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厄除祈願に行って思ったこと― 災いを怖がるより、日々の向き合い方をととのえる ―

ハイサイ。
ととのえ職人、五木田穣ごきたゆたかです。

このnoteでは、心と体と思考のズレをやさしくととのえる話を、日々書いています。

先日、出雲大社沖縄分社で、厄除祈願を受けてきました。

前厄、本厄、後厄。

この3年間、毎年、厄除・厄祓祈願を受けてきました。

前回の記事では、
前厄・本厄・後厄の3年を終えて、厄を祓うとは、節目を丁寧に扱うこと
という話を書きました。

今回は、そこからもう少し日常に戻して、

厄除祈願に行って思ったこと。

災いを怖がるより、日々の向き合い方をととのえること。

そんなことを書いてみたいと思います。



厄年を、怖がるだけで終わらせない

厄年と聞くと、少し身構えてしまうかもしれません。

何か悪いことが起きるのではないか。
体調を崩すのではないか。
仕事や人間関係で、何かあるのではないか。
気をつけなければいけないのではないか。

そんなふうに、不安に感じる。

もちろん、
厄年だからと気をつけることは大切です。

年齢の節目には、
体の変化もあります。
立場・役割の変化もあります。
責任が増えることもあります。
暮らしの中で、これまでとは違う負荷がかかることもあります。

厄年というものは、昔の人たちが、
人生の節目を大切に受け取ってきた智慧です。

でも、
厄年をただ怖がるだけで終わらせてしまうと、
少しもったいない気がします。

何か悪いことが起きないように。

失敗しないように。

崩れないように。

間違えないように。

そうやって、
未来の不安ばかりを見ていると、
今の自分の状態が置き去りになってしまう。

本当は疲れているのに、気づかない。

本当は無理をしているのに、なかったことにする。

本当は立ち止まるべきなのに、まだ走ろうとしてしまう。

厄年を怖がるだけで終わらせない。

それは、今の自分を丁寧に見るということです。


災いを避けるより、日々を見直す

神社やお寺に行っても、行かなくても、

悪いことが起きませんように。
大きな災いがありませんように。
無事に過ごせますように。

そんなことを願う。

それは自然なことだと思います。

人は、安心して生きたい。
大切な人に何も起きてほしくない。
自分の暮らしを守りたい。
穏やかに過ごしたい。

そう願うのは、とても自然なことです。

私自身の考えですが、
災いを避けることだけが大切なのではない
と思います。

なぜなら、
人は失敗や辛い経験から学ぶこともたくさんあるからです。

でも、
できるならば、避けたい。

であれば、
ただ怖がるのではなくて、日々の向き合い方を見直していくこと。

そこに、厄年という節目の意味があるのではないか。

それは、厄年に限らず、
何かの節目には、自分の今を見つめ直す。

自分は今、どう生きているのか。

どこで無理をしているのか。

何を抱え込みすぎているのか。

どんな言葉を使っているのか。

どんな働き方をしているのか。

どんな人間関係の中で、自分をすり減らしているのか。

どんな思い込みで、自分を急がせているのか。

厄を避けたいと思うなら、
まず日々を雑に扱わないこと。

大きな災いだけを怖がるのではなく、
小さなズレに気づくこと。

崩れてから慌てるのではなく、
崩れる前の違和感を拾うこと。

それが、日々の向き合い方をととのえるということです。


祈願は、他力本願ではなく、自分の足元に戻る時間

神社で祈願を受ける。

お祓いを受ける。

祝詞を聴く。

丁寧に動く。

手を合わせる。

その時間は、日常の速度とは少し違います。

普段、私たちは、どうしても頭の中で動き続けています。

仕事のこと。
予定のこと。
やらなければいけないこと。
人との関係。
これからのこと。

頭の中では、ずっと何かが動いている。

でも、ご祈祷の場では、一度その流れが止まります。
それは、まるで時間軸が違う世界にきたかのようです。

姿勢を正す。
静かに座る。
名前を呼ばれる。
祝詞を聴く。
頭を下げる。
手を合わせる。

そのひとつひとつが、自分の足元に戻る時間になります。

祈願は、
神様にすべてを丸投げすることではありません。

お願いします。
どうにかしてください。
守ってください。

もちろん、そういう気持ちもあっていい。

自分ではどうにもならないことがある。
人の力だけでは及ばないことがある。
見えないものに支えられていることがある。

それを受け入れることも、大切です。

でも、それだけではなく、

自分は今、どう生きているのか。

何を大切にしているのか。

どこで無理をしているのか。

何を手放す必要があるのか。

何を整え直す必要があるのか。

そこに戻る時間でもある。

他力本願ではなく、自力本願で。
人事を尽くして、天命を待つ。

祈願は、依存ではなく、自分の足元に戻る時間。

そんなことを改めて思いました。


厄を祓うとは、自分の中の無理に気づくこと

厄を祓うというと、
外側にある悪いものを祓うイメージがあるでしょう。

災いを避ける。
悪い流れを断つ。
不運を遠ざける。

もちろん、そうした意味はあります。

でも、ととのえ職人としては、
厄を祓うことを、自分の内側のこととしても見ています。

自分の中にある無理を祓う。

焦りを祓う。

抱え込みすぎを祓う。

余計な力みを祓う。

人に合わせすぎる癖を祓う。

自分を置き去りにするやさしさを祓う。

本当は疲れているのに、大丈夫なふりをしてしまう自分に気づく。

本当は立ち止まりたいのに、まだ頑張ろうとしてしまう自分に気づく。

本当は違和感があるのに、これくらい大したことないと打ち消してしまう自分に気づく。

厄を祓うとは、
外から何か悪いものが入ってこないようにするだけではなく、
自分の中に溜まっている余計なものに気づき、
少しずつ手放していくことでもあるのではないか。

