中国「9.9元コーヒー戦争」とは何か|Luckin vs Cotti、追放された創業者たちの逆襲
4コママンガでざっくり把握:9.9元コーヒー戦争

はじめに
2023年、中国のコーヒー業界で「9.9元」という数字が妙な存在感を持ち始めた。
9.9元。日本円にすると約200円台である。
中国のスターバックスで飲むラテ系ドリンクと比べれば4分の1前後の価格帯になる。
この価格を武器にLuckin Coffee(瑞幸咖啡)とCotti Coffee(库迪咖啡)が正面からぶつかった。
Luckinはかつて会計不正でNASDAQから上場廃止になったあと、事業としては異例の復活を遂げた中国最大級のコーヒーチェーンである。
CottiはそのLuckinを追われた旧経営陣が作った新しいコーヒーチェーンだ。
つまり構図としてはこうなる。
かつてLuckinを作った人たちが、Luckinとよく似たモデルで古巣に殴り込みをかけた。
現在、Luckinは3.5万店を超え、Cottiも1.8万店規模とされる。
両社を合わせれば既に5万店規模の巨大な低価格コーヒー網になっている。
中国のコーヒー市場そのものも急成長している。
LuckinやCottiが主戦場にする、店頭で作る挽きたて・淹れたてコーヒーの市場は2019年の約542億元から2022年には約1,195億元へ拡大し、2025年時点で2,000億元の規模に達したとみられる。
まだ伸びる市場を安さと店舗密度で先に押さえる。
これが9.9元戦争の基本ロジックだ。
この記事では、9.9元戦争の始まりから、2026年の現在地までを整理する。
この記事で見ること
・LuckinとCottiの9.9元戦争は何を狙っているのか
・9.9元施策を支えるビジネスモデルの違い
・9.9元戦争は中国コーヒー市場の価格基準と消費習慣をどう変えたのか
1. この戦争を理解するために必要な「因縁」

LuckinとCottiを理解するには、まず創業者の関係を知る必要がある。
Luckin Coffee(瑞幸咖啡)は2017年に創業された。
創業期の中心人物は陸正耀(Lu Zhengyao)と銭治亜(Qian Zhiya)である。
「中国のスターバックスに挑む存在」としてアプリ完結型・モバイルオーダー前提という当時の中国カフェ業界では革命的な業態で急拡大。
わずか2年でNASDAQ上場を果たした。
しかし2020年4月に会計不正が発覚する。
約22億元(当時レートで数百億円規模)の売上高を水増し報告していたことが明らかになりNASDAQから上場廃止。
陸と銭の2人は会社を追われ、Luckinというブランドの評判は地に落ちたかに見えた。
しかしここからが異例だ。
新経営陣のもとで不採算店舗を整理し、店舗オペレーションとデジタル注文基盤を立て直した。
さらに米国での債務再編や経営体制の見直しを進め急速に復活していく。
2021年には純収入が+97.5%の大幅増、スタバの店舗数を抜いて6,000店の中国最大のコーヒーチェーンとなった。
不正を犯して上場廃止になった企業が業界トップランナーとして復活した、世界的に見ても異例のケースだ。
一方、追放された陸と銭は2022年にCotti Coffee(库迪咖啡)を創業する。
彼らが最もよく知るモデルであるアプリ完結型・低価格・急速拡大をそのまま使って、かつての自分たちの会社に正面から挑んだ。
違うのはCottiの方がよりフランチャイズ寄りで、より急速に広げたことだ。
Luckinを作った元経営者たちがLuckinと同じ型でLuckinに挑んできた。
ここがこの価格戦争の面白いところだ。
2. 9.9元戦争の開幕

低価格戦争の火蓋を切ったのはCottiだった。
2023年2月に9.9元からのキャンペーンを開始。
3月には8.8元クーポンも展開し、低価格で一気に認知を取りに行った。
Luckinはこれに対抗し、4月にCotti近隣店舗へ9.9元クーポンを投下。
6月には1万店突破に合わせて全国的な9.9元クーポン施策へ広げた。
さらに9.9元施策を一時的な販促ではなく、顧客獲得の中核施策にしていった。
Cottiも8.8元クーポンなど、さらに低い価格帯の施策を重ねた。
9.9元という価格は採算への圧力を強くし、経営を圧迫する。
それでも両社が価格を下げ続ける理由は2つある。
① アプリ会員データの獲得:
注文の基本はアプリやミニプログラムなどのデジタル導線経由。
9.9元で引き込んだユーザーが、デジタル導線上でより高単価の商品(カスタマイズドリンク、フード、季節限定品、グッズ)を追加購入する経路を作る。
Luckinの累計取引顧客は4.5億人を超えている。この会員基盤それ自体が資産だ。
② 市場シェアの先取り:
中国のコーヒー消費は人口規模に対してまだ小さく、「最初に習慣化させた会社が勝つ」という論理でユーザーを囲い込む。
年間コーヒー消費量は中国が1人あたり約28杯とされる(2025年時点)。
韓国のように年間400杯前後飲む市場と比べればまだ日常化の余地は大きい。
この差は「まだ誰も習慣にしていない市場が残っている」ことを意味する。
日本でもキャッシュレス決済比率が小さい時に、シェア競争のためにスマホ決済各社がキャンペーン合戦を繰り広げたことは記憶に新しい。
その構図に近い。伸びる市場に対して日常行動の入口を抑えにいく競争である。
3. 9.9元施策を誰が負担するのか—直営多数派のLuckinと、加盟店急拡大型のCotti

