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二度と戦争をしないために


太平洋戦争では、日本は被害者である前に、加害者であったという事実を忘れてはなりません。

昨今は、敗戦国というイメージだけが独り歩きし、加害者としての戦争を語ることがタブー視されているかのようです。

日本は隣国を侵略したのではなく、欧米列強の植民地主義からアジアの同胞を解放するために立ち上がったのだ。
日本の援助でインフラ整備が進み、経済や文化が発展した国もあるのだ。
そう主張する声は、年々大きくなっているように感じます。

今では、当時の日本の戦争責任を問うことは自虐史観だ、などと批判されるようにさえなっています。

しかし、どれだけ日本が都合よく加害者としての意識をなくそうとも、日本に侵略された国々は、日本から受けた被害を決して忘れてはいません。

このまま、加害者意識を排除し、被害者意識だけを強調すると、どうなるのでしょうか。
そこでは、日本をどう守るかという議論にばかり目がいき、戦争では加害者にもなりうるという視点が抜け落ちることになるのではないでしょうか。

被害者意識が増せば増すほど、隣国への不信感と敵がい心が増し、やられる前にやる、という敵基地攻撃能力の必要性が叫ばれ、さらに、専守防衛から先制攻撃も辞さないという、危険な防衛論へと発展していくのは火を見るより明らかです。
先の大戦は、まさに、そんな世論が後押しした戦争ではなかったでしょうか。

一旦そうした世論が形成されてしまうと、防衛費はますます増強され、やがて、通常兵器だけでは不十分で、核兵器も必要だという議論が一層現実味を増すことでしょう。

核軍拡競争はますますエスカレートし、その行き着く先には、戦勝国も敗戦国もない、全人類の滅亡という悲劇が待っているのではないでしょうか。

私たちは先の大戦で、広島と長崎に原爆を投下され、20万人以上もの犠牲者を余儀なくされたうえに、今もなお、原爆後遺症に苦しむ国内外の多くの被爆者を救うことができずにいます。

2017年、国連では核兵器の開発 、製造、保有、使用を禁止する核兵器禁止条約が採択されました。
昨年、2024年には、日本被団協による核廃絶の壮絶な訴えが、ノーベル平和賞受賞という栄誉を得ました。
こうして、年々、核兵器廃絶の気運は高まっているものの、廃絶への道は依然として厳しいばかりか、近年では、より高度な性能や運搬能力を持つ核兵器が開発されています。



もうたくさんです。
これ以上、人類は自らの首を締めるような愚かな行為をやめませんか?
締めているのは敵の首ではなく、自分の首であり、地球に棲む全ての生命の首でもあるのです。

二度と戦争をしないために、これ以上、憎しみ合うのはやめませんか?

それは理想論だと一蹴するのではなく、現実的と称する自滅論こそ、放棄しましょう。

二度と戦争をしないために、武器を手に取る狂気の代わりに、隣人に手をさしのべる勇気を持ちませんか?

世界が分断と憎しみに溢れている今こそ、非暴力の力を信じる勇気を持ちましょう。

誰かがそれをやるのではなく、たとえどんなに微力であっても、一人一人が声を上げ、手を繋ぎ、自分にできることをやりませんか?

二度と戦争をしないために、諦めることなく、希望の未来を追い続けましょう。

平和で美しい地球を、全世界の未来の子どもたちに引き継ぐために。

ありがとうございました。


ChatGPT英語訳はこちらです。



【参考記事】

こちらの記事も、ぜひご覧ください。

□ 核抑止論がいかに危うい恐怖の均衡論であるかを説いた記事です。


□ 武力による威嚇ではなく、「食で支え合う平和」への道を説いた記事です。


□ 平和憲法を持つ日本だからこそできる、平和のための国際貢献を説いた記事です。


□ 未来のこどもたちに、平和で美しい地球を残すため、いま何をすべきかを、地球主義の観点から訴えています。


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