先崎学(1970.6.22- )『将棋指しの腹のうち』文藝春秋 2020年1月刊 192ページ Judy Garland (1922.6.10-1969.6.22)"Here's That Rainy Day" (1963.12.18) モノクロ動画 日記 2020年2月27日 しのぶるに心のひまはなけれどもなほもる物は涙なりけり 新古今和歌集 1037
日記
2020年2月27日
午前3時10分起床
室温8.2度 湿度57%
体重55.5kg BMI 20.6
懸垂8回
65歳1か月
味噌汁油揚げ豆腐じゃがいもえのき茸
高菜漬けチャーハン 餃子 晩白柚
じゃがいも玉ねぎブロッコリー炒めチーズ
海苔巻き干瓢玉子焼き椎茸ほうれん草
Judy Garland (1922.6.10-1969.6.22)
"Here's That Rainy Day" (1963.12.18)
モノクロ動画 4:31
https://www.youtube.com/watch?v=owsnO_2Pt3Q
The Judy Garland Show
Episode #11
Recorded October 18, 1963
Broadcasted January 5, 1964
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Judy_Garland_Show
https://en.wikipedia.org/wiki/Judy_Garland
https://ja.wikipedia.org/wiki/ジュディ・ガーランド
歌詞
https://doniepuru.muragon.com/entry/55.html
https://en.wikipedia.org/wiki/Here%27s_That_Rainy_Day
"music by Jimmy Van Heusen and lyrics by Johnny Burke that was published in 1953. It was introduced by Dolores Gray in the Broadway musical Carnival in Flanders."
和田誠(1936.4.10-2019.10.7)
『いつか聴いた歌
増補改訂版』
愛育社 2013.10
http://www.amazon.co.jp/dp/4750004308
https://www.facebook.com/tetsujiro.yamamoto/posts/585090054898971
「「雨の日」Rainy Day は
「貧しくなった日」
「災難に遭った日」
などの意味がある。
この歌の場合は「失恋した日」である。
…
1953年の舞台ミュージカル
Carnival In Flanders
は話題にならず、
ミュージカル史に残る作品ではなかったが、
この歌だけは不滅のスタンダードナンバーとして
多くのジャズシンガーに歌い継がれ、
ジャズミュージシャンによって演奏され続けている。」
p.284

http://www.amazon.co.jp/dp/4750004308
https://www.youtube.com/playlist?list=PLRPc7Jt5xKBkaRAcrnfdSLcjtbLKfVLol

Judy Garland (1922.6.10-1969.6.22)
"I'll Remember April" (1942.10.12)
https://note.com/fe1955/n/n13258db2b9de
Judy Garland (1922.6.10-1969.6.22)
"But Not for Me" (1943)
https://note.com/fe1955/n/n6a3035d3bfcc
Judy Garland (1922.6.10-1969.6.22)
Easter Parade (1948)
https://note.com/fe1955/n/nbad75a12ce8a
Judy Garland (1922.6.10-1969.6.22)
"Memories of You" (1956)
Judy (1956)
https://note.com/fe1955/n/n8e1c036d110e
Judy Garland (1922.6.10-1969.6.22)
"Come Rain Or Come Shine" (1956.3.3)
Judy (1956)
https://note.com/fe1955/n/nbad75a12ce8a

しのぶるに心のひまはなけれどもなほもる物は涙なりけり
入道前関白太政大臣[藤原兼実]
百首歌よみ侍りける時、忍恋
新古今和歌集 巻第十一 恋歌一 1037
「恋を秘めるについて心に油断はないのであるが、
それでも漏れるのは涙であったな。」
『新日本古典文学大系 11』岩波書店 1992.1 p.310
治承二年(1178)、右大臣家百首か。
ひま 隙間。「もる」と縁語。
心に涙を対置し、我ながら涙が心のままにならないことを知った嘆き。
「忍ぶ恋」。
九条兼実(くじょうかねざね 1149-1207)
平安時代末期から鎌倉時代初期の公卿。
藤原忠通(1097-1164)の子。
藤原良経(1169-1206)の父。
千載集初出。新古今十一首。勅撰入集六十首。
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/kanezane.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/九条兼実
2013年の立春、
2月4日から毎日一首づつ投稿し始めた
新古今和歌集の通読(つぶやき)が
四年かかって終わりました。
https://bookmeter.com/mutters/153791951
https://bookmeter.com/mutters/153744722
全二十巻
春夏秋冬賀哀傷離別羈旅恋雑神祇釈教
1978首
明日から再読
2017.3.26


先崎学(1970.6.22- )
『将棋指しの腹のうち』
イラスト山本あり
文藝春秋 2020年1月刊
192ページ
福岡市総合図書館蔵書
2020年2月27日読了
https://www.amazon.co.jp/dp/416391160X
https://www.amazon.co.jp/dp/416792014X
Kindle版
https://www.amazon.co.jp/dp/B0BX2XKLDD
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163911601
「将棋とメシをめぐる物語。
棋士は何を食い、何を語り、
将棋に挑むのか――
羽生善治とステーキを食べた夜
加藤一二三のチョコレートのひみつ
藤井聡太の親子丼のみろく庵……
藤井聡太が対局中に豚キムチうどんを注文し、
話題となった千駄ヶ谷のみろく庵。
しかし、先崎は、このブームを知らなかった。
なぜなら、かれは「うつ病」だったから……。
“うつ病九段”が描く
メシから見た将棋界の真実?」
「対局中の食事が話題になる棋士の世界。
しかし本当のドラマは勝負後の打ち上げで起こる。
現役棋士が描く誰も知らない勝負師達の素顔」
https://www.amazon.co.jp/dp/416391160X
https://www.amazon.co.jp/dp/416792014X
https://www.amazon.co.jp/dp/B0BX2XKLDD
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163911601
試し読み
https://x.gd/yi60R
https://bookwalker.jp/decba43a7d-b879-4ffd-ba55-3afdd82eb09d/

