【自己紹介①】情熱の私と、笑顔の「キューピー先生」。24歳で渡った沖縄で、学習塾を起業し、手放すまで。
序章:社会人の生徒さんたちと、車座のお弁当
1980年代半ば、私は24歳で沖縄の地に降り立ちました。福岡の会社からの転勤辞令。当時の私は、まさかこの場所が自分の「終の住処」になるとは夢にも思っていませんでした。
私の仕事は、簿記の資格試験指導です。 検定前には日曜返上で無料補講を行いました。すると、主婦の受講生の皆さんが手作りのお弁当を持ってきてくださり、教室で車座になって食べたあの日々。 沖縄の人の温かさに触れ、私はいつしかこの仕事と、この土地にのめり込んでいきました。 3年間で指導した生徒さんは約2000人。今でも県内の企業を訪れると、「あの時、先生に簿記を習いました。今は経理部長です」と声をかけられることがあります。
運命の出会い:いつも笑顔の「キューピー先生」
そして、この職場で私は生涯の伴侶となる女性に出会いました。 彼女はいつもニコニコと笑顔で、若い生徒からご年配の受講生まで、誰にでも分け隔てなく接していました。その愛くるしい笑顔から、生徒さんたちがつけたあだ名は「キューピー先生」。
情熱と勢いで引っ張る私と、笑顔で場を和ませる彼女。 職場恋愛の末に私たちは結婚しました。彼女は沖縄でレンタカー業を営む家の長女。「いずれは会社を辞め、この島で地に足をつけて生きていこう」。ウチナームーク(沖縄の婿)になる決意をしたのは、彼女と、彼女を愛するこの島の人々への感謝からでした。
転機:阪神・淡路大震災の爪痕と「理想の教育」
独立のきっかけは、ある一冊の本との出会いでした。 『教えないから伸びる』。 当時の私は、100人近い生徒を前に講義をする「マスプロ教育」の限界を感じていました。「もっと一人ひとりに寄り添えば、あの人も合格できたのに」。
そんな時、この本で紹介されていた「ネスコム式学習法」に衝撃を受けました。 すぐに妻と二人、本部の兵庫県芦屋市まで飛びました。街にはまだ震災の爪痕が色濃く残っていましたが、そこで見た「自立学習」の現場は、私の教育観を根底から覆すものでした。
「これだ。これを沖縄の子どもたちに届けたい」 安定した職を捨て、退路を断っての独立。妻も「あなたならできる」と覚悟を決めてくれました。
挑戦:夫婦二人三脚、チラシ1万枚のポスティング
1996年2月、豊見城(とみぐすく)市で学習塾を開業。 戦略は緻密に練りましたが、やることは泥臭いドブ板営業です。 近隣の団地に1万枚のポスティング。中学校の校門前で、妻と二人でチラシを配りました。 私の熱意と、妻(キューピー先生)の安心感のある笑顔。このバランスが良かったのでしょう。経営は順調に推移し、わずか2ヶ月で黒字化を達成しました。
私の塾の方針は「教えないこと」。 答えを教えるのではなく、調べ方、考え方を教え、自ら答えに辿り着くのを待つ。時には保護者から「もっと手取り足取り教えてほしい」と言われることもありましたが、私は信念を貫きました。
ある日、3年前に卒業した教え子が、お菓子を持って訪ねてきました。 「塾長、四国の国立大学に現役で受かったよ。高校では予備校に行かなかった。中学の時に、自分で調べる勉強法を教えてもらったから」 その言葉を聞いた時、私が蒔いた種は間違っていなかったと確信しました。
決断:深夜0時の英作文1000本ノック
塾経営は順調でした。子どもたちも大好きでした。 しかし、ふと湧き上がる焦燥感がありました。 「生徒は成長している。でも、私自身はどうだ? 昨日の自分をコピーして生きているだけではないか?」
そんな時、仙台で同じ塾を経営する友人(元UCLA教授)から、衝撃的なアドバイスを受けました。 「◯◯さん、本気で教育を極めるなら、一度海外を見てみたら? もしその気があるなら、まずは英作文を1000問やってみなさい」
それは、安定を捨てて荒野へ出ろという招待状でした。 その日から半年間、塾の仕事を終えて帰宅し、食事と入浴を済ませた深夜24時から26時まで、私は毎日英作文の問題を解き続けました。 「40歳からの留学なんて無謀だ」。 誰もがそう思うでしょう。でも、かつて私を励ましてくれた元上司の言葉が、私の背中を押しました。
ガンジーの言葉を知っているか? 明日死ぬかのように生きろ。永遠に生きるかのように学べ」
半年後、1000問を完走したことを彼に伝えると、友人は驚き、電話口で笑っていました。 「本当にやった人は初めてだ」
私は手塩にかけた学習塾を売却し、妻と二人の娘を連れてオーストラリアへ渡る決断をしました。 それは、成功体験を捨て、もう一度「学生」という何者でもない自分に戻る、人生最大の賭けでした。
荷物の中に、英作文を解き続けた一冊のボロボロのノートを入れた。。。。。
(第2話「40歳の無謀なリセット・パース編」へ続く)
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