LuckinとCottiは表面的にはよく似ている。
どちらもアプリ注文、小型店、低価格、高密度出店を武器にする。
違いは9.9元という価格を誰が負担しどこまで本部が調整できるかにある。
Luckinは直営店が多数派だ。直営店が約3分の2を占める。
直営比率が高い分、商品、価格、クーポン、供給網、店舗運営を本部側で統合しやすい。
9.9元を単なる値引きではなく、会員獲得、来店頻度、商品ミックスの中に組み込みやすい。
一方のCottiは大半がフランチャイズであり、加盟店を活用して一気に店舗網を広げた。
創業から短期間で7,000店、1万店規模へと到達し、Luckinを短期間で追撃した。
フランチャイズモデルは本部がすべての出店コストを負担しなくても、加盟店の資本を使って店舗網を広げられるため出店スピードを速くできる。
ただし「9.9元施策の負担を誰がするのか」は店舗モデルによって見え方が変わる。
直営店なら本部が店舗全体の収益と販促を一体で調整できる。
一方、フランチャイズでは最終的な店舗採算の多くが加盟店側に返ってくる。
Cottiは初期に、加盟店向けの補助や出店支援を厚くしながら店舗網を広げた。
Luckin店舗の近くに出店する加盟店に対して距離に応じて1杯あたり1元〜1.5元の競合補助を出していたのが象徴的で、それ以外にも基本補助、多店舗補助、家賃補助など多数の補助があったのだ。
その結果、月1,500店規模で出店を続けることができた。
Cottiの9.9元コーヒーは加盟店を巻き込んだ出店競争の武器でもあった。
低価格で客を集め、補助で加盟店の負担を軽くし、店舗網を一気に増やす。Cottiの急拡大はこの組み合わせで成立していた。
これは日本での初期のPayPayの攻め方を思い出させる(さらに遡ればAlipayの初期の攻め方でもある)。
決済手数料無料でお店を集め、どこのお店でも使える状態にし、ユーザーに対して極端なポイントばら撒き施策を打つことでお店に集客し、さらに加盟店を増やすという流れだ。
Cottiの展開も同型の構造が成立しているのが興味深い。
Luckinを短期間で追撃できるほどの拡大力を見せる一方で、Cottiのこの急拡大戦略は歪みも起きた。
「回収期間と収益率」について加盟前に示された数字と実際の運営結果がかけ離れていたり、補助で差額を埋める設計だったが補助が遅延するケースがあり加盟店が立て替え続ける状態になったり、同一ブランドの店舗同士が至近距離に並ぶケースが多発し競合してしまったりといった様々な問題が生じ、加盟店主がSNSで「転売・閉店」を呼びかける投稿が急増。
月次の新規出店数は1,500店から173店へ急落した時期も生まれた。
9.9元という低価格施策はそれを負担する主体の持続可能性を突きつけられる。予定が狂えばそれは持続が不可能になってくるギリギリの施策である。
4. 2026年現在の戦況—低価格戦争は次の局面へ

2026年現在、9.9元戦争は「どちらかが完全に勝って終わった」というより、全面値引きの局面から次の段階へ移っている。
象徴的なのがCottiの方針転換である。
2026年2月、Cottiは「全品9.9元」を前面に出す施策をやめ、9.9元で買える商品を一部の特価メニューに絞った。
多くの商品は11.9〜16.9元の通常価格帯に戻り、必要に応じてデリバリーアプリの値引き補助で実質価格を下げる形に変わっている。
この動きはCottiが単に拡大を終えたからではなく、9.9元を全面的に維持する負担が重くなったことを示している。
加盟店採算、補助金負担、コーヒー豆価格の高騰が重なり、全商品を低価格で押し切るモデルは調整局面に入った。
一方のLuckinも9.9元施策の対象を絞りながら、価格と粗利のバランスを取りにいっている。
2026年現在の構図は「Luckinが勝ち、Cottiが負けた」という単純な話ではない。
公開情報ベースで見ると総合力ではLuckinが優位に見える。
Luckinはグローバルで3.5万店を超え、2026年Q1の売上は前年比35.3%増の119.9億元、月間平均取引顧客は9,309万人に達している。
一方でCottiは中国コーヒー市場の価格基準を押し下げ、グローバル1.8万店超を掲げる巨大チェーンに成長している。
企業としての完成度ではLuckin、価格感覚を壊した挑戦者としてはCotti。
そして、中国のコーヒー市場は9.9元戦争以前とは違う価格基準と利用習慣に変わってしまった。
5. 巻き添えを食らったスターバックス中国

