石油とは何か
副題
生物、地球内部、人工合成、そして「あと50年」の正体
はじめに|地下からガソリンが出てくるわけではない
石油とは何だろうか。
自動車を走らせるガソリン。
暖房に使う灯油。
トラックを動かす軽油。
飛行機のジェット燃料。
船を動かす重油。
道路を覆うアスファルト。
さらに、プラスチック、合成繊維、合成ゴム、塗料、洗剤、接着剤、医薬品や化粧品の原料にも、石油からつくられた物質が使われている。
だが、地下からこれらの完成品が別々に湧き出してくるわけではない。
地下から採取されるのは、さまざまな分子が複雑に混ざり合った原油である。
製油所では、その原油を分離し、分子を切り、構造を組み替え、不純物を除き、用途に合わせて混ぜ直す。
つまり石油製品とは、地下に完成形で埋まっていたものではない。
自然がつくった分子の混合物に、
人間が境界と用途を与えたものである。
しかし、石油について考えると、さらに根源的な問いが出てくる。
石油は、本当に古代の生物からできたのか。
生命がなくても、地球内部で炭化水素は生まれるのか。
人間は人工的に石油をつくれるのか。
そして、昔から言われている「石油はあと50年でなくなる」という話は、なぜ50年経っても終わらないのか。
今回は、石油を単なる燃料ではなく、地質学、化学、工業、資源論をつなぐ一つの構造として考えてみたい。
第1章|石油は一種類の物質ではない
水は、基本的には水分子からなる。
酸素は、酸素分子からなる。
しかし、石油には「石油分子」という一種類の分子が存在するわけではない。
原油は、主に炭素と水素からなる多数の炭化水素と、硫黄、窒素、酸素を含む化合物、微量の金属などが混ざった複雑な混合物である。
炭化水素は、炭素原子と水素原子の結びつき方によって性質が変わる。
炭素数が少なく、分子が小さければ、常温で気体になりやすい。
分子が少し大きくなると、揮発しやすい液体になる。
さらに大きくなると、粘度と沸点が高まり、重い油や固体に近づいていく。
原油に含まれる炭化水素は、炭素数や分子構造、混合割合によって性質が変わる。
製油所での分留、変換、調合を経ることで、
* LPG
* ガソリン
* ナフサ
* 灯油
* 軽油
* 重油
* 潤滑油
* ワックス
* アスファルト
などへ分けられ、製品化される。
したがって、石油とは一つの物質というより、
大きさも形も異なる炭化水素を中心とした、多成分の混合物
と考えた方が正確である。
ただし、原油は産地によって組成が異なる。
分子の小さい成分が多い軽質原油もあれば、粘度の高い重質原油もある。硫黄分の少ない原油はスイート、多い原油はサワーと呼ばれる。
したがって、同じ一バレルの原油でも、得られる製品、精製に必要な設備、価格は同じではない。
第2章|蒸留塔は、石油を沸点で仕分ける

原油は多くの成分が混ざった混合物であり、製油所では沸点の違いを利用して留分に分けられる。さらに分解・改質・調合を経ることで、ガソリンや軽油、重油、石油化学原料などの製品になる。
上の画像に描かれているのは、製油所にある蒸留塔の概念図である。
原油を加熱して蒸留塔へ送ると、一部は液体のまま残り、一部は蒸気になる。
蒸留塔の内部は下ほど温度が高く、上へ行くほど低くなっている。
沸点の低い軽い成分は蒸気となって塔の上部まで上昇する。
沸点の高い成分は途中で冷えて液体となり、それぞれ異なる高さから取り出される。
上部ではLPGなどの軽い成分が得られる。
その下ではナフサが取り出され、ガソリンや石油化学原料をつくる材料の一部となる。
さらに下へ進むと、灯油、軽油、重質油となり、最下部には常圧では蒸発しにくい重い成分が残る。
ただし、図に書かれた温度を絶対的な境界と考えてはいけない。
ナフサ、灯油留分、軽油留分などは、一つの決まった沸点を持つ純物質ではない。
それぞれ、一定の沸点範囲に入る複数の成分をまとめた留分である。
ガソリンも一種類の物質ではなく、複数の基材を規格に合わせて調合した製品である。
一定の沸点範囲に入る複数の成分をまとめた留分であり、原油の種類や製油所の設備、求める製品によって分離条件は変わる。
