中国「グローバルAIガバナンス行動計画(GAGAP)」 / 国家による導入主導アプローチ雑感
0. はじめに
中国のAI戦略については以下をまず確認いただきたい。
これまで「グローバルAIガバナンス行動計画(Global AI Governance Action Plan, GAGAP)」については取り上げてこなかった。個人的には以下の中国国務院のAIアクションプランの方が重要性が高いと考えていたからである。中国国務院のAIアクションプランについてはリリース同時に取り上げた。
2025年7月、上海で開催された世界人工知能大会(WAIC)において、中国政府は「グローバルAIガバナンス行動計画(Global AI Governance Action Plan, 以下、GAGAP)」を発表した。この計画は、単なる技術ロードマップではない。それは、AIガバナンスに関する地政学的なパラダイムシフトを宣言する、戦略的な文書であると理解できる。
GAGAPが提起する中心的なテーゼは、人工知能(AI)を研究室のイノベーションとしてではなく、「社会に広く実装されたインフラ」として統治すべきである、という視座の転換であるともいえそうである(Wu, 2025)。これまでAIを巡る議論は、いかに最先端技術を生み出すか(米国)、あるいはいかに価値に基づいて技術を規制するか(EU)という点に集中してきた。しかし中国は、AIをデジタル・インフラかつ国際公共財と位置づけ、フロンティア技術のブレークスルーよりも、政府や企業による大規模な「導入」こそが技術の未来を定義するとも捉えられる。
この導入こそが進歩であるというスタンスは、グローバルなAI議論の構図を大きく塗り替える可能性を秘めている。今回は、この中国の新たなアプローチの特徴を分析し、米欧の戦略との対比を通じてその意味を考察する。
2. 「導入こそが革新」という思想
GAGAPの根幹にあるのは、「導入(実装)こそが革新である」という思想である。これは、画期的なアルゴリズムの開発そのものよりも、既存のAI技術を社会の隅々にまで展開し、統合すること(スケール化)が、次のイノベーションを牽引するという考え方に基づいている。
このアプローチは、中国の国内政策の軌跡と密接に関連している。中国は2015年以来の「Internet Plus」政策を通じてインターネット技術の社会浸透を図り、膨大なデータ資源と実運用経験を蓄積してきた。現在の「AI Plus」戦略は、この基盤の上に立ち、産業・行政・公共サービスの全領域にAIを埋め込むことを目指している。
ここで注目すべきは、その循環モデルである。広範な導入が新たなデータと実践的な知見を生み出し、それが技術の改良を促し、さらなる導入を支えるという自己強化サイクルが想定されている(Wu, 2025)。AIは技術競争の舞台ではなく、実践から生まれるイノベーションのエンジンであると位置づけられているのである。GAGAPは、この国内で実証されたモデルをグローバルに展開しようとする試みと解釈できる。
3. 三極化するAI戦略:米・欧・中
中国の「導入主導」モデルは、米国やEUのアプローチとの鮮明な対比をなしている。2025年は各国が相次いで包括的なAI戦略を発表した年でもあり、世界のAIガバナンスは三極構造の様相を呈している。
a. EU(欧州連合):ルール主導型(ハードロー)
「AI規則」により、リスクに応じた厳格な義務を課し、「人間の基本的権利」保護を最優先する。
b. 米国:イノベーション志向型(ソフトロー中心)
包括的な連邦法はなく、大統領令や業界の自主規制が中心。規制によるイノベーション阻害を警戒している(州法レベルでは規制傾向の州もあり、注意が必要)。
c. 中国:国家管理型(開発と統制の両立)
政府主導で開発を加速する一方、生成AIサービスに対する提供者に対する届出(アルゴリズム登録)や安全評価等による統制を実施し、社会安定と国家安全保障を優先する。
(参考)
これらに対し、中国のGAGAPは、技術そのものの先端性よりも、その技術がもたらす「規模」「統合」「社会経済的有用性」を優先する(Wu, 2025)。スマートシティ、物流、医療といった分野での広範な導入が重視される。
整理するならば、米国はフロンティア技術革新、EUは人権尊重を掲げた規範による制御、そして中国は国家による大規模な導入(実装)という構造的な違いがある。これは、何を優先してAIを社会に実装していくかという、文化背景からくるモデル競争でもあるといえそうである。
4. 「グローバル公共財」としてのAIとインフラ外交
GAGAPのもう一つの重要な特徴は、AIを「グローバル公共財(Global Public Good)」と位置づけている点である(中華人民共和国外交部, 2025)。これは、AIの恩恵は全人類で共有されるべきであり、開かれた協力とデジタル格差の縮小が必要であるという理念の表明である。このフレーミングには地政学的意図が読み取れうる。
