漫画家アシスタント物語 第9章 〈3〉 本番スタート、逃げ場はない!
《 写真上: 赤坂にあるTBSを案内する掲示板です。放送局へ行こうとする私は、「センター」と書かれた掲示板を無視して、自分の昔の記憶を頼りに左方向の大通りへ‥‥そして、完全に迷ってしまったのです。2008年7月 》
< この9章〈3〉は、文庫本約12ページ分 >
「第9章」は、独立した「章」ですので、「第8章」の続きではありません。ほとんど短いショートストーリーですので、「第9章〈1〉」(無料)より、お楽しみいただけます!
ただし‥‥ この「第9章」は、それぞれの話が連続していますので‥‥ 「第9章〈1〉」よりお読みください!
それから‥‥
はじめての方は、「マガジン:第1章、第2章」(無料)がお薦めです!
その5
《 漫画家アシスタントが・・・猿の様にお尻を出して!? 》
TBSの局社は、遠くから見るとハッキリと青いビルが確認できるのですが、赤坂の通りから見ると、通り沿いのビルの陰になって見ることが出来ません。
私がアルバイト( ※参照 )をしていた1970年代には、通り沿いにTBSのビルがあったので、すぐに入口がわかったものですが‥‥ 今では、すっかり変わってしまった風景に焦りまくったわけです。
結局、TBSの駐車場入り口にいた係員に局入口を訪ねてやっとたどり着く有様でした。
30年前には、局内には誰でも入れたのですが、講談社へのたけし軍団殴りこみ事件やオウム事件など、セキュリティー上の問題から関係者以外の入局は厳しく制限される様になっていました。
専用のIDカードがないと中へ入れませんし、呑気に見学して歩く事も出来なくなっていました。
10時には局へ到着する予定だったのに‥‥
放送開始時間、ギリギリ( 11時頃 )になってスタジオに着いた時には「 余裕 」どころか汗でズブ濡れ、徹夜明けのグタグタの疲労感、そして、粘着性の緊張感にまとわりつかれていました。( 放送開始は11時で、私の出演は11時半から )
スタジオといっても、普通の広いオフィスの隅にあって、本番が行われる収録室は部屋の一番奥に設置されていました。
その手前に調整室があり、どちらも頑丈な防音壁によって隔離されているのです。
私は、その広いオフィスの中央に設置された打合せ用の個室で待機するのですが、どんどん緊張感が高まっていくわけです。
最初にその個室に通されて、ディレクター氏( ※参照 )から‥‥
「 こちらでちょっと待っていて下さい 」
と言われた時に、書類や事務用具で雑然とした4畳半ほどの個室で一人になった時の心細さは例えようもないほど頼りないものでした。
しかし、すぐにディレクター氏が戻って来て私の出番である11時30分までの30分間、いろいろと雑談をしてくれました。
後で分かった事ですが、ゲストの緊張感を解くために本番前に軽い雑談に時間を割いてくれていたのだと思います。
どんな雑談かと言うと‥‥
「 この台本なんですが‥‥ こうやって台本をめくるときに‥‥ 」
私は台本をパラパラとめくりながら話します‥‥
「 ちょっと音が出ますよね‥‥、それって大丈夫なんですか‥‥? 」
するとディレクター氏は、軽く‥‥
「 ああ、ペーバーノイズですね。それは‥‥ こうやってすべらすように‥‥ 」
彼は、デスクにホチキスで、まとめていない台本を置くと、一枚一枚すべらす様に紙をずらす事で、音を出さない様にしてページをめくるのを見せてくれました。
そんな会話をしている間も、放送中の音声が部屋いっぱいに響いています。 ハイクオリティなサウンド、さすがプロです。 その声は、すぐ隣で喋っている様な自然音( 最高レベルの音質 )です!