製油所では常圧蒸留に加え、重い留分を低い圧力で分離する減圧蒸留も用いられる。
そして、蒸留しただけで、社会が必要とする量のガソリンや軽油が得られるわけではない。
原油の中に含まれる各成分の割合と、人間が欲しがる製品の割合は一致しないからである。
そこで製油所では、大きな分子を小さく切る分解、分子の形を変える改質、硫黄などを除去する精製、複数の成分を規格に合わせて混ぜる調合が行われる。
製油所とは、原油を分ける場所であると同時に、
分子を文明の要求に合わせて書き換える場所
でもある。
第3章|なぜ石油は文明の中心になったのか
石油が現代文明の中心になった理由は、単によく燃えるからではない。
石炭も燃える。
木材も燃える。
天然ガスも燃える。
電気も、別の場所で生み出したエネルギーを運び、機械を動かせる。
それでも二十世紀以降の文明は、石油を中心に組み立てられてきた。
その大きな理由の一つは、石油が扱いやすい液体だったことにある。
石炭は固体である。
採掘した石炭を運ぶには、積み込み、荷下ろし、保管するための広い場所が必要になる。
一方、原油や多くの石油製品は、ポンプで汲み上げ、パイプラインで送り、タンクに貯蔵し、船や貨車、タンクローリーで運べる。
液体は、容器の形に合わせて移動する。
この単純な性質が、石油を巨大な物流網へ接続しやすい資源にした。
また、ガソリンや軽油などの液体燃料は、比較的小さな体積に多くのエネルギーを蓄えられる。
自動車は、燃料を積んだまま道路を自由に走れる。
飛行機は、送電線につながらずに空を飛べる。
船は、大量の燃料を船内に積み、長い距離を航行できる。
石油は、エネルギーを生み出すだけではない。
エネルギーを、機械と一緒に移動させることができる。
この性質が、自動車、航空機、船舶、農業機械、建設機械、軍用車両などの発達を支えた。
石炭を燃やす蒸気機関では、燃料と水を積み、大きなボイラーを加熱しなければならない。
それに対して、ガソリンや軽油を使う内燃機関は、燃料を機械の内部で直接燃焼させ、比較的小さな装置から連続的に動力を得られる。
石油は、人間を土地や線路や送電網から、部分的に切り離した。
移動できる機械と、移動できる燃料が結びついたことで、文明そのものの行動範囲が広がったのである。
しかし、石油の強さは、燃料としての性能だけではない。
原油には、大きさも構造も異なる多様な炭化水素が含まれている。
それらを分離し、切断し、結合させ、形を組み替えることで、石油は別の物質へ変えられる。
プラスチック。
合成繊維。
合成ゴム。
塗料。
接着剤。
洗剤。
断熱材。
医療器具。
電子機器の部品。
道路を覆うアスファルト。
石油は燃やせばエネルギーになる。
燃やさずに加工すれば、文明を構成する材料になる。
つまり石油は、
燃料
運搬可能なエネルギー媒体
化学製品の原料
という三つの役割を同時に持っていた。
さらに、石油を中心とした設備が一度つくられると、その利便性は石油そのものの性質だけでは決まらなくなる。
油田が開発される。
港がつくられる。
パイプラインが敷かれる。
製油所が建設される。
ガソリンスタンドが全国に配置される。
石油を使う自動車、飛行機、船、工場が大量に生産される。
すると社会は、石油が便利だから石油を使うだけではなくなる。
石油を使うことを前提につくられた社会だから、石油を使い続ける。
という状態になる。
文明は、石油を選んだ。
しかし同時に、石油を選んだ文明は、石油に合わせて自らの形を変えていった。
だから、石油から別のエネルギーへ移行することは、燃料だけを交換する話ではない。
自動車、道路、物流、都市、工場、産業、軍事、生活用品まで含めた、巨大な仕組みを組み替える話になる。
石油が文明の中心になったのは、地下に大量に存在したからだけではない。
運びやすかった。
貯めやすかった。
必要な場所で燃やせた。
機械と一緒に移動できた。
そして、燃料以外の無数の物質へ変えることができた。
石油は、エネルギーと物質の両方を、扱いやすい形で供給した。
それゆえに、人類は石油を利用しただけではない。