この戦争の最大の「巻き添え」を食らったプレイヤーがスターバックス中国だ。
スターバックスは長年、中国で「プレミアムなカフェ体験」を売ってきた。
広い店内、落ち着いた空間、サードプレイス、欧米的なライフスタイル。
それは都市中間層にとってかなり強い記号だった。
ところがLuckinとCottiは別の問いを持ち込んだ。
毎日飲む一杯に30元以上払う必要があるのかという問いである。
2023〜2024年にかけてスターバックス中国は大きな逆風を受けた。
中国同店売上高成長率はマイナスに転じ、客数・客単価ともに下落した。
低価格チェーンが日常利用の選択肢として広がる中で、30元以上のスターバックスを毎日の一杯として選ぶ理由は相対的に弱くなった。
スターバックスが中国で築いてきた「プレミアムなサードプレイス」というポジションは、日常消費の文脈では機能しにくくなった。
週1回の「ご褒美コーヒー」としてのスターバックスは残るかもしれないが、毎日の習慣飲料としての需要はLuckinのような低価格・高頻度型のチェーンに一定程度流れている。
6. この戦争が示す3つの観察

①中国市場では「品質」だけでなく「習慣化」が勝敗を分ける
9.9元コーヒーが普及した本質は安さだけではなく習慣化にある。
アプリを開き、クーポンを選び、近くの店舗で受け取り、また翌日も同じように買う。
この行動を日常に埋め込んだことが大きい。
中国の低価格コーヒーチェーンは「美味しい一杯」を単体で売っているというより、「毎日買う仕組み」を売っている。
② 価格競争は、店舗モデルによって持続性が変わる
9.9元という同じ価格でも、その負担構造は店舗モデルによって変わる。
直営店が多ければ、本部は商品構成、クーポン、店舗運営、供給網を一体で調整しやすい。
加盟店モデルでは、店舗網を速く広げられる一方で、最終的な店舗採算の多くは加盟店側に返ってくる。
低価格は集客には効く。
しかし店舗数が増え、補助や支援の条件が変わり、原材料費や家賃、人件費が重くなると、同じ9.9元でも見え方は変わる。
価格競争の持続性は、単価だけでなく、誰がその価格を支えているかによって決まる。
③価格戦争は終わるのではなく形を変えていく
9.9元戦争は単純な最安値競争から、より複雑な戦いに移っている。
一部の商品は安く残し、季節限定商品や高単価商品で粗利を取り戻す。
クーポンで再来店を促し、デリバリーアプリ会社からの補助も組み合わせる。
低価格を入口にしながら、別の商品や別の利用シーンで収益を作る方向である。
低価格だけでブランドは長く続かない。
しかし一度9.9元に慣れた消費者を完全に元の価格感覚へ戻すことも難しい。
中国のコーヒー市場では、安さで作った習慣を、どのように収益性のある関係へ変えていくかが次の争点になっている。
7. さいごに

9.9元コーヒー戦争は単なる安売り競争ではなかった。
Luckin旧経営陣がCottiで古巣に仕掛けた、デジタル注文、小型店舗、低価格、フランチャイズ、補助金、会員基盤をめぐる再戦だった。
Cottiは中国コーヒー市場の価格基準を変えた。
Luckinを低価格戦に引きずり込み、スターバックス中国のポジションにも揺さぶりをかけた。
この戦争から見えてくるのは、中国のカフェ市場が「店内でゆっくり過ごす場所」だけでは語れなくなっているということだ。
アプリで注文し、近くで受け取り、安いから毎日習慣として買う。
限定商品で単価を上げ、会員データでまた来てもらう。
カフェはスペースである前に、日常習慣の導線になりつつある。
毎日の習慣として買う一杯と、気分を上げるために選ぶ一杯は、同じコーヒーでも意味が違う。業態が異なると言ってもいいかもしれない。
LuckinとCottiの戦争は、巨大な中国市場の話でありながら、小さなカフェやコーヒースタンドの始め方にも示唆を投げてくる。
GAFUCAFEを考えるうえでも、カフェを「場所」から始めるのか、「習慣」から始めるのかは大きな問いになる。
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Luckin Coffeeを実際に上海で飲んでみた記事です。
また、Luckin Coffeeのような低価格チェーンと個人カフェで起きている創作コーヒーのトレンドを対比しながら描写しています。
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