使って「試用ライセンス」を発行できれば、正式ライセンス前に知財の活用余地を広げられます。証券性を回避しつつ、研究の裾野を広げる現実的な仕組みになり得ると考えています。
大学の理解という壁
--- もう一つの課題として「大学の理解」があると聞きました。これも大きな障害なのでしょうか。
須藤: はい。大学は規定がないと動けません。また、国立大学、私立大学、公立大学で異なる点がありますが、もし今までにない手段で収益を得るのであれば文科省の許可も必要になります。その段階で「そもそもDeSciとは何か?」という基本的な問いに戻ってしまい調整に時間を要する可能性があります。DeSciに対する大学や国の理解を高めていく必要があります。
--- 研究者個人が研究系DAOに参加してトークンを得ることはできないのですか?
須藤: 難しいです。研究者は「職務発明」に縛られており、研究成果や知財は大学に帰属します。個人の裁量でトークンを受け取ることはできません。もしトークンに金銭的価値があり大学の会計に組み込もうとすれば、「これは収入か」「どこに計上するのか」「内部監査はどうするのか」といった煩雑な手続きに直面します。結局は大学全体を動かす話になり、それが大きな壁になってしまう。
誰が旗を振るのか
--- では、こうした状況を変えるためにはどうすればよいでしょうか。
須藤: 最終的には「誰が旗を振るか」にかかっています。文科省や政治家が主導すれば進む可能性は十分あります。政策レベルで「科学技術立国を目指す」という目標意識を持っている方はたくさんいます。
ただし、制度改革を待つだけでは遅すぎる。だから私は「学生から始める」というアプローチを提案しています。大学や文科省を通さなくても、学生個人なら参加できる。これが現実的な突破口になるのではないかと思います。
次回予告
第3回では「なぜ学生からDeSciを始めるべきなのか?」を掘り下げる。職務権限に縛られず、柔軟に動ける若い世代こそが日本のDeSciを開く鍵になる。その理由と可能性を、須藤さんの言葉から読み解いていく。
博報堂オープンインキュベーションが推進する「共創」に興味を持たれた方は、ぜひお問い合わせください。博報堂と共に拓く、事業の未来を語り合いましょう。
contact:お問い合わせ
関連記事:DeCsiシリーズ
第1回:分散型科学(DeSci)が切り開く研究の未来 ― 日本はなぜ遅れているのか?
第2回:日本でDeSciを阻む二つの壁 ― 証券性と大学組織の理解
第3回:なぜ学生からDeSciを始めるべきなのか ― 若い世代が切り開く分散型科学の未来
第4回:海外DAOと将来のビジョン ― 日本の特許を活かし、中小企業を育てるDeSciの未来
