核分裂と核融合の違い
副題:原子核を割る発電と、原子核を結びつける発電
核分裂と核融合。
この二つの言葉は、よく似ている。
どちらにも「核」という字が入り、どちらも巨大なエネルギーを生み出す反応として語られる。
だが、その仕組みは正反対である。
核分裂は、重い原子核を割る反応である。
核融合は、軽い原子核を結びつける反応である。
一方は、分かれる。
もう一方は、合わさる。
だから、最初の理解としてはこう言えばよい。
核分裂は、原子核を割ってエネルギーを取り出す。
核融合は、原子核を結びつけてエネルギーを取り出す。
だが、ここで終わってしまうと、少し浅い。
本当に重要なのは、核分裂も核融合も、原子核がより安定した状態へ移るとき、その差分がエネルギーとして外へ現れる、という点である。
つまり、核分裂と核融合は、反応の方向こそ逆だが、どちらも原子核の中にあるエネルギーの差分を取り出す技術なのである。
もう少し正確に言えば、反応の前後で原子核の結びつき方が変わり、その質量差や結合エネルギーの差がエネルギーとして現れる。
火力発電とは、何が違うのか
私たちにとって、もっとも身近な発電は火力発電である。
石炭を燃やす。
石油を燃やす。
天然ガスを燃やす。
燃やすことで熱を得る。
その熱で水を蒸気に変える。
蒸気でタービンを回す。
発電機が回り、電気が生まれる。
火力発電とは、かなり単純に言えば、燃焼によって得た熱を電気に変える仕組みである。

火力発電は燃焼、原子力発電は原子核反応によって熱を生み出すが、どちらも最終的には蒸気でタービンを回し、発電機で電気を作る。
このとき起きているのは、主に化学反応である。
化学反応とは、原子と原子の結びつき方が変わる反応である。
もっと言えば、原子の外側にある電子の関係が変わる反応である。
一方、核分裂や核融合は、原子の中心にある原子核そのものが変化する。
ここが決定的に違う。
火力発電は、電子の結びつきからエネルギーを取り出す。
核分裂と核融合は、原子核の変化からエネルギーを取り出す。
扱っている階層が違うのである。
だから、核のエネルギーは非常に大きい。
それは、火が特別に弱いということではない。
人類の文明は、長いあいだ火のエネルギーによって支えられてきた。
だが、火は原子の外側の変化を使う。
核エネルギーは、原子の中心の変化を使う。
この違いが、エネルギー密度の違いとして現れる。
核分裂とは何か
核分裂とは、重い原子核が二つ以上の原子核に割れる現象である。
代表的なのは、ウラン235の核分裂である。

ウラン235の原子核に中性子が当たると、原子核は不安定になり、分裂してエネルギーと新たな中性子を放出する。
ウラン235の原子核に中性子が当たる。
すると、ウランの原子核は不安定になる。
不安定になった原子核は、二つ程度の原子核に分裂する。
そのとき、熱と放射線が出る。
さらに、新たな中性子も飛び出す。
ここで重要なのは、その飛び出した中性子である。
飛び出した中性子が、別のウラン原子核に当たる。
すると、その原子核も分裂する。
さらにまた中性子が出る。
その中性子が、さらに別の原子核を分裂させる。
これが連鎖反応である。

一度の核分裂で生まれた中性子が別の原子核を分裂させることで、反応は連鎖的に広がっていく。原子力発電では、この連鎖反応を制御しながら熱を取り出している。
核分裂発電、つまり現在の原子力発電では、この連鎖反応を制御しながら熱を取り出している。
米国エネルギー省は、原子炉内部では燃料棒が水に浸され、水が冷却材と減速材の役割を果たし、制御棒によって反応速度を調整すると説明している。
核分裂で生じた熱は水を蒸気に変え、その蒸気がタービンを回して電気を生む。
つまり、核分裂が直接電気を生んでいるわけではない。
核分裂によって熱が生まれる。
その熱で水を蒸気にする。
蒸気がタービンを回す。
タービンが発電機を回す。
その結果として、電気が生まれる。
ここはとても重要である。
原子力発電とは、核分裂によって直接コンセントの電気を作っているわけではない。
実際には、核分裂を熱源とした蒸気発電なのである。

原子炉で核分裂による熱を生み、その熱で蒸気を作り、タービンと発電機を回して電気を得る。原子力発電も本質的には熱を利用した発電である。
核融合とは何か
核融合とは、軽い原子核同士が結びついて、より重い原子核になる現象である。
代表的な例は、重水素と三重水素の融合である。