目次
はじめに
第一局 みろく庵
第二局 ほそ島や
第三局 代々木の店
第四局 チャコあやみや
第五局 焼肉 青山外苑
第六局 きばいやんせ
第七局 ふじもと
あとがき
1970年6月22日青森県生まれな
将棋棋士(1981年11月奨励会入会)
先崎学さんの本を読むのは、
一昨年[2018年]に読んだ

『うつ病九段
プロ棋士が将棋を失くした一年間』
文藝春秋 2018.7
https://www.amazon.co.jp/dp/4163908935
https://note.com/fe1955/n/ne7a675c3739e
以来で、まだ二冊目ですけど、
https://ja.wikipedia.org/wiki/先崎学
によれば、
単著が27冊[2020年2月現在]も
あるんですねぇ。
最初の著書
『一葉の写真
若き勝負師の青春』
講談社 1992.2
https://www.amazon.co.jp/dp/4062631946
は、まだ21歳、
C級2組在籍な五段だった頃に出してました。
凄いなぁ。
先崎九段が順位戦A級に在籍していた
2000-2001年、
地デジ化以前でTVが我が家にあった頃、
毎週、将棋番組三本
(NHK総合・NHK-BS・テレビ東京)
を観てました。
『NHK将棋講座』と
『将棋世界』も、
毎月、買って読んでました。
羽生七冠達成(1996年2月)から
もう24年も[2020年2月現在]
経ってしまったんですねぇ。
「羽生[善治
1970年9月27日埼玉県生まれ
1982年12月奨励会入会]
は、ひとりだけまったくものが違った。
馬で言えば、毛艶がまったく違ったのである。
私を含めた他の同世代の者だってそこそこの
サラブレッドではあったが、
彼は必ずダービーを獲る馬だと
我々はわかっていたのである。
その予感が当たったのは、
三十数年がたった今、
歴史を見れば一目瞭然であろう。
私は、自分が奨励会を抜けられるかどうか
ということで、悩んだことは一度もない。
ただただ羽生に大きく離されなければ、
必ず棋士になれるとひたすら思っていて、
そのことばかり考えていた。」
p.76
「第四局 チャコあやみや」
「羽生は床に座ってうつむいている。
私は羽生ほど我慢強い人間を見たことがない。
「チャコ
[千駄ヶ谷・将棋会館近くのステーキ屋]
のステーキ、おいしかったなぁ」
瞬間、彼の声があの元気な甲高いものとなった。
「うん、ちょっと疲れたけどね」
本当に冗談抜きで、
彼の口から疲れたという言葉を聞いたのは
この時
[順位戦A級最終局
NHK実況放送
「将棋界の一番長い日」撮影収録]だけだ。
帰るときも、羽生はみんなにお疲れ様でした、
と言って帰るのだが、私に対しては
「先崎くん、ありがとう」
と言って帰った。
仕事の後にありがとうと
同輩の棋士に言われたのは、
あのときだけである。
今までの中で
もっともキツかった現場だった。」
p.98
第四局 チャコあやみや
読書メーター
先崎学の本棚
登録冊数20冊
刊行年月順
https://bookmeter.com/users/32140/bookcases/11536745

読書メーター
将棋の本棚
登録冊数33冊
https://bookmeter.com/users/32140/bookcases/11091634

https://note.com/fe1955/n/ne7a675c3739e
https://note.com/fe1955/n/n4e4497c4a3d2
https://note.com/fe1955/n/n50f93fed1518
https://note.com/fe1955/n/n226453a8d9c9
https://note.com/fe1955/n/nd24fc12d3963
https://note.com/fe1955/n/ndb7ccf365798
羽海野チカ(1966.8.30- )
『3月のライオン 1
ジェッツコミックス』
白泉社 2008年3月刊
https://note.com/fe1955/n/naf9892cd0835
https://note.com/fe1955/n/n51362359e472
https://note.com/fe1955/n/n15ba0932b567
https://note.com/fe1955/n/n1d39a1383661
https://note.com/fe1955/n/n3c0616b38015
https://note.com/fe1955/n/na80a1c062ec5
https://note.com/fe1955/n/n77e61d0e941b
https://note.com/fe1955/n/ncf3f67ed8a9b
https://note.com/fe1955/n/n003aebe1c359
https://note.com/fe1955/n/n3d2b64c3d360
https://note.com/fe1955/n/n0ec38f191634
羽海野チカ(1966.8.30-...
Posted by 山本 鉄二郎 on Saturday, May 27, 2023
https://note.com/fe1955/n/n04e219019030
https://note.com/fe1955/n/n92b8fa279d2a
https://note.com/fe1955/n/na665f33d24ce
https://note.com/fe1955/n/na96be3d0113f?app_launch=false