アナウンサー( ※参照 )が、当日の「 話題 」を語り、アシスタントの女性がコロコロと気持ち良く笑う、とても美しく、良く聞こえるわけです。
局内での生放送は、一般のラジオから流れる音声とは、比較にならないほど素晴らしい音質なので、やけにアナウンサーの声が新鮮で清々しく響きます‥‥
「 彼(A住S一郎氏)の声ってこんなにキレイなんですねぇ‥‥ やっぱり違うんですねぇ‥‥ 普通の声じゃないないんだなぁ‥‥ 」
などと感心したりしているうちに、30分経ってしまいます‥‥
よく、舞台役者さんのインタビューなどで、本番直前には逃げ出したくなるという話を聞いていましたが‥‥ ディレクター氏と話している間に、私の緊張がほぐれてきたような‥‥
‥‥いや、少なくとも‥‥ そう思い込もうとしていました‥‥
番組が半分終わり、コマーシャルが入るわずかな時間にスタジオの収録室へ飛び込むのですが、その前に‥‥‥‥
「 CM中に入りますから、時間がありません。ゆっくり挨拶する事はできないと思いますので、急いで下さいね 」
そう言われ、個室を出てオフィースから薄暗く、音響機材がギッシリ並んだ調整室( 音声技師などが詰めている )を通って、さらに分厚いドアを抜けて本番スタジオの中へ入る時には‥‥‥‥
もう、何が何ンだか分からない‥‥‥‥ 猿が尻を出して頭だけ温泉に突っ込んでいる様な‥‥‥‥
人生最大の異常事態‥‥‥‥

その6
《 漫画家アシスタントが・・・チンプンカンプンになる!? 》
調整室から分厚いドアを開けて通されたスタジオ( ※参照 )の中は、意外とシックな応接間の様な雰囲気がありました。
広さが10畳ほどの部屋の中央に大きな( 6人位で使えそうな )白いテーブルがあり、そのテーブルに接する様にある壁の上半分がガラス張りになっていて調整室と仕切られています。
台本の紙が何枚かのっているだけのテーブルには、差向いにアナウンサー( ※参照 )とアシスタントの女性がいて、ディレクター氏( ※参照 )に連れられて私が入って行くと‥‥
「 よろしくお願いします 」
「 小池です。今日はよろしくお願いします‥‥ 」
などと簡単な挨拶を交わしてすぐに私は席に着きました。
私の左横に女性アシスタントのN澤Y美子さんが座り、その向かいがアナウンサーのA住さん。
そして、私の向かいにディレクター氏‥‥ ちなみに、彼は収録中何も喋りませんでしたが、合いの手を入れる様に笑う声だけはマイクに入れていました。
テーブルの上には、天井からつるされたマイクと黒いマイクカバー( 金魚すくいの丸い団扇みたいなもの )がそれぞれセッティングされていて、各人がそれに向かって喋る様になっています。
私は、ディレクター氏から「 緊張して、アナウンサーの方を見ながら喋れないようなら、正面の私に向かって喋って下さい 」‥‥ などと言われていたのですが‥‥ もはや何を見て良いやら、すでに台本の内容や段取りさえ上の空‥‥
スピーカーから流れていたコマーシャルが終わろうとしていた時、私の緊張は頂点に達します。
よく、緊張のあまり「 逃げ出したくなる衝動にかられる 」と言われますが、本当にそんな心境に追い込まれます。( 本当なのです!)
心臓がバクバクと鳴り出し、息が苦しくなり、台本の文章の意味さえサッパリわからなくなる‥‥
『 なぜ、こんな所へ来てしまったのだろう! 』
スタジオ内に、本番スタートの‥‥ 合図の声が‥‥
私にとって、ロケット発射のような‥‥
「 4‥‥ 3‥‥ 2‥‥‥‥ 」
目の前のディレクターもアナウンサーも目に入らない‥‥ その背後の‥‥‥‥ どこかずっと遠くの方を見る様に‥‥‥‥
『 も‥‥ もう逃げられないのか‥‥! 』
銀座の街を歩きながら小便を漏らしてしまった様な‥‥ 思考の止まった恐怖の瞬間‥‥‥‥
「 今日のゲストを紹介します。漫画家アシスタント生活34年の小池さんです! 」
頂点に達した緊張感とは‥‥ 素っ裸で時限爆弾でも抱いている様な‥‥ そんな気分です。
それでも、最初の挨拶‥‥‥‥
「 お早うございます! 」
という、元気なアナウンサーに‥‥‥‥
「 お早うございます‥‥ よろしくお願‥‥ し‥‥ ま‥‥ 」
声は緊張からかすれた様な、おびえた声になっているものの、かろうじて日本語にはなっている‥‥‥‥
ここから先は、台本通りに進むわけで‥‥ 小学生でも出来る簡単な会話のはずだったのですが‥‥‥‥
前回から、この文章を書いているだけでも、緊張感が蘇ってきます‥‥ 胸が圧迫されるような、嫌な気分です。
私は、ディレクター氏からペーパーノイズを防ぐために台本はホチキスで留めずに、バラバラの状態にしておいて、一枚一枚ズラしてめくる事を教わっていたのに‥‥‥‥
台本をホチキスで留めていたままにしていたため、台本をめくるパラパラという音をさせない様にブルブルと手を震わせている有様でした‥‥‥‥
『 しまった‥‥ でも、今ごろホチキスの部分をビリビリ破り取るわけにはいかないし‥‥‥‥! 』
などと、バカな事を考えているうちに‥‥‥‥ A住氏からの最初の質問が‥‥‥‥
「 アシスタント生活34年‥‥ で‥‥ 現在は? 」
台本( ※参照 )には、「 今は、誰のアシスタントをしているのですか? 」といった感じの事が書かれていたのですから、答えは簡単です。
「 現在は、ジョージ先生のアシスタントをしています 」
‥‥と、答えれば良かったわけです。
先生の名前を言うだけ、いたって簡単!