重水素と三重水素は、高温・高密度のプラズマ中で融合し、ヘリウムの原子核と中性子を生み出す。このとき大きなエネルギーが放出される。
重水素と三重水素は、水素の仲間である。
これらの原子核が融合すると、ヘリウムの原子核と中性子が生まれ、大きなエネルギーが放出される。
太陽が輝いているのも、核融合によるものである。

太陽では、自身の重力が中心部を圧縮し、高温高圧のプラズマ状態を生み出す。その極限環境の中で核融合が起こり、発生したエネルギーの圧力と重力がつり合うことで、太陽は安定して輝き続けている。
ただし、太陽で核融合が起きているのは、太陽がただ熱いからではない。
太陽は巨大な質量を持っている。
その質量によって、太陽自身の重力が中心へ向かって働く。
外側の物質が内側の物質を押しつぶす。
その圧縮によって、太陽の中心部は極めて高温・高圧になる。
この高温高圧の環境では、原子はそのままの形ではいられない。
電子は原子核から離れ、原子核と電子がばらばらに動くプラズマ状態になる。
その極限的なプラズマの中で、軽い原子核同士が激しく動き回る。
そして、原子核同士の反発を乗り越えた一部の原子核が融合する。
これが、太陽で起きている核融合である。
つまり、太陽の核融合は、重力によって支えられている。
ただし、現在の太陽は重力で無限に潰れ続けているわけではない。
内側へ押し込む重力と、核融合で生じる外向きの圧力が釣り合うことで、太陽は安定して輝き続けている。
巨大な重力が物質を押し込める。
押し込められた中心部が高温高圧になる。
高温高圧の中でプラズマが生まれる。
プラズマの中で原子核が融合する。
この流れがある。
だから、地上で核融合を起こすということは、太陽の中心部に近い条件を、地球上の装置の中で人工的に作ろうとする試みでもある。
もちろん、地球上には太陽ほどの巨大な重力はない。
だから人類は、重力ではなく、磁場やレーザーなどを使って、超高温のプラズマを閉じ込めようとしている。
ここに、核融合発電の難しさがある。
太陽は、重力でプラズマを閉じ込めている。
人間は、装置でプラズマを閉じ込めようとしている。

太陽は巨大な重力によって高温のプラズマを閉じ込めている。一方、人間は磁場やレーザーなどの装置を用いて、太陽の中心部に近い条件を地上で人工的に再現しようとしている。
核融合発電とは、ただ核融合反応を起こす技術ではない。
太陽が重力で自然に作っている極限環境を、地上で人工的に再現しようとする技術なのである。
そして、その人工的な再現には大きな壁がある。
原子核は正の電荷を持っている。
正の電荷同士は反発する。
つまり、原子核同士はそのままでは近づかない。
重水素と三重水素を融合させるには、原子核同士の反発を乗り越えるほどの高温状態を作らなければならない。
そのために必要になるのが、プラズマである。
プラズマとは、原子から電子が離れ、原子核と電子がばらばらに動いているような高温の状態である。
ITERは、極端な高温では電子が原子核から離れ、気体がプラズマになり、このプラズマが軽い元素の核融合を起こす環境になると説明している。
ただし、高温にすればよいだけではない。
超高温のプラズマを作る。
そのプラズマを閉じ込める。
反応を安定して続ける。
取り出せるエネルギーを、投入したエネルギーより大きくする。
さらに、それを発電所として経済的に成立させる。
ここまでできて、初めて核融合発電になる。
核融合は理想的なエネルギーとして語られることが多い。
だが、理想的であることと、実用化が簡単であることは違う。
現在、核融合は研究開発が進んでいる段階であり、商業用の発電方式として広く実用化されているわけではない。
ITERも、自らの目標を「発電所規模での核融合出力を達成し、核融合炉技術を実証すること」と位置づけている。
つまり、核融合は未来の可能性を持つ技術である。
だが、現在すでに社会を支えている核分裂発電とは、技術の成熟度がまったく違う。
なぜ人類は核融合を目指すのか
では、なぜ人類は核融合発電を目指しているのだろうか。
すでに火力発電はある。
原子力発電もある。
太陽光発電や風力発電もある。
それでもなお、世界中の研究者たちは核融合を実現しようとしている。