石油を中心に、現代文明そのものを組み立てたのである。
では、その石油は、そもそもどこから生まれたのだろうか。
古代の生物なのか。
それとも、生命とは別の地球内部の反応なのか。
第4章|石油は古代の生物からできたのか
現在の石油地質学では、商業油田に存在する石油の大部分は、生物由来の有機物から形成されたと考えられている。
ただし、「恐竜の死骸が石油になった」という説明は正確ではない。
主な材料と考えられているのは、海や湖に生息していた藻類、植物プランクトン、微生物、陸上植物などである。
これらが死ぬと、多くは他の生物に食べられるか、酸素によって分解され、二酸化炭素などへ戻る。
しかし、一部は海底や湖底の堆積物に埋まり、酸素の少ない環境で分解を免れる。
埋没した有機物は、長い時間をかけてケロジェンと呼ばれる固体状の有機物になる。
さらに地下深くへ沈み、適切な熱を受けると、ケロジェンの分子構造が壊れ、液体の石油や天然ガスが生成される。
だが、石油が生成されただけでは油田にはならない。
生成された石油が根源岩から押し出される。
岩石の隙間を通って移動する。
石油を蓄えられる多孔質な貯留岩へ入る。
さらに、その上を石油が通り抜けにくい岩石が覆い、逃げ道を塞ぐ。
USGSは石油システムを、根源岩、貯留岩、帽岩、上載岩などの要素と、生成、移動、集積、トラップ形成という過程を含む一つの地質学的システムとして扱っている。
つまり、油田とは単なる生物の墓場ではない。
有機物
堆積環境
埋没
熱
移動経路
貯留岩
封鎖構造
保存時間
これらが偶然にそろった地質構造なのである。

海底に堆積した有機物は、埋没と加熱によってケロジェンを経て石油や天然ガスへ変化する。生成された炭化水素は地層中を移動し、多孔質の貯留岩と、それを覆う帽岩の組み合わせによって油田を形成する。
第5章|生物起源説には、どのような証拠があるのか
石油が生物由来だと考えられているのは、単に油田が堆積岩の中から見つかるからではない。
原油の中には、かつての生物が持っていた分子構造の特徴を残すバイオマーカーが含まれている。
代表的なものには、ステランやホパンなどがある。
これらの分子を分析すると、原油のもとになった有機物の種類、堆積した環境、年代、根源岩の性質などを推定できる。
さらに、原油と周辺の根源岩について、バイオマーカーや安定炭素同位体の特徴を比較すると、どの根源岩から石油が生成されたのかを調べられる。
USGSでも、原油や自然に染み出した油のバイオマーカーと炭素同位体を用い、根源岩の年代、岩質、有機物の起源、堆積環境を推定している。
これは、生物起源説が単なる物語ではなく、油田ごとに検証されていることを意味する。
もちろん、バイオマーカーが見つかったからといって、原油中の炭素が一つ残らず生物由来だと証明されたわけではない。
しかし、既知の大規模油田については、根源岩、原油の化学的特徴、埋没史、熱履歴、移動経路が互いに対応する例が多い。
そのため現時点では、
商業油田の主要な成因は、生物由来の有機物の熱的熟成である
という説明が、最も多くの観測事実を整合的に説明している。
第6章|生命がなくても炭化水素は生まれるのか
一方で、炭化水素が生命からしか生まれないわけではない。
適切な温度と圧力、還元的な環境、炭素源、水素源、触媒となる鉱物がそろえば、生命を介さずに炭化水素が形成されることがある。
ここで注意しなければならないのは、
「地球内部の圧力だけで石油ができる」
という説明である。
圧力だけでは足りない。
炭素と水素の材料が必要であり、それらを結合させる化学反応とエネルギー、周囲の酸化還元状態、鉄やニッケルなどを含む鉱物の作用が関係する。
代表的な過程の一つが、かんらん岩などと水が反応する蛇紋岩化作用である。
この反応では水素が発生し、その水素が二酸化炭素や一酸化炭素を還元することで、メタンなどが生成される可能性がある。
自然界の鉱物に含まれる鉄、ニッケル、コバルトなどは、炭素と水素を結びつけるフィッシャー・トロプシュ型反応の触媒になり得る。