そう思います。

祓うとは、消し去ることではなく、
気づいて、手放して、ととのえ直すこと。

祈願を受けることは、
外側を祓うだけでなく、
自分の内側を祓い、心と体と思考をととのえる時間にもなります。


体の声を聴き直す節目

厄年というものは、年齢の節目とも言えます。

特に、30代、40代になってくると、
10代、20代の頃とは、だいぶ違います。

年齢を重ねると、体の声が変わってきます。

若い頃と同じようには動けないことがある。

回復に時間がかかることがある。

疲れが抜けにくいことがある。

無理が、あとから体に出ることがある。

気合いや根性だけでは、ごまかせなくなることがある。

でも、それは悪いことばかりではありません。

体が、より正直になってきたとも言えます。

これ以上は、少し無理だよ。

今の生活は、少し合っていないよ。

休む時間が、足りていないよ。

考えすぎているよ。

人に合わせすぎているよ。

本当は、もう少し静かな時間が必要だよ。

体は、そうやって知らせてくれます。

ただ、その声はとても小さい。

忙しいと、聴き逃します。

不安が強いと、打ち消します。

頭で考えすぎると、
体の声よりも予定や役割を優先してしまいます。

だからこそ、節目が必要なのだと思いました。
そこで、一度立ち止まれるから。

立ち止まる時間。

手を合わせる時間。

自分の状態を見直す時間。

厄祓祈願・厄除祈願をうけることは、
体の声を聴き直すための時間になる。

何かが起きてから慌てるのではなく、その前の違和感に気づく。

痛みになる前の小さな重さに気づく。

崩れる前の呼吸の浅さに気づく。

疲れきる前の違和感に気づく。

そういう感度を、もう一度取り戻すための時間。

祈願を受けるという非日常な時間だからこそ、
そんなことをより感じました。


祈りは、日常に戻してこそ意味がある

祈願を受けると、
その時間はとても特別なものになります。

神社の空気。
祝詞の響き。
頭を下げる時間。
手を合わせる静けさ。

日常とは違う場所で、日常とは違う速度に触れる。

それだけで、心と体がととのうような感覚になります。

でも、本当に大切なのは、そのあとだと思います。

祈願を受けた。

厄を祓ってもらった。

これで安心。

もちろん、その安心も大切です。

安心できる場所がある。
手を合わせられる場所がある。
見えないものに委ねられる時間がある。

それだけで救われることもあります。

でも、
祈りをその場だけで終わらせてしまうと、
ちょっともったいない気がします。

私たちが生きているのは、
非日常ではなく、日常だから。

祈願という特別な時間を、日常につなげていきたい。

祈願を受けたあと、どんな言葉を使うのか。

どんな働き方をするのか。

どんな人との距離感を選ぶのか。

体の違和感をどう扱うのか。

自分の焦りや不安にどう気づくのか。

何を手放し、何を大切にしていくのか。

そこまで含めて、祈願です。

家に帰るまでが、遠足と言いますが、
日常につなげるまでが、祈願です。