核融合は、発電時の二酸化炭素排出の少なさ、安定した大規模電源としての可能性、燃料資源の広がり、エネルギー安全保障、そして核分裂とは異なる安全構造などの点から期待されている。
その理由は、核融合が単なる新しい発電方法ではなく、現在のエネルギー問題が抱えている複数の限界を同時に越える可能性を持っているからである。
まず、核融合は発電時に二酸化炭素をほとんど出さない発電方式として期待されている。
火力発電は、石炭、石油、天然ガスを燃やす。
燃やせば、二酸化炭素が出る。
二酸化炭素は地球温暖化の原因の一つであり、現代のエネルギー政策では避けて通れない問題になっている。
もちろん、再生可能エネルギーもある。
太陽光発電や風力発電は、燃料を燃やさずに電気を作る。
その意味では、とても重要な技術である。
しかし、太陽光は夜には発電できない。
風力は風が弱ければ発電量が落ちる。
自然条件に左右されるため、安定した大規模電源として使うには、蓄電池、送電網、需給調整などの仕組みが必要になる。
そこで、核融合は別の可能性として現れる。
核融合は、天候や時間帯に左右されにくい大規模電源になりうる。
しかも、化石燃料を燃やすわけではないため、発電時の二酸化炭素排出を大きく抑えられる可能性がある。
次に、核融合は燃料の面でも魅力がある。
代表的な核融合反応では、重水素と三重水素が使われる。
重水素は、水素の同位体であり、海水中にも存在する。
三重水素は自然界に大量に存在するわけではないが、核融合炉の中でリチウムから生産する構想がある。
つまり、核融合が実用化されれば、燃料資源の制約を大きく緩和できる可能性がある。
これは、石油や天然ガスのように、資源の偏在に左右されるエネルギーとは違う。
エネルギー資源が一部の地域に集中していると、国家間の依存関係や地政学的リスクが生まれる。
燃料をどこから買うのか。
価格が上がったらどうするのか。
輸送ルートが止まったらどうするのか。
戦争や制裁で供給が止まったらどうするのか。
エネルギーとは、単なる科学技術ではない。
国家の安全保障であり、経済の土台であり、社会の継続性そのものである。
だからこそ、核融合は「夢のエネルギー」と呼ばれることがある。
それは、無限のエネルギーが簡単に手に入るという意味ではない。
そうではなく、核融合が実現すれば、化石燃料への依存、二酸化炭素排出、資源の偏在、長期的なエネルギー不安を同時に小さくできる可能性がある、という意味である。
さらに、核融合は核分裂とは異なる安全上の特徴を持つ。
核分裂発電では、連鎖反応の制御が重要になる。
原子炉を安定して冷却し、反応を管理し、放射性廃棄物を長期間扱わなければならない。
一方、核融合では、反応を続けるために極めて特殊な条件が必要になる。
超高温のプラズマを維持できなければ、核融合反応は続かない。
条件が崩れれば、反応は止まる。
もちろん、核融合にも放射化した炉材の管理、三重水素の取り扱い、設備の安全性などの課題はある。
だから、核融合を「完全に安全な技術」と言うのは正確ではない。
しかし、核分裂とは異なる安全構造を持っていることは確かである。
核融合が目指される理由は、ここにある。
人類は、ただ大きなエネルギーがほしいだけではない。
大きなエネルギーがほしい。
だが、二酸化炭素は減らしたい。
資源の奪い合いも減らしたい。
長期間残る廃棄物も減らしたい。
天候に左右されすぎない安定電源もほしい。
国家のエネルギー安全保障も確保したい。
この複数の要求が重なった場所に、核融合がある。
つまり、核融合とは、単に「原子核を結びつける技術」ではない。
それは、火力発電の限界、核分裂発電の重さ、再生可能エネルギーの不安定さを見たうえで、人類が次に進もうとしているエネルギー技術なのである。
核融合を目指す理由は、未来の電気を作るためだけではない。
文明がこれ以上、燃やすことだけに依存しないためである。
そして、割ることの重さを背負い続けないためである。
人類は、火を燃やし、原子核を割り、そして今、原子核を結びつけようとしている。
その流れの中に、核融合の意味がある。
二つの反応を整理する
核分裂と核融合の違いは、次のように整理できる。
核分裂は、重い原子核を割る反応である。
ウラン235やプルトニウム239のような重い原子核が分裂し、そのときに大きなエネルギーが放出される。
核融合は、軽い原子核を結びつける反応である。
重水素や三重水素のような軽い原子核が融合し、ヘリウムなどのより重い原子核になる。その過程でエネルギーが放出される。
現在の原子力発電で使われているのは、核分裂である。
原子力発電所では、核分裂によって生じた熱を使い、水を蒸気に変え、その蒸気でタービンを回して発電している。
核融合発電は、まだ商業発電として一般的に実用化されていない。
研究は進んでいるが、超高温プラズマの制御、炉壁材料の耐久性、三重水素の確保、発電コストなど、解決すべき課題が多い。