第一に、グローバルサウス(新興・途上国)へのアピールである。AIを公共財とすることで、中国は先進国と途上国の技術格差是正の旗手として振る舞うことが可能となりうる。実際、中国のアプローチは、高価で複雑な最先端技術よりも、即座に利用可能でスケーラブルなソリューションを求める国々にとって魅力的に映るかも知れない。
第二に、インフラ外交との連携である。この戦略は、中国の「一帯一路(BRI)」構想と連動している。BRIが物理的な連結性を構築したように、GAGAPはデジタル・インフラの統合を通じて、途上国に「すぐに使えるAIの成果」を提供し、デジタル近代化を支援しようとしている(Wu, 2025)。
第三に、国際的な規範形成における主導権の確保である。「人類全体の利益のために」という大義名分を掲げることで、AIガバナンスに関する道徳的優位性を確保しようとする狙いが見て取れる。中国はこの構想に基づく国際AI協力機関の設立を提唱するなど、外交的に強く推進している(ロイター通信, 2025)。
5. 内在する緊張と課題
しかし、GAGAPが掲げる理念には、いくつかの緊張と課題が存在する。
「グローバル公共財」としつつも、そのコミットメントは依然として国家中心的(State-centric)であり、運用上の具体性に欠けているという指摘が一部からなされている(Wu, 2025)。中国国内においても、AIの展開はトップダウンの調整によって進められており、主権と制御可能性が重視されている。中央からの強力な指令と、地域間の能力格差、ボトムアップのフィードバックメカニズムの欠如といった観点も指摘されることもある。
国際的にも、公平な技術移転や互恵的なデータガバナンスに関する具体的なメカニズムは整備の検討は今後の課題といえるのかもしれない。
6. 雑感 相互運用性の確保に向けて
中国のGAGAPは、AIガバナンスの論理を再構築し、その焦点をイノベーション競争からグローバルな開発と実装へとシフトさせたとも捉えられる。これは、技術の未来が研究室でのブレークスルーだけでなく、それが社会の構造にどのように統合されるかによっても形成される、という現実を突きつけている。
もし各国がそれぞれのモデルを追求し、相互の連携を怠れば、世界のAIエコシステムは断片化してしまうだろう。この断片化を避けるための鍵は、相互運用性の確保にある。
しかし、そこに至るまでには極めて難しい道のりがある。
なぜなら、世界各国のAIへのアプローチはそれぞれの国の信仰や文化背景が色濃く出ているためである。(中国以外においても、アメリカの自由、欧州の革命やキリスト教、日本のクリスマスも正月もあって八百万の神の概念がある多神教等を考えれば、それぞれの国のAI政策との紐付きが見えてくるかもしれない。)
(参考)
戦略的な課題は、いかにして多様なアプローチを共存させるかという点にある。インフラ主導アプローチの利益を享受しつつも、それが民主的価値を毀損したり、デジタル格差を再生産したりすることがないよう、倫理的な視点に基づいた相互運用性を確保すること。これこそが、国際社会全体に課せられた喫緊の課題といえるのかもしれない。
(参考文献)
European Commission (2025). The AI Continent Action Plan (COM(2025) 165 final). (9 April 2025). https://www.csis.org/analysis/eu-ai-continent-action-plan
The White House (2025). Winning the Race: America's AI Action Plan. (July 2025). https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2025/07/Americas-Al-Action-Plan.pdf
Wu, Jun (2025). From innovation to deployment: How China is reshaping the future of AI governance. Internet Policy Review. (14 October 2025). https://policyreview.info/articles/news/china-reshaping-future-ai-governance/2041
中華人民共和国外交部 (2025). 『グローバルAIガバナンス行動計画』. (2025年7月26日公表). https://www.fmprc.gov.cn/eng./xw/zyxw/202507/t20250729_11679232.html
ロイター通信 (2025). 「AIを国際公共財に、習氏が国際機関構想アピール APEC会議」. (2025年11月3日). https://jp.reuters.com/world/china/IWPI7HDEMJMOJP6RED4QCZC5JA-2025-11-03/
(マガジン)「AIと法-雑感」
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