祈りは、特別な日にだけあるものではありません。

日々の暮らしの中で、
自分の在り方を少しずつととのえていくこと。

祈りの時間は、日常に戻してこそ意味があります。


日々の向き合い方をととのえる

災いを怖がることは、悪いことではありません。

不安になることもあるでしょう。

先のことが心配になることもあるでしょう。

どうか何も起きませんようにと、願うこともあるでしょう。

でも、不安だけを見つめてしまうと、
今の自分が見えにくくなります。

だからこそ、
自分の心と体と向き合う。
日々の向き合い方をととのえる。

朝、体の重さに気づく。

呼吸が浅いことに気づく。

無理に元気なふりをしない。

疲れている自分を責めない。

人に合わせすぎていることに気づく。

言葉がきつくなっている自分に気づく。

焦って決めようとしている自分に気づく。

少し立ち止まる。

一度、呼吸を戻す。

予定を詰めすぎない。

体の声をなかったことにしない。

そういう小さな向き合い方の積み重ねが、
日々を、自分を、ととのえていきます。

祈願を受けることは、そのきっかけにもなる。

神社で手を合わせたその時間だけでなく、
そのあとに戻っていく日常の中で、何を大切にするのか。

それが、大切です。


今日の小さな問い

最後に、今日の小さな問いを置いておきます。

今、自分は何を怖がっているでしょうか。

その不安の奥で、体は何を知らせてくれているのでしょうか。

どこで無理をしているのでしょうか。

何を手放す時期なのでしょうか。

日常に何を戻していきたいでしょうか。

全部に答えなくていいです。

ひとつだけでもいい。

日々の向き合い方をととのえるための問いです。


災いを怖がるより、日々の向き合い方をととのえる

厄除祈願に行って思ったこと。

それは、災いを怖がらなくていい、ということではありません。

不安になる自分を否定しなくていい。

怖がる自分を責めなくていい。

何も起きませんようにと願う気持ちも、大切にしていい。

でも、
その不安に飲み込まれるだけではなく、日々の向き合い方に戻っていく。

自分の中にある無理に気づく。

体の声を聴き直す。

余計な力みを手放す。

人との距離感を整える。

暮らしの速度を見直す。

見えないものに手を合わせながら、見えている足元を丁寧に扱う。

厄を祓うとは、
特別な日にだけ行うものではなく、

日々の中で、
自分の心と体と思考を静かにととのえていくことでもあります。

災難を怖がるより、日々の向き合い方をととのえる。

自分ではどうしようもないことは受け入れ、
自分にやれることだけをやっていく。

厄除祈願を受け、私はそんなことを思いました。

祈りを、日常に戻す。

手を合わせた自分として、今日をどう生きるか。

厄年というのは、悪いものではなく、
自分と向き合う、人生の節目です。

厄年に限らず、節目節目で、
自分と向き合っていくのは大切なことだと思います。

ととのえ職人
五木田穣


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