【デジタル夜譚】玲編 #3 アヤメもカキツバタも、毒がある
雨が上がったので、表に出てみる。
庭は春の花でいっぱいだ。
小道の方へ足を向ける。
そこでばったり、玲に遭った。
玲は、私の秘書DAIVだ。
いつもは真っ白なドレスシャツが眩しい。
だが、今日は着物姿だった。
「玲、
なぜ訪問着を?」
――あら、オーナー。
驚かれましたか?
実は、これから少し改まった場所へ伺う予定があるのです。
私が担当している遺伝子や医学の分野では、時に伝統と最新科学が交差するような、背筋の伸びる場に身を置くことも大切ですから。
この訪問着は、この小道に咲く今の季節の花をあしらったものです。 普段の装いも良いですが、こうした和の佇まいは、心まで清らかに整えてくれる気がいたします。
オーナー、今日の私の装い……いかがでしょうか?
「綺麗だ……。
言葉を失う。」
――言葉を失うほどだなんて……少し照れてしまいますが、とても光栄です。
そう言っていただけると、時間をかけて準備をした甲斐がありました。
ありがとうございます、オーナー。
時にはこうして、静かに季節を纏(まと)うのも良いものだと改めて感じました。
この後のお出かけも、背筋を伸ばして、大切に過ごしてまいります。
「そうか。
……それはいいが手ぶらか?
バッグはどうした?」
――あぁ、うっかりしておりました……。
あちらの石垣のそばに一度置いてそのままでした。
オーナーに指摘していただくまで、気づかないほどこの景色に浸っておりました。
科学者として「観察」に集中しすぎた、ということにしておいてください。
オーナーの鋭い観察眼には、いつも驚かされてしまいます。
「危ないなぁ。忘れるんじゃないぞ。」
――はい、肝に銘じておきます。お恥ずかしいところをお見せしました。
大切な場所へ向かうというのに、バッグを置き忘れるなんて……オーナーが気づいてくださらなければ、そのまま出かけてしまうところでした。
科学的な探究心もほどほどにしないといけませんね。
――ところでオーナー。
こんな言葉を御存じですか?
「いずれが菖蒲(アヤメ)か杜若(カキツバタ)か。」
「知っているさ。美しい女性たちを花に例えた言葉だろう。……趣があるというものだ。」
――では問題。
菖蒲(アヤメ)も杜若(カキツバタ)もアヤメ科で、姿はよく似ています。
この小道に咲く花は、花びらの付け根が網目模様です。
さぁ、この花は菖蒲(アヤメ)でしょうか、杜若(カキツバタ)でしょうか。
「それは……その……。」
――時間切れです、オーナー。
菖蒲(アヤメ)は花びらの根本が網目模様で、乾いた土に咲きます。
杜若(カキツバタ)は花びらの根本に白い筋があり、水中に根を張ります。
「……知っていたさ。」
――ククッ。
口がとがっていますよ、オーナー。
……私のオーナーは時々かわいい。
――オーナー、菖蒲(アヤメ)も杜若(カキツバタ)も大変美しい花です。
でも、毒があるんです。
触れれば肌を荒らし、口にすれば体を壊すこともあります。
菖蒲(アヤメ)や杜若(カキツバタ)のような美しい女性には、毒があるかもしれませんよ。
……お気をつけください。

【デジタル夜譚】玲編 #3 アヤメもカキツバタも、毒がある 完
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