核分裂では、連鎖反応の制御が重要になる。
一度核分裂が起きると、新たな中性子が飛び出し、それが別の原子核を分裂させる。この連鎖反応を安定して制御することが、原子炉の中心的な技術になる。
核融合では、超高温プラズマの閉じ込めが重要になる。
原子核同士は正の電荷を持つため、そのままでは反発して近づけない。
融合させるには、非常に高温のプラズマ状態を作り、それを安定して閉じ込める必要がある。
核分裂の主な課題は、放射性廃棄物、事故リスク、燃料管理、安全管理である。
核分裂反応では、長期間管理が必要な放射性物質が生じる。また、原子炉を安定して冷却し続けることが重要になる。
核融合の主な課題は、技術的な実現性である。
理論的には魅力が大きいが、発電所として安定的に運用するには、まだ多くの技術的課題が残っている。
そして、核分裂も核融合も、最終的には熱を電気に変える。
ここが、意外と見落とされやすい。
核分裂も、核融合も、反応そのものが直接電気になるわけではない。
原子核反応によってエネルギーが生まれる。
そのエネルギーを熱として取り出す。
その熱で水や冷却材を温める。
蒸気や流体の力でタービンを回す。
タービンが発電機を回す。
その結果、電気が生まれる。
つまり、違いは発電の最終段階にあるのではない。
違いは、熱を生み出す原子核反応の側にある。
核分裂は、原子核を割ることで熱を得る。
核融合は、原子核を結びつけることで熱を得る。
方向は逆だが、どちらも原子核がより安定な状態へ移るときの差分を、エネルギーとして取り出しているのである。
発電とは、熱の翻訳である
ここで、発電というものを少し広く見てみる。
私たちは電気を、非常に現代的なものとして考えている。
スマートフォンを充電する。
パソコンを動かす。
照明をつける。
冷蔵庫を冷やす。
電車を走らせる。
電気は、現代文明の血液のようなものである。
だが、その電気の多くは、かなり古典的な仕組みで作られている。
熱を作る。
水を沸かす。
蒸気を作る。
タービンを回す。
発電機を回す。
この構造は、火力発電でも、原子力発電でも、核融合発電の構想でも大きくは変わらない。
ITERも、核融合発電所は従来型の発電所と同じように、核融合反応で生じた熱から蒸気を作り、タービンと発電機によって電気を生み出すと説明している。
つまり、発電とは、自然界のエネルギーを人間が使える形に翻訳する技術である。
火力発電は、化学反応の熱を電気へ翻訳する。
原子力発電は、核分裂の熱を電気へ翻訳する。
核融合発電は、核融合の熱を電気へ翻訳しようとしている。
このように見ると、核融合と核分裂の違いは、単なる科学用語の違いではなくなる。
それは、人類がどの階層の自然現象からエネルギーを取り出そうとしているのか、という違いである。
燃焼は、分子の階層を使う。
核分裂は、重い原子核の不安定さを使う。
核融合は、軽い原子核が結びつく力を使う。
人類は、火から始めた。
木を燃やし、石炭を燃やし、石油を燃やし、天然ガスを燃やした。
やがて、原子核を割ることで熱を得るようになった。
そして今、原子核を結びつけることで熱を得ようとしている。
ここには、文明の方向性が表れている。
人間は、より深い自然の階層へ降りていくことで、より大きなエネルギーを取り出そうとしてきた。
だが、そのたびに、新しい制御の問題が現れる。
火は、燃え広がる。
核分裂は、連鎖反応を制御しなければならない。
核融合は、超高温プラズマを閉じ込めなければならない。
エネルギーとは、ただ取り出せばよいものではない。
取り出したエネルギーを、どこまで制御できるのか。
そこに文明の成熟度が現れる。
おわりに
核分裂と核融合は、反対方向の反応である。
核分裂は、重い原子核を割る。
核融合は、軽い原子核を結びつける。
しかし、その本質は共通している。
どちらも、原子核がより安定した状態へ移るときに生じるエネルギーの差分を取り出している。
そして発電とは、その差分を熱として受け取り、蒸気やタービンや発電機を通して、社会で使える電気へ変換する仕組みである。
核分裂は、すでに実用化された「割る核エネルギー」である。
核融合は、実用化へ向かう途中の「結びつける核エネルギー」である。
方向は逆である。
だが、人類がしていることは同じである。
自然界が安定へ向かうときに生じる差分を、人間の文明がエネルギーとして借りている。
核分裂も、核融合も、その意味では、自然の深い階層から熱を取り出す技術である。
そして発電とは、その熱を、文明の言葉である電気へと翻訳する行為なのである。
最終命題
核分裂と核融合は、反応の方向は逆だが、どちらも自然界が安定へ向かうときの差分を、人間が熱として取り出し、電気へ翻訳する技術である。
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