つまらないほど簡単!
小学生レベル!
ところが‥‥‥‥
私は、「 現在は? 」と訊かれた瞬間に台本の中から、「 現在は? 」という質問項目を必死に探すわけです‥‥ が‥‥ 見当たりません!( 私が探したのは、文末です。疑問符のある文末だと思い込んでいたのです )
もう、聴覚も視覚も、脳そのものがダウンしています。
必死に、シナリオをめくります‥‥ ( 音のしないように! )
2ページ目、3ページ目‥‥‥‥ ない、ない、ない!
手はブルブルと震え、ページをめくります。 頭は真っ白! ただ必死に‥‥
『 静かに、静かに、音を出すな! 』
『 現在は?』‥‥‥‥? ( 台本の各行の文末を探します )
『 し‥‥静かに探せ! 』
『 現在は?』なんて‥‥‥‥‥ そんな質問( 疑問符 )は‥‥ ない!
『 現在は? 』なんてどこにもない!!
こうして、最初の質問の意味がチンプンカンプンのまったく意味不明になる‥‥ 混乱状態に陥りました。
笑い話ではありません‥‥‥‥ 本当に錯乱一歩手前でした!
せっかく目の前に台本があるのに‥‥ まったく役に立たない! ( この記事を書いている今ですら、心臓がドキドキしてくる )
生放送のインタビュー番組で開始早々、一番最初の質問の意味が全然分からない!
A住氏の言葉‥‥
「 現在は? 」
の質問に‥‥‥‥ 何が何だかサッパリ分からなくなった私は‥‥‥‥
「 ‥‥‥‥? ‥‥‥‥‥‥???」
胃の辺りから‥‥ 何かが食道を上がってくる‥‥‥‥
「‥‥‥‥‥?」
吐きそうだ‥‥‥‥
「‥‥‥‥あ‥‥はい 」
苦し紛れ‥‥‥‥ 本当に苦し紛れに‥‥‥‥‥‥
「 ‥‥‥‥現在‥‥‥‥ も‥‥ 続けているんですが‥‥‥‥ 」
A住氏の質問から1秒ほどしか経っていません。
たったの1秒です‥‥‥‥
ただの1秒‥‥‥‥ でも‥‥‥‥
私は10秒ほどの長さに感じました!
次回は、いよいよ、この時の録音データを公開します。
錯乱寸前の漫画家アシスタントが狼狽する姿‥‥ 文化人類学的な研究資料の参考として‥‥‥‥( 本人は地獄でしたが、リスナーさんにとっては、普通の会話に聞こえたかもしれません )
精神錯乱寸前の男の、「 普通 」を装う狼狽の一瞬です!
「 漫画家アシスタント物語 第9章〈4〉」へつづく・・・・
「第9章〈2〉」へもどる‥‥
「もくじ」 へ‥‥
~~~ 参照 ・第9章(前) ~~~ ( 読んでも、読まなくても!)
【その5】
・アルバイト : 1978年頃、TBSスタジオ内で建具を設置する下請け会社で、1年近くアルバイトをしていました。あの〇永小百合とも一緒に‥‥
・ディレクター氏 : TBSラジオディレクター、40歳前後。優しい表情が印象的な好人物。どんな事でも聞いてくれそうな、人を安心させるタイプ。
・アナウンサー : TBSテレビでも有名なアナウンサー。甘いマスクと人柄で特に女性聴取者からの人気が高い。(2025年現在も放送中のお昼番組)
【その6】
・スタジオ : 2008年7月、漫画家アシスタント歴34年の人物という紹介でTBSラジオにゲスト出演。音響調整室とガラス張りになった10畳ほどの部屋。内装はオシャレなリビング風。大きな4人掛けテーブル。
・台本 : 「その6」を書いている時に、台本を探していました。数枚のコピー用紙に、簡単な質問や、それに対する回答について記述されたもの。すぐ後で見つけ出します。
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