2025年には、水と無機・有機の炭素源を岩石粒子と反応させ、岩石表面が水素や多様な炭化水素の生成を触媒し得ることを示した反応器実験も発表された。
この研究では、水と二酸化炭素などの炭素源を固体酸や複数の岩石と反応させ、脂肪族・芳香族・環状炭化水素の生成を調べている。
さらに2026年には、タヒチ島の火山活動によって運ばれてきた海洋下マントル由来の岩石中から、多環芳香族炭化水素を含む微小なメルト包有物が確認された。
研究者らは、これらの有機物が蛇紋岩化作用ではなく、上部マントル深部の還元的環境で非生物的に形成された可能性を示している。
つまり、
生命がなくても、地球内部で有機分子や炭化水素が生まれる
という点そのものは、現在では実験研究や一部の天然試料によって支持されている。
第7章|では、石油はすべて地球内部から来たのか
ここで話を飛躍させてはいけない。
生命を介さずに炭化水素が生成できることと、世界中の巨大油田が主に無機的に形成されたことは、同じではない。
2026年にマントル物質から確認されたのは、非生物的な多環芳香族炭化水素を含む微小な包有物である。
これは、マントルで有機物が形成され得ることの重要な証拠ではある。
しかし、そこから直ちに、
サウジアラビアや北海やベネズエラの巨大油田も、すべてマントルから供給された
とは言えない。
商業油田の成因を説明するためには、炭化水素が生成できることだけでなく、
* どれほど大量に生成されたのか
* どのような経路で地殻上部へ移動したのか
* どの油田へ、いつ供給されたのか
* 原油のバイオマーカーや同位体をどう説明するのか
* 周辺の根源岩との化学的対応をどう説明するのか
まで示す必要がある。
したがって、現在もっとも妥当なのは、
商業油田の大部分は生物由来で説明できる。
しかし、地球内部には非生物的な炭化水素生成過程も実在する。
油田によっては、その両方が混合している可能性もある。
という多層的な理解だろう。
生物起源説と無機起源説は、完全な二者択一である必要はない。
問題は、
どちらが存在するか
ではなく、
どの場所で、どちらが、どれほど寄与しているか
である。

多くの商業油田は、生物由来の有機物、根源岩、バイオマーカー、熱履歴によって説明される。一方、地球深部でも岩石と水の反応などを通じて、メタンや炭化水素が非生物的に生成され得る。両者の存在は矛盾せず、問題は油田ごとの寄与率にある。
第8章|生物の量と石油の量は一致するのか
無機起源説をめぐって、しばしば次の疑問が出される。
地球上に存在する石油の量は、
これまで存在した生物や有機物の量では説明できないのではないか。
一見すると、もっともらしい問いである。
しかし、この比較には構造的な問題がある。
地球上で生物が有機物をつくる働きは、炭素循環を流れるフローである。
植物や植物プランクトンが二酸化炭素を取り込み、有機物をつくる。
動物や微生物がそれを利用し、死後には分解され、炭素は再び大気や海へ戻る。
その炭素は、別の時代にもう一度生物へ取り込まれる。
したがって、「これまでにつくられた有機物の累積量」を数えると、同じ炭素原子が何度も有機物として数えられ得る。
一方、現在地下に残っている石油は、その循環の途中で分解を免れ、保存された蓄積量である。
流量と蓄積量は、そのまま比較できない。

生物が生産した有機物の大部分は、食物網や分解を通じて短期間に循環する。そのうち、ごく一部だけが堆積、埋没、ケロジェン化を経て、長い地質学的時間の中で石油として蓄積される。
また、生物がつくった有機物のすべてが石油になるわけでもない。
大部分は分解される。
堆積物中に残った一部だけがケロジェンになる。
その中でも適切な温度を経験した部分だけが石油を生成する。
生成された石油の一部は根源岩に残り、一部は移動途中で失われる。
貯留岩へ到達したものも、地表へ漏れたり、微生物に分解されたり、地殻変動によって散逸したりする。
現代まで油田として残るのは、長い選別をくぐり抜けた一部にすぎない。
だから問うべきなのは、
地球上で生まれた全有機物と、石油の総量が一致するか
ではない。
本当の検証は、油田ごとに行われる。
ある堆積盆地に、
* どれほどの根源岩があったのか
* 有機炭素をどれほど含んでいたのか
* どの程度まで熱的に熟成したのか
* どれほどの石油を生成・排出できたのか
* どれほどが油田へ集積したのか
を推定する。
そして、その質量収支が実際の油田の規模と合うかを調べる。
USGSの石油システム評価も、根源岩、生成、移動、集積、トラップという地質学的なつながりを前提に、油田の成り立ちを評価している。
もし巨大油田の周囲に、それを生成できるだけの根源岩がなく、化学的な対応も見つからないのであれば、生物起源モデルには大きな問題が生じる。
だが、量が多そうに見えるという印象だけでは、生物起源説への反証にはならない。
石油の量は、印象ではなく収支で問わなければならない。
同時に、生物起源で油田の量を説明できることは、地球内部の非生物的炭化水素を否定する理由にもならない。
生物由来で説明可能であることと、
生命以外の生成経路が存在しないことは、別の命題である。
第9章|人間は石油を人工的につくれるのか
答えは、明確に「つくれる」である。

ただし、人間がつくるのは、地質学的な意味での天然原油そのものではない。
合成粗油や、規格に合わせた合成燃料である。
炭素と水素を人工的に結びつけた、
* 合成粗油
* 合成ガソリン
* 合成軽油
* 合成ジェット燃料
* 合成ナフサ
などである。
代表的な方法が、フィッシャー・トロプシュ合成である。
一酸化炭素と水素を触媒上で反応させ、炭素鎖を伸ばすことで液体炭化水素をつくる。
原理自体は新しいものではない。
最新の研究開発で重要なのは、石炭や天然ガスを原料にするのではなく、回収した二酸化炭素と、再生可能電力などで製造した水素から液体燃料をつくることである。
大まかな流れは、
水
↓ 電気分解
水素
二酸化炭素
↓ 一酸化炭素などへ変換
水素+一酸化炭素
↓ FT合成
合成粗油
↓ 精製
ガソリン・軽油・ジェット燃料
となる。
ENEOSは2024年9月、原料から合成燃料までの一連の工程を扱える実証設備の運転を開始し、そこで製造された合成ガソリンや合成軽油は、2025年の大阪・関西万博の車両やシャトルバスでも使用された。
つまり人工石油は、まだ存在しない未来技術ではない。
すでに製造され、既存車両による走行実証に使われる段階にある。
現在の中心課題は、
つくれるかどうか
ではなく、
どれほど少ないエネルギーと費用で、大量につくれるか
である。
第10章|人工石油は、新しいエネルギー源なのか
ここには重要な落とし穴がある。
人工石油は、地下から掘り出した化石燃料のような一次エネルギー源ではない。
二酸化炭素は、すでに炭素が酸素と強く結びついた、化学的に安定した物質である。
それを再び燃える炭化水素へ戻すには、酸素を外し、炭素同士と炭素―水素の結合を新しくつくらなければならない。
そのためには、大量の外部エネルギーが必要になる。
NRELも、二酸化炭素から液体燃料をつくる工程は、分子を一から組み立て直すためエネルギー集約的であり、大規模なe-fuel生産には低炭素電力の大幅な拡大が必要になると指摘している。
したがって人工石油は、
エネルギーを生み出すもの
というより、
別の場所で生み出したエネルギーを、運びやすい液体へ保存する媒体
である。
電気は送電線や電池で運べる。
しかし、航空機、大型船舶、一部の産業機械では、軽くて体積当たりのエネルギー密度が高い液体燃料に利点が残る。
人工石油は、電力を直接使いにくい場所へエネルギーを運ぶ一つの手段なのである。
そして、人工であるだけで環境に優しいわけではない。
水素を何からつくったのか。
製造に使った電力は何から発電したのか。
二酸化炭素をどこから回収したのか。
製造設備の建設や輸送を含め、全体でどれほど排出したのか。
それによって、環境負荷は大きく変わる。
第11章|生物から人工原油をつくる
人工石油の道は、二酸化炭素と水素から組み立てる方法だけではない。
藻類、木材、農業残渣、食品廃棄物、下水汚泥などの有機物から、原油に似た液体をつくることもできる。
その一つが水熱液化である。
水を含んだバイオマスに高温と高圧を加え、有機物を分解・再結合させることで、バイオクルードと呼ばれる油状物質を得る。
藻類の水熱液化では、湿った原料を高温・高圧の反応器へ送り、バイオクルード、気体、液体、固体の生成物に変換する。
得られたバイオクルードは、さらに精製すれば輸送用燃料へ変えられる。
この技術は、自然界で有機物が長い時間をかけて石油へ変化する過程の一部を、反応器の中で短時間に進めるものと表現されることもある。
ただし、バイオクルードには天然原油より酸素や窒素が多く含まれることがあり、そのままガソリンや軽油として使えるとは限らない。
水素化処理などによって、不純物を除き、燃料規格に合わせる必要がある。
自然の石油も人工石油も、最終的には、
炭素をどのような分子構造へ組み直すか
という化学の問題なのである。
第12章|石油は本当にあと50年でなくなるのか
「石油はあと50年で枯渇する」
この話を、何十年も前から耳にしてきた人は多い。
もし50年前に本当に残り50年だったのなら、石油はすでになくなっていなければならない。
しかし、現在も石油は採掘されている。
これは、石油が地下で人間の消費に合わせて急速に再生しているからではない。
そもそも「あと50年」という数字が、最後の一滴がなくなる日を予言したものではないからである。
この数字の多くは、可採年数またはR/P比と呼ばれる指標から生まれる。
計算は単純である。
確認埋蔵量
÷
現在の年間生産量
=
可採年数

確認埋蔵量を年間生産量で割った可採年数、すなわちR/P比であり、新規油田の発見、採掘技術、石油価格、需要の変化によって毎年変動する。
EIAはR/P比を、現在の生産速度が続いた場合に、石油や天然ガスの埋蔵量が何年持つかを示す数字と定義している。
仮に確認埋蔵量が5000億バレルあり、年間100億バレルを生産しているなら、可採年数は50年になる。
だが、これは、
* 新しい油田が発見されない
* 技術が進歩しない
* 石油価格が変わらない
* 生産量が変わらない
* 既存油田の評価が修正されない
という条件を仮定した数字である。
未来予測というより、
現在の状態を固定して撮影した一枚の写真
に近い。
第13章|確認埋蔵量は、地下にある石油の総量ではない
確認埋蔵量とは、地球内部に存在する石油をすべて数えたものではない。
EIAは確認埋蔵量を、既知の油層に存在し、現在の経済条件と操業条件のもとで、地質学的・工学的データから合理的な確実性をもって回収できると判断された量としている。
つまり、地下に石油が存在していても、
* まだ発見されていない
* 油田の範囲が確認されていない
* 技術的に取り出せない
* 採掘費用が高すぎる
* 輸送設備がない
* 経済的に採算が取れない
場合には、確認埋蔵量へ含まれないことがある。
したがって確認埋蔵量とは、自然だけで決まる量ではない。
地質
技術
価格
設備
制度
これらが交わる場所に成立する数字である。
技術が進めば、以前は取り出せなかった石油が回収可能になる。
水平掘削、水圧破砕、三次元地震探査、深海掘削、流体圧入などによって、油田の発見精度や回収率は変化する。
価格が上がれば、採掘費用の高い油田でも採算が取れるようになる。
反対に価格が下がれば、石油そのものは地下に存在していても、経済的に回収可能な埋蔵量から外れることがある。
EIAの定義でも、改良された回収技術によって経済的に生産できるようになった石油は、条件を満たせば確認埋蔵量へ加えられる。
技術は、地下の石油そのものを増やしているのではない。
存在している石油と、取り出せる石油の境界を動かしている。
第14章|石油を使っているのに、なぜ埋蔵量が増えるのか
確認埋蔵量は、毎年採掘されることで減る。
しかし同時に、
* 新規油田の発見
* 既存油田の範囲拡大
* 油層評価の上方修正
* 回収技術の改善
* 経済条件の変化
によって増える。
実際、過去のUSGS評価では、1981年から1993年までの12年間に世界で2540億バレルの石油が生産された一方、発見済み油田の埋蔵量推定は3790億バレル増加したと報告されている。
その増加は、主に既存油田の規模や回収可能量が、当初より大きいと判明したことによる埋蔵量成長として説明されている。
つまり、
掘ったのに増えた
のではない。
以前から存在していたが、数えられていなかった石油が、確認された側へ移動した
のである。
このため、「あと50年」という数字は、毎年一つずつ減っていく時計ではない。
翌年には、埋蔵量も生産量も変わり、別の数字になる。
石油を消費し続けながら可採年数が長くなることさえある。
「石油はあと50年」という話が繰り返し現れるのは、予言が何度も延期されたからではなく、
その時点の技術と経済条件で、可採年数が再計算され続けているから
である。
第15章|だから石油は無限なのか
もちろん、無限ではない。
技術が進歩しても、過去に形成された石油の物理量そのものを増やすことはできない。
人工石油を除けば、採掘するたびに地中の石油は減る。
さらに、採りやすい石油から先に利用される傾向がある。
残された石油ほど、
* 地下深くにある
* 海底にある
* 岩石中に細かく分散している
* 粘度が高い
* 硫黄などの不純物が多い
* 採掘や精製に多くのエネルギーを要する
可能性が高くなる。
そのため、本当の限界は「石油があるか、ないか」だけでは決まらない。
一バレルの石油を得るために、どれほどの資金と設備とエネルギーが必要なのか。
どれほどの環境負荷を伴うのか。
採掘した石油から得られるエネルギーが、採掘に投入したエネルギーを十分に上回るのか。
石油が地下に残っていても、取り出す合理性が失われれば、社会にとっては利用不能になる。
したがって、石油の終わりは、最後の一滴が消える日とは限らない。
採掘費用が高くなりすぎる。
エネルギー収支が悪化する。
環境制約が強くなる。
代替技術の方が安くなる。
社会が石油を必要としなくなる。
こうした変化によって、石油は地下に残されたまま、主要資源としての役割を終える可能性がある。
石油を使わない社会と、石油を燃やさない社会は同じではない。
輸送の電動化が進めば、ガソリンや軽油の需要は減るかもしれない。
しかし、プラスチック、合成繊維、塗料、接着剤、医療材料など、石油を物質として利用する需要は別に残る。
したがって、石油からの移行とは、一つの資源を丸ごと捨てることではない。
燃やす用途を減らすこと。
材料を循環させること。
必要な炭素を別の経路から供給すること。
これらを分けて考える必要がある。
終章|石油とは、炭素の経路である
石油とは、ただの黒い液体ではない。
それは、多様な炭化水素が混ざった分子の集合である。
その多くは、過去の生物が固定した炭素から生まれたと考えられている。
しかし、地球内部では生命を介さずに炭化水素や有機物が生成される。
人間もまた、二酸化炭素、水素、藻類、木材、廃棄物などから、石油に近い液体燃料をつくることができる。
つまり、炭化水素には、生物由来、地球深部の反応、人工合成という複数の生成経路がある。
ただし、既知の商業油田の大部分が、生物由来の有機物から形成されたと考えられていることは変わらない。
石油とは、炭素と水素を中心とする多様な分子が混ざり合った、一つの物質体系である。
そして、「石油はあと50年」という言葉も、地球に残された時間を示す絶対的な予言ではない。
それは、その時点の技術、価格、生産量、確認範囲によって変わる可動的な数字である。
石油の本当の問いは、
いつ最後の一滴がなくなるのか
ではない。
どこから生まれた炭素なのか。
どれほどのエネルギーで取り出すのか。
どれほどの環境負荷を許容するのか。
何のために使うのか。
そして、次にどのような形へ変えるのか。
という問いである。
石油は、地下に眠る単なる資源ではない。
生物圏から地層へ。
地球内部から地殻へ。
油田から製油所へ。
製品から大気へ。
そして再び、二酸化炭素から合成燃料へ。
その姿を変えながら移動する。
石油とは、生命、地球、技術、文明のあいだを移動する炭素の一つの